第93話 成長を遂げた者達




谷蜂たにばち 葦呉あしおside



 目を覚ますと僕は『黄鬼』になり激しい空腹が襲う。


 とにかく人間の血と肉を欲した。


 潤輝に差し出された肉を食らい飢えを凌ぐ。


 奴の説明では、人間ではなく犬の肉らしい。

 近くに人間がいない場合など、他の動物でも代用ができるようだ。




 それから72時間が経過し、僕は『青鬼』となった。


 約束通り『変種体』として強化された状態だ。


 うむ、力が漲るのを感じるぞ。

 心配していた知性もそれなりにある。

 だけど難しい計算はできないし、言葉も思うように発せられない。

 相当、知能が低下していると本能的に理解した。


 クソッ……早く『赤鬼』になりたい。


 また医者として威張り散らしたい。

 今度は、綺麗な状態を維持した『青鬼』の女達をはべらせ、僕が真の神になるんだ。


 その欲望の本能だけが、僕を突き動かす糧となっていた。




 とある深夜。


「――では、谷蜂先生。最初の仕事だ」


 潤輝は、ある場所に向けて指示を送ってくる。


 そこは『美ヶ月学園高等学校』と書かれた門の前だった。


 ここは確か……潤輝が通っていた学校?

 嘗ての母校を襲わせようとしているのか?


「この学園にはまだ、60人から50人程の生徒達が避難し潜伏している。武装しているかもしれないけど、所詮はたかが学生。先生なら余裕でしょ? 勿論、30体の『青鬼』を配置させよう」


 潤輝の囁く声に僕は頷く。


 何を考えているかわからないが、今の僕は彼の下僕だ。

 命じられたまま人間を食らうまで。


 そして、必ず『赤鬼』になってやる!




「うぅがあぁぁぁあぁぁぁ!!!」


 僕は雄叫びを上げ、閉ざされた校門を飛び越えた。


 施錠を外し、他の『青鬼』達を引き連れて駆け出して玄関へと突進する。

 『赤鬼』である潤輝の指示を受けているからか、どの『青鬼』も僕の指示には忠実に従う。


 ――これなら問題ない。この学園内の全ての人間を食らってやるぞ!


 そう高を括っていた。


 が、



 ダァァァン!



 突如、銃声が鳴り響いた。


「ギャア!」


 『青鬼』の一体が頭部を撃ち抜かれ、その場で倒れる。

 見事、額を撃ち抜か脳が破壊されていた。


 この貫通性……ライフル弾?


 ふと、奴のシルエットが浮かぶ。

 あの糞生意気な、狙撃手紛いの小僧。


 夜崎 弥之の姿が――


「のこのこ入り込みやがって! 美ヶ月学園の生徒を舐めるなよぉ、バケモノ共が!」


 玄関から複数の生徒達が現れた。

 男女揃って『銃器』を装備して、銃口をこちらへと向けている。


 おいおい、嘘だろ!?

 ここは日本だぞ!

 なんで高校生が銃を所持しているんだ!?


 そういえば「夜崎 弥之」といい、姫宮の娘といい、胸のデカい眼鏡を掛けた小娘といい……。


 三人とも美ヶ月学園の制服を着ていたぞ。

 あの「久遠兄妹」が、この学園に立ち寄っていたのなら……。


 案外、なんらかの取引で『銃器』を学生たちに渡している可能性がある!


 クソッ! 駄目だ、ここは!

 とんだハズレじゃないか!


「うがぁ、にがるぞぉ! (お前ら逃げるぞ!)」


 僕は『青鬼』達に指示を送るも、どいつも言うことを聞かない。

 それどころか呻き声を上げて、ゆっくりとした千鳥足で学生たちに突進して行く。


 バカか、こいつら! あ、バカだったんだ……。

 けど、さっきまで、僕の言う事を聞いていたのにどうしてだ?


「撃てぇぇぇぇっ!」


 学生の一人が号令し、『青鬼』達に向けて一斉に銃弾を浴びせてきた。


 あっという間に、30体の人喰鬼オーガ達が葬られてしまう。


「う、がぁがぁ……」


 唯一生き残った僕は後退り逃げることだけを考える。


 通常より強化された『変種』とはいえ、たった一人であの銃撃に立ち向かえられる筈がない。


 とにかく逃げたい! ここから離れたい!


 低下した知能で、その一心だけ念じる。


 僕は奴らから背を向け、駆け出そうとした。


 その時――



 ダァァァン!



 視界がぼやけ、後頭部から頭の中が弾け飛ぶ感覚に見舞われる。

 全身の力が抜け落ち、崩れる形で倒れ込んだ。


 あれ? どうしたんだ……僕は?


 力が……力が入らない。


 まさか頭部を撃たれたのか?


 脳を破壊されたのか?


 人喰鬼オーガだから痛みはまるで感じない。


 しかし、一体誰に?


 辛うじて視界に、僕を撃ったと思われる狙撃ライフルを掲げる、一人の女子高生の姿があった。


 ショートヘアでサイドにヘヤピンを着けている。

 小顔で整った容姿は、僕好みのアイドルフェイスだ。


 あの小娘が……僕を……医者である僕の天才的な頭脳を破壊した?


 クソッ……なんてことしやがる!


 許さないぞ!


 だが、いくら呪詛を唱えようと身体がピクリとも動かない。

 次第に意識が薄れていく……。



 ――死ぬのか?



 僕は死ぬのか?


 嫌だ……嫌だ……死にたく……な、


〔――やはり、迂闊に踏み込むべきじゃなかったか〕


 潤輝の声。


 辛うじてだが、奴の思念が意識に入ってくる。

 きっと、『赤鬼』として僕を支配しているからだろう。


 た、助けてくれ……潤輝君。


〔谷蜂先生のおかげで、ボクもそうならなくて済んだ。『赤鬼』とて、流石にあれだけの銃弾は躱せないですからね〕


 なんだと?

 この餓鬼……まさか、僕を噛ませ犬にしたのか!?


〔人聞きが悪いなぁ、いや鬼聞きか? まぁ、いいや……ボクはちゃんと約束を守ったろ? 奴らに負けたのは谷蜂先生、貴方に『運』がなかっただけだ〕



 ち、ちきしょう……――






**********



 谷蜂が息絶え後、生徒達がゆっくりと近づき確認する。

 

 生徒達は手分けして、人喰鬼オーガの弱点とされる頭部が破壊されているか、確認して回っていた。


「やっぱり『変種』でしたね、こいつ……」


 狙撃した女子生徒は、ライフルの銃口を谷蜂の亡骸に向けて呟いた。

 彼女は、谷蜂の逃げようとした行動が『変種体の人喰鬼オーガ』だと、すぐにわかった。


 特に一度、『変種体』を目の当たりにしている彼女は――


「よくやった、城田さん! すっかり腕を上げたじゃないか?」


「いえ、富樫先輩。まだ私は……けど少しは『弥之先輩』に近づけたなら嬉しいんですけど」


 生徒会副会長の富樫に褒め称えられ、城田と呼ばれる少女は頬を赤らませる。


 嘗て三大美少女の一人と称された一年生、『城田 琴葉』だ。


 琴葉は弥之と同じタイプの狙撃M24ライフルを見つめ、ぎゅと強く握り締めた。

 彼女にとって、片想い中の男子生徒と同じ銃器でもある。


「……夜崎君か。西園寺会長といい、今頃は何をしているんだろうな」


 富樫も懐かしそうに、片想いだった生徒会長の顔を思い浮かべる。


「そうですね。お互い生きてさえいれば、きっとまたいずれ会えますよ」


「ああ、そうだな。しかし、城田さん。キミも変わったな」


「え?」


「成長したという意味だよ。今では居なくてはならない、頼もしい存在だ。西園寺会長から、ここを任された僕はそう思う」


「……はい、ありがとうございます」


 琴葉は笑みを零すと、自動小銃を抱えた男子生徒が近づいて来る。


「副会長、残りの感染者オーガ達も無事に殲滅しています」


「うん、わかった。しかし、『青鬼』の中に『変種』が混じっていたとはな……正門の施錠を外された時から妙だと思ったんだ」


「普通の『青鬼』では絶対にできないことですからね」


「そうだ。城田さん、キミの助言のおかげだ」


「いえ、弥之先輩達の戦いを見ていましたから……あの時、私は何もできませんでしたけど」


「仕方ないさ。にしても、この『変種の青鬼』……ドクターコートを着ている。医者か?」


「かもしれませんね。顔がぐしゃぐしゃで誰かはわかりませんけど……」


「可哀想に……明日、陽が昇ったら埋葬してあげよう。他の感染者オーガ達も……死んでしまえば、みんな平等だからね」


「はい、きっと弥之先輩もそう言うと思います」


「……城田さんは意外と一途だね?」


 富樫に言われ、琴葉は頬から耳元まで赤く染める。


「え? いえ……そういう富樫先輩こそ、御島みとう先生といい感じではないですか?」


「や、やめてくれ……薫さんとは別にそんなんじゃ」


 ちゃっかり下の名前で呼んでいる生徒会副会長の富樫。


 琴葉は「はいはい。では校門の施錠を確認してから教室に戻りましょうね、先輩」と茶化しながら、和やかな雰囲気で作業に取り掛かった。


 

 弥之達が去って、その後――


 美ヶ月学園の生徒達は、自分らの居場所を守れるだけの力を身に付け、成長を遂げていたのだ。






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