第96話 裏切った理由




 ~笠間 潤輝side



 父のセフレだった看護師の凄惨の光景に驚愕してしまう。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 戦慄と恐慌で、ボクはパニックになり悲鳴を上げた。

 

 それ即ち、『白鬼』の気分次第で、ボクも簡単にこうなってしまうと悟ったからだ。


 廻流はボクの反応を見て、ニヤリとほくそ笑む。


「……潤輝君、そう怖がることはない。キミは史上初の『赤鬼レッド』だ。ミクのような絶対的ではないにせよ、大勢の『青鬼ブルー』に指示を送り操ることができる。しかも『変種体Ver. 』も創り出すことだってできる貴重な存在なのだ」


「貴重な存在……ボクが……レッド、『赤鬼』だから?」


 ボクは聞き返すと、廻流は頷いて見せる。


 言われてみればそうだ。


 これまでにないくらい力が漲っている。

 頭の中も冴え渡っている感覚。


 ――すこぶる気分がいい。


 今なら、なんだってできるし誰にも負ける気がしない。

 人間を超越した者だと自負できる。

 本気でそう感じていた。


 但し、この『白鬼ミク』だけは別次元だ。


 彼女だけは逆らってはいけない――理屈じゃなく本能がそう囁いている。


 ミクの機嫌を損なえば、間違いなくボクは死ぬ。

 あのセフレ看護師のように……。


 廻流は話を続ける。


「――潤輝君。キミの役目は、まず『赤鬼レッド』を増やすことだ」


「赤鬼を増やす?」


「そうだ最低でも10体は必要だろう。人喰鬼オーガのトップに立ち、『ΑΩアルファオメガ』なる女帝ミクを守る忠実な騎士ナイト達……あるいは人喰鬼オーガ側にとっての『救世主メシア』に従う高弟、『白鬼ホワイト』の使徒としてね。それが『赤鬼レッド』の役割なのだから」


「『赤鬼』の役割ね……なるほどそうか」


 ボクは自分の置かれた立場を理解しつつある。


 即ち、これは選ばれたということに違いない。


 最初の『赤鬼』として、人喰鬼オーガのカースト・トップとしてだ。

 光栄なことじゃないか?


 人間でも上位トップ人喰鬼オーガとしても上位トップ


 まさに完璧な存在だ。


 仮に、他の『赤鬼』が誕生したとして、その中で一位は当然ボクってことになる。

 何せ、ボクが彼らを育成し導く『赤鬼』のリーダーになるんだからね。


 いいじゃないか!

 これこそ、ボクの『強運』がなせる技じゃないか!


 最初にびびっていたのが嘘のように気分が高揚していく。

 

「笠間理事長のことは、息子である潤輝君に任せるよ。愛玩動物ペットにでもしたまえ」


 廻流の言葉に、ボクは少しカチンとする。


 さっきから何様だ、こいつ?

 この偽物野郎が!


 そう思った。


 『赤鬼』のボクにとって絶対的な存在である『白鬼ミク』と違い、こいつは間違いなく普通の人間だ。


 何故、ボクがこいつの指示に従う必要がある?

 その気になれば、この場で殺せそうじゃないか。


「――おやめなさい。この方は『神』となるべき方ですわ。神への冒涜は、わたくしが許しませんよ」


 不意のミクの言葉に、ボクはビクッと両肩が跳ね上がる。


 ま、まさか……思考が読めるのか?


 ボクの考えていることが……『白鬼』に筒抜けだと?


「すみません……気分が高揚し、つい調子に乗ってしまいました」


 素直に非を認め、深々と頭を下げる。


 ――敵わない。敵う筈はない。


 せっかく与えられた地位を棒に振るうわけにはいかなかった。


「潤輝君。キミはお父さんの強い意志と親子愛で、晴れて至高の存在になれたんだ。普通の青鬼ブルーで『赤鬼レッド』になるってことは容易ではない。その『強運』を無駄にしてはいけないよ』


「今後は廻流様にも同様、いえそれ以上の忠誠を尽くすのですわ。いいですわね、潤輝さん?」


「はい、わかりました。カイル様にミク様……」


「わたくしのことは『様』呼びは不要ですわ。貴方の方が随分と年上のようですから」


 随分と年上だと?

 見た目は12歳~13歳……ボクと三つくらいしか変わらないじゃないか?


 いや、余計な詮索はやめておこう。

 彼女達に関しては「そういうものだ」と割り切るしかない。


 ボク自身を守るためにも――。


 こうしてボクは忠実な『赤鬼』として、奴らの手駒として下ったわけだ。





 そして現在。


「……当分は美ヶ月学園に用はない。まずは与えられた『任務』を優先する。復讐は後にしてやるよ。『西園寺 唯織』それに『姫宮 有栖』……」


 ボクは『青鬼』達を引き連れて、美ヶ月学園を後にした。

 しばらく、ここに用はない。


 それに裏切り女の名を口にした途端、あの時の光景が頭の中に浮かんでしまう。


 ボクにとってはトラウマに近い、ショッキングな出来事。

 あるいは人生初の屈辱であり、敗北だろうか。


 よりによって、あんな糞野郎如きに!



 ――それは有栖と一緒に学園を抜け出し、人喰鬼オーガ達に囲まれた時だ。


 有栖は必死にボクの手をしっかりと握り震えて怯えていた。

 

 ボクは死にたくなかった。噛まれて感染なんてもっと嫌だ。

 表向きは有栖のことを庇いつつ、この女を見捨てるべきか悩んでいた。


 見た目は抜群の女、誰もが見惚れる自慢の彼女。

 けど一年間近くも付き合っているのに未だにエッチをさせてくれない堅物女。


 しかし、この窮地を乗り越えれば、流石にヤらせてくれるだろう。

 この女はボクにしか頼ることはできないんだから。


 ボクはポケットに忍ばせてある、カッターナイフを握りしめる。


 一か八か強引に突破を仕掛けてみるか。

 幸い、ボクも有栖も運動部で鍛えているから足が速い。


 すっとろい感染者オーガ達では追いつけないだろう。


 そう思った矢先だ。


「……くん、怖いよ」


 有栖が小声で何かを言っている。


 ボクに向かって言っているのか?


 チッ、うっせーな。

 こっちだって必死に逃げる方法を考えてんだよ!

 お前、どうでもいいけど足を引っ張るなよ!


 そして、有栖はもう一度、口ずさむ。


 今度ははっきりと。


 あの男の名前を――!



「……助けて、夜崎くん」



 よ、夜崎?


 夜崎だと?


 誰よ、そいつ?


 ボクは自分の耳を疑った。


 これから食われるかもしれない時だってのに、有栖の方を凝視する。


 有栖は両目を瞑り、恐怖でひたすら身体を震わせているばかりだ。


 おそらく無意識に発せられた名前であり、本人も気づいてない。


 きっと窮地に追い込まれたことで潜在的に、そいつの名字を口にしたのだろう。


 つまり、この女の本心。



 ――本当に好きな男のことだ!



 夜崎……待てよ?


 そいつ同じクラスにいたよな?


 確か有栖の隣の席に座っていた、いつも自分の殻に籠り机に突っ伏していた、あのぱっとしない陰キャ野郎か!?


 思い出したぞ、夜崎 弥之!


 あいつのことか!?


 おいおい、待て待て!


 う、嘘だろ!?


 あいつはクラスでも底辺中の最底辺の負け組。

 誰が見ても陰キャぼっち野郎じゃないか!?

 どうして、この窮地で奴の名が出て来るんだよぉ!?


 まさか、有栖の奴……。


 ずっと以前から、夜崎のこと……。


 そういえば夜崎の奴……幼馴染の『木嶋 凛々子』を中学まで親密の仲だって噂を耳にしたことがある。

 なんでも、中学を卒業する前に夜崎がクラスメイト達の財布から金を抜き取っただかで問題になり、それからボクの親友だった『渡辺 健斗』に寝取られたって話だ。


 確か高校一年生の最初、ボクが有栖に付き合うよう告白した日と重なっている。


 ひょっとして、それが理由で有栖の奴はOKしたのか?


 ってことは何だ!?

 ボクは当て馬にされていたのか!?


 夜崎に失望した、その代わりとして!?


 この学年カースト一位のボクが、実は陰キャぼっち如きに劣っていただと!?


 それで、ずっとエッチを拒んでいた理由だってのかぁ!!?

 

 つまり、ずっと夜崎になんぞに操を立ててぇぇぇぇっ!!!?



 ブチン!



 ――ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!



 その瞬間、ボクの中でカァっと頭に血が上り、激しい憎悪として暴風の如く吹き荒れた。


 カッターナイフを取り出し、有栖の腕を切りつけた。


「痛い!」


 有栖はボクの手を離し、「ジュンくん、何をするの!?」と信じられない表情でボクを見据える。

 ボクの方が信じられないっての、この糞女が!


 僅かな切傷にせよ、溢れ出る出血により、血の匂いに敏感な人喰鬼オーガ達は有栖の方へと群がっていく。


 その隙にボクだけ逃げたんだ。


 ――裏切り者め! ざまぁみろ!



 有栖の奴、きっと今頃は『青鬼』として、その辺を彷徨っているに違いない。


 しかし不思議だ。


 どこにも有栖の気配を感じられない。

 人喰鬼オーガ、特に『青鬼』なら存在がわかる筈なのに……。


 もし見つけたら、犯しながらオモチャとして嬲ってやろうと思ったがな。



 まさか、人間として生きているのか?


 いや、そんな筈などあり得るわけがない。


 それこそ、『救世主』がもたらす奇跡でも起きない限りは――







──────────────────


お読み頂きありがとうございます!


次話は主人公チームの一人に視点を当てたストーリーとなります。



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