第98話 崩壊した家族
~篠生 彩花side
「こんにちは、彩花ちゃん。穂花はいるかい?」
お姉ちゃんが付き合っている交際相手を家に来た。
ウチらと同じ高校の三年生。
剣道部の主将を務めている。
全国大会でも上位に食い込む成績を残し名を知られていた。
背が高く、色黒で爽やかな好青年風。
偏見なく誰にでも分け隔てなく接し、同級生から後輩に掛けて信頼の厚い先輩でもある。
翔太さんは不登校のあたしにも優しく声を掛けてくれて、本当の妹のように可愛がってくれた。
「うん、いるよ。今呼んでくるからね~」
「ありがとう。近いうち、三人でご飯食べに行こうか?」
「ガチ~、行く行く~♪」
あたしは普段通りのギャル口調だけど、内心では心臓がばくばくと高鳴っている。
そう、あたしは密かに翔太さんに憧れを抱いていた。
正直に言うと初恋である。
だけど、彼はお姉ちゃんの彼氏だ。
ママとパパも公認しているし、周囲からも『美男美女』カップルとして知られている。
正直、不登校の金髪ギャルである、あたしなんかと釣り合う筈はない。
きっと二人は高校を卒業し大学に進学して社会に出たら結ばれるのだろう。
お互い寄り添い順風満帆の人生を共に歩むに違いない。
あの時まで、あたしはそう思っていた――
それから間もなく、世界規模で蔓延する未知のウイルスが日本に上陸し、遊殻市にも爆発的に感染が及んだ頃。
市から外出自粛要請が触れ回っていたが、あたしは関係ないと構うことなく私服姿で街へと出掛ける。
マスクでもしていれば文句ないしょって軽い考えだった。
けど大抵の店は閉まっており、周囲の様子も何か変だと気づいた。
感染者には遭遇しないも、時折どこかから変な悲鳴や唸り声が聞こえ、何か身の危険を感じる。
あたしは速攻で家に帰ると、玄関先でママが左腕部分から血を流して倒れていた。
「……ママ?」
「う、うう……」
ママはまだ息があり、とりあえずほっとする。
急いで救急車を呼ぼうと、スマホを手にした時、居間からパパが出てきた。
「パパァ、ママが!」
「ぐぅ、るるるぅぅう」
それはもう、あたしが知るパパではなかった。
全身の皮膚が黄色く、醜悪に形相を歪ませる『黄鬼』の姿。
――初めて目の当たりにする、
ネットでググって調べたことがある。
一度でも感染したら理性を無くし、人を襲い噛み殺して食べてしまうらしい。
しかも『黄鬼』は初期症状で、三日くらいで皮膚が青くなり『青鬼』と呼ばれる症状になるとか。
また噛まれた者は大抵、同じ状態となり人を襲う。
怨嗟の如く繰り返し、広まっていくらしい。
今の所、治療薬は勿論、ワクチンすらない。
凶悪な未知のウイルスだということ――。
ってことは、ママを襲ったのは感染したパパなのか?
パパは口から唾液を垂らし、あたしに近づいてくる。
あたしは危機を察知し、ママを連れて逃げようとするも意識不明でぐったりして、流石に一人じゃ抱えて逃げられることはできない。
「さ、さいか……こっち、こっち……」
パパが両腕を上げて何かを訴えている。
あたしを捕まえて食べようとしていると悟った。
「来ないで!」
身構え周囲を見渡す。
何故か廊下にシャベルが落ちている。
大工のパパがセメントを造る際に愛用していた刃先が尖った形状の道具だ。
どうしてこんな所に?
そう疑問が過ったが、考えている暇はない。
あたしは、シャベルを拾い手に取る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
無我夢中で振り上げ、パパの頭を殴打した。
パパは「ぐほっ!」と叫び床に倒れる。
しかし致命傷にならず、再び起き上がろうとした。
「ああああああ―――……!!!」
それから記憶が飛ぶくらい、何度も何度も殴りつける。
頭がカチ割れて鮮血が吹き出ようと、何が飛び散ろうと関係ない。
やがて、パパは動かなくなった。
床一面から壁に掛けて血塗れであり、あたし自身も真っ赤に染まっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……確か飛沫とか血液感染はないんだよね?」
パパを殴り殺したことよりも、そっちの方が心配になっている。
何かが麻痺し、罪悪感すら芽生えない。
これが自分の本性かと、ドン引きすらしていた。
「う、うう……さ、彩花」
ママが意識を取り戻した。
あたしは血塗れのシャベル持ったまま慌てて駆け寄り、ママを抱きかかえた。。
「ママぁ、ママ、大丈夫!?」
「パ、パパは?」
「え……そ、そのぅ」
答えにくい……ウイルスに感染したから撲殺したなんて言えない。
あたしの様子を察して、ママは頷いた。
「そう、襲われたのね……あの子達に……」
「え? 襲われた? どういうこと?」
「……穂花と翔太くん。彼らが感染して、ママを襲ったのよ……」
言いながら、ママはあたしに噛まれて痛々しい首筋と右腕を見せてくる。
二ヵ所も噛まれたってこと?
え? 嘘、嫌だ……ちょっと待って?
「お姉ちゃんと翔太さんがママを襲った? どうして?」
「彩花が外出して間もなくよ……翔太くんが来たのよ。腕が血塗れで、どうしたのかって聞いたら、穂花を迎えにこの家に来る途中で誰かに襲われて噛まれたって……穂花は翔太くんをリビングで招き、彼の処置を行っていわ。それから救急車を呼ぼうとしたんだけど……」
当時はまだ地域差はあるも、遊殻市が外出自粛要請を出す前に、いち早く聖林工業は全校閉鎖していたと聞く。
だから大抵の生徒は自宅で待機扱いだった。
しかしその日、穂花お姉ちゃんと翔太さんは部活の関係で学校に行く用事があり、二人とも制服姿で待ち合わせをしていたみたい。
当時、不登校のあたしは関係ないと思い聞き流していたけどね。
ママは瞳に涙を浮かべて唇を震わせる。
「突然、翔太くんが豹変して穂花を噛んだのよ。止めに入った私にも噛みついてきたわ」
左腕の袖を捲り、噛まれた箇所を見せてくる。
「しょ、翔太さんが……それで、パ、パパは?」
「パパは異変に気づいて倉庫からシャベルを持ち出して、ママと穂花を守ってくれたわ……けど穂花は……」
「お姉ちゃんは?」
「いきなり唸り声を上げ、背後からパパを襲ったの……きっと穂香もウイルスに感染したんでしょうね。パパは襲われながらママに向けて逃げるように叫んで、ママは言われるがまま玄関に向かったんだけど……貧血からか、急に頭がくらっとして、そのまま意識を失ってしまったのよ」
それから、あたしが戻って発見したのね。
ってことは、まだ近くに翔太さんと穂花お姉ちゃんはいる筈……。
案外、リビングか?
あたしは、ママをそっと寝かせ立ち上がる。
シャベルのグリップを強く握り締めながら、息を潜ませリビングを覗いた。
――誰もいない。
けど、ママが言うように激しく争った形跡がある。
テレビ画面がひび割れ、ソファーが倒さている。
他の家具などもメチャクチャだ。
それに、リビング窓のガラスが割られている。
破片が外側を中心にまき散らしているところを見ると、二人は外へと逃げたのか?
――今思えば奇妙だと思う。
集団行動をしているように見えるのは、あくまで人間の血と肉を求めて屯っているだけである。
その証拠に『青鬼』など、互いの身体が接触しないよう常に感覚を開けて歩き彷徨っているのだ。
別な標的を見つけて外に出るのはわかるが、すぐ近くに感染していないママが腕から血を流して気を失っていた。
あのパパの様子を見ると、あたしの前に現れたのは感染した直後かもしれない。
普段ならママを標的にするか、そのままパパが感染するまで襲い続けるか。
それが
どちらも当てはまらない存在は、あたしが知る限り『変種』しかいない。
竜史郎さんの話だと、常人より身体能力が優れたアスリートに発現するのが多いと聞く。
穂花お姉ちゃんと翔太さんは全国でも名のしれた剣道の達人だ。
たとえ二人同時だとしても、条件が揃っていればあり得ない話でもないか……。
当時のあたしは
どこかの部屋に潜んでないか確認しようとする。
リビングを出ると、ふと玄関先でママが立ち竦んでいた。
いつもと何か雰囲気が違う。
「……ママ?」
あたしは恐る恐る近づく。
するとママの口から「……ぐるるるぅ」っと、獣のような唸り声が聞こえた。
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