第92話 堕ちるヤブ医者




 ~谷蜂たにばち 葦呉あしおside



 笠間 潤輝から発せられた不敵な表情に、僕の背筋が凍った。


 迷わずポケットからメスを取り出し、先端を潤輝に向ける。


「僕をどうする気だぁ、コラァ!」


「そう警戒しないでください。言ったでしょ? 傷を治してあげると」


「治すって……どうやって?」


「簡単です――貴方も人喰鬼オーガになればいい。人を食らえば、そんな傷、すぐに治りますよ」


「なんだって!?」


 僕は驚きながら、潤輝の隣に立つ笠間理事長の姿を凝視する。


 フルネーム、笠間 潤介じゅんすけ

 誠実そうな仮面の下で、若い看護師のセフレがいたっけな。

 おまけに僕よりもランクの高い医療大学出身であり、いつも学歴マウンティングしてくる自信家で嫌味ったらしい糞野郎だった。


 その癖に、西園会の会長である西園寺財閥の『西園寺 勝彌かつみ』や息子の『廻流かいる』には、忠実な飼い犬のようにペコペコして媚びを売る出世欲の塊のような男。


 けど今の理事長は、以前のような威厳の欠片もない。

 唸り声を上げ、唾液を口から垂れ流している。

 どう見ても知性など皆無な『青鬼』だ。


「嫌だ! そんなおぞましい姿になるくらいなら、片腕を失おうと人間でありたい! 僕は偉く知性を持った医者なんだ!」


「ボクを見てわかりませんか? 運と努力次第で、僕のように『赤鬼』として知性を持つことができる。それに絶対に僕を裏切らない背くこともない『仲間』を持つことができる」


 潤輝が指揮者のように片腕を振るうと『青鬼』達は従順に動き出した。

 僕の周りを一定の距離を開けながら、ゆっくりと取り囲んでくる。


 これだけ大勢の人喰鬼オーガに覆われているのもかかわらず、一体も襲いかかってこない。

 獣のように喉元を鳴らし抑制され、まるで「おあずけ」を指示された、これこそ飼い犬のようだ。


 ――『青鬼』を支配する。


 これが『赤鬼』の力なのか!?


 しかし、このままでは僕は人喰鬼オーガにされてしまう。


 潤輝の隣で猛犬のように息荒くよだれを垂らしている知性の欠片もない、笠間理事長のように……。


 確かに、潤輝が言うように『赤鬼』に進化できればいいかもしれない。

 見た目以外はまともそうだからな。


 きっと、人喰鬼オーガとしての身体能力パフォーマンスを得た上での進化であり、不老不死の存在として生物の理想形なのだろう。


 だが『赤鬼』になるには条件が厳しすぎる。


 ――人間を1000人捕食。


 『遊殻市』の人口は終末期前で約200万人。

 今では、きっと大幅に下回っているだろう。


 潤輝のように後ろ盾があれば不可能ではないが……。


「随分と感染することに戸惑っている様子ですね、谷蜂先生?」


 『赤鬼』の潤輝は、医療用のメスを握りしめる僕に向けて言ってくる。


 口調こそ丁寧だが、明らかに医者である僕を見くびり嘲笑っている上からの態度だ。

 親の七光りのドラ息子が……調子に乗りやがって。


「当然だろ? キミのように必ず『赤鬼』になれる保証なんてないんだ。僕は人間を捨てるリスクは冒せない!」


「では取引しましょうか?」


「取引だと?」


 僕が聞き返すと、潤輝はより口角を吊り上げて微笑む。


「ええ。先生がボクの傘下に加わった後、『青鬼』になった貴方に人間が大勢集まっている避難区域コミュニティを襲うよう指示します。きちんと『仲間』達に護衛させた上でね……谷蜂先生は、そこにいる人間達を食らえばいい。数箇所ほど襲えば、1000人くらい余裕で達するでしょ?」


「確かに、『安郷苑』事情など見ている。大抵の住民達は大きな施設で固まって暮らしているから……不可能ではない。だが三つほどキミに質問がある」


「聞きましょう」


「まず一つ。何故、初期症状である『黄鬼』じゃ駄目なんだ?」


「『黄鬼』だと、まだ人間としての意識があります。『赤鬼』が支配できるのは『青鬼』だけです」


「もう一つ。大抵の避難所は武装した奴らが多い。日本で銃器を所持している人間は稀だが、時折堂々と銃器を持ち歩いていたり、それ相応の武装をしている奴もいる。動きの鈍い弱点だらけの『青鬼』だと役不足じゃないのか?」


 僕の脳裏で、あの「夜崎 弥之」と「久遠 竜史郎」、それに付き添う武装した「小娘達」の姿が過る。

 忌々しい連中だが、あの手際から相当戦い慣れしている奴らだ。


「谷蜂先生は『変種』ってご存じですか?」


「変種? ああ、『青鬼』であるにもかかわらず、他の『青鬼』より知性があったり身体能力が特化した人喰鬼オーガだろ? 主にアスリートの感染者に多いと聞く」


「流石、聡明な谷蜂先生、その通り」


 潤輝は僕を茶化すように持ち上げてくる。

 餓鬼ガキの癖に舐めた態度が勘に触る。


「それで、変種がなんだ?」


赤鬼ボクなら『変種の青鬼』を任意で作ることができる。条件は赤鬼ボクに直接噛まれること」


「なんだって本当か!?」


「ええ、本当です。現にボク専用の親衛隊として数人ほど作っていますからね。みんな、『青鬼』でもある程度の知性があり身体能力も高く動きも機敏です。医師である谷蜂先生なら、多少知能が落ちても一定の思考機能を維持できるかもしれません」


 つまり『青鬼』としての欠点が解消されるかもしれないってことか?

 そう思いながら、僕は笠間理事長を見つめる。


 ふと疑念と不安が過る。


「何故、笠間理事長は『変種』じゃないんだ? 失敗例もあるんじゃないか?」


「ん? ああ、父さんね……彼は自分のミスで、ボク以外の『青鬼』に噛まれてこうなってしまってね。一応、ここまで育て『赤鬼』に導いてくれた恩もあって、こうして『ペット』として飼っているんだ。親孝行だろ?」


 父親をペットだと?

 こいつ狂ってやがる……。


 ――だが悪くない話になってきたぞ。


「最後に一つ。何故、僕を勧誘する? 今の不死身のキミに医師が必要とも思えない」


「不死身は語弊だね。不老ではあるが弱点は他の人喰鬼オーガと変わらない。脳が破壊され首が切断されれば簡単に死に至る……そうだね、気に入ったんだ谷蜂先生のこと」


「僕をだと?」


「そっ、ボクの役目は『赤鬼』を増やすこと。その為には、醜いほど生に執着し矜持を保った者が相応しい。そう、『あの子』に指示を受けている」


「あの子? さっき言っていた『白鬼』か?」


 僕の問いに、潤輝は声を出さず軽く頷いて見せる。


 やはり『白鬼』って存在は『赤鬼』の上を立つ人喰鬼オーガ


 超越者、あるいは『救世主メシア』か……。


「無論、先生が『赤鬼』になった暁には、ボクの支配から外れ自分の『仲間』を作ることができる。あの子にも紹介しましょう」


 なるほど、ようやく意図が読めた。


 要するに潤輝は『白鬼』って存在の命令で動いている勧誘者スカウトマンなんだ。

 『赤鬼』として適性がある人間に対して。


 僕は『赤鬼』こと、幹部候補に選ばれたってことだ。


 どの道、『青鬼』達に囲まれた状況……。

 負傷した僕じゃとても逃げ切れるわけがない。


 ここで背いて自滅するくらいなら、安っぽい意地と執着は捨てた方がマシだ!


 左手に握っていたメスを放り投げた。


「――わかった、従う! 僕は人間を捨てる! 感染して人喰鬼オーガになるぞ!」


「やっぱ、先生は期待した通りだ。その欲深さこそ、『鬼』になるのに相応しい」


 潤輝はゆったりとした歩調で、こちらへと近づいてくる。

 周囲を取り囲んでいた『青鬼』達は素直に道を開けていく。


 僕は左腕を掲げ、彼が来るのを待ち構えた。


 潤輝と向き合い対峙する。


「では儀式を始めよう――後は谷蜂先生、貴方の『運』次第だ」


「わかっている! 僕は医者にまでなった男だ! 愚民共よりも遥かに運がある!」


 きっぱりと断言すると、潤輝は大口を開けて迫って来る。


 僕は神に身を捧げるかのように双眸を閉じ、全てを受け入れる覚悟をした。


 激しい痛みが首筋を襲い。


 同時に僕の意識が途絶えた。






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