第87話 狂変の事態




 起床後、僕達は朝食を済ませ出かける準備をする。


 竜史郎さんは燃料の入った携行缶を受け取ると、坂の下で停止してあるワゴン車に給油しに行った。


 その間、僕達は一階のロビーで荷物を持って待機している。


「――やっぱり有栖も行くのね」


 母親である百合紗さんが声を掛けてきた。


「うん、お母さん。昨日、話した通りだよ」


「……そう。有栖が決めたことだから、お母さんは何も言わないわ……案外ここにいるより、その人達について行った方が良さそうだしね」


 百合紗さんとしては傍にいてほしいのが本心だろう。


 しかし彼女も周囲に対して不信感を抱いており、それならば娘が信頼している僕達と行動を共にした方が、まだ安心できるらしい。

 それに介護員として、四階で暮らしているお年寄り達を放って置けない事情もあるようだ。

 

「ありがとう、お母さん。時折、連絡するね」


「ええ、けど無茶だけはしないでね。お互い生きていてくれれば、それでいいんだから……」


「うん、わかったよ」


 母と娘の会話。

 微笑ましくも見え、どこか切なくも見える。


 有栖も百合紗さんも、二度と元の生活に戻れないと理解しているからなのか、どこか淡泊さを感じてしまう。

 本当は二人で暮らせれば、その方が良いに決まっている筈なのに……。


 そう考えながら眺めていると、百合紗さんが僕に瞳を向けてきた。


「弥之くん。有栖のことよろしくね」


「あ、はい。勿論です、任せてください」


 逆に僕が守られることが多いけどね……情けない話だけど。



 そう思っていた矢先だ。


「――大変だ! パトカーから『散弾銃ショットガン』が紛失している!」


 林田巡査は大声を上げながら走って来る。

 これから僕達を護衛するため、車両の準備をしていた際に気づいたそうだ。


 盗まれた銃は、『イサカM37』――


 長い銃身の持ち手部分を後ろにスライドし空の弾を排莢するポンプアクション式の『散弾銃ショットガン』である。

 特に今の時代、車載用として常備されていたらしい。


「紛失されたってことは誰かに盗まれたってこと~? 普段、どこに保管してあったわけぇ?」


 彩花が間延びした口調で聞いた。


「普段はトランクに専用のガンロッカーで保管していました。今確認したら、それごと無くなってしまっているんです! しかもトランクはバールのような工具でこじ開けられた跡がありました!」


 ガンロッカーごと盗まれた?

 しかもバールでこじ開けられたって……。


「その状況から盗まれたのは間違いないでしょうね。人為的なのも確かでしょう。犯行の時間帯は夜中から朝方に掛けの可能性があります。しかしロッカーごととなると、複数犯でしょうか? 他に思い当たる箇所はありませんか?」


 唯織先輩が推理を組み立てながら聞いている。


「地面に引きずった跡が……きっと、ガンロッカーではないかと? 今、三浦巡査が捜索しております」


 林田巡査が説明すると、間もなくして三浦巡査が近づいてきた。


「敷地内の茂みでガンロッカーを発見したわ! トランク同様に強引に工具で開けられていて、『散弾銃ショットガン』と銃弾が無くなっていたわ!」


「……だとしたら単独犯の可能性が高い。複数犯なら引きずらずに、もう少し上手に隠蔽できる筈ですから」


 唯織先輩の言う通りだな。


 一人で持ち運べず、地面に引きずりながら茂に隠れて、ガンロッカーの中を開けて中身だけを盗んで放置したってところか。


「一体、誰がそんなことを?」


 有栖が不安な表情を浮かべ聞いてきた。


「ヒメ先輩、そんなのここの施設の連中に決まっているっしょ~? 他に人間いないんだしね~」


「彩花の言う通りだな。武装している私達から銃器を奪うよりも、手っ取り早いと踏んだのだろう」


「そうね、唯織ちゃん。でも言い方きついけど林田巡査、貴方達のミスよ。どうして銃器を放置してたの?」


 香那恵さんは、林田巡査達に瞳を向けた。

 確かに迂闊にもほどがある。特に今の時代なら尚更だな。


 慎重な竜史郎さんはここの人達は信用できないと、ずっと銃器が入ったボストンバックを持ち歩いていたんだ。


「今までこんなことは一度もなかったので……特に『自警団』の人達も組織的で、それなりに戦える武装をしておりましたし、私達の物資供給を頼りにしてくれていたので……まさか、このような暴挙に出るなんて……」


「平和ボケだね~。意外と国家公務員より、あたし達一般人ピーポーの方が緊張感を持っているんじゃないの~。センパイ、ウケるよね~?」


「ウケている場合じゃないよ、彩花! 問題は誰が何の目的で盗ったかってことだろ!? とりあえず、自警団のリーダーである佐伯さんに知らせておいた方がいいんじゃないですか?」


「わかりました、私が行きます!」


 三浦巡査が率先して知らせに向かった。


「……お兄ぃ」


 美玖が心配そうに、僕の手を握ってくる。

 当然このような事態には慣れているわけはない。


「大丈夫だよ、美玖。僕が守るからな」


「うん……お兄ぃ、変わったね」


「ん? そうか?」


「うん、カッコイイ」


 恥ずかしそうに、そっぽを向く妹。

 初めて美玖に、そんなこと言われたと思う。

 

 美ヵ月学園のみんなからも「キャラが変わった」って言われたし、自分でも意識の向け方が変わったのも実感している。

 全て、竜史郎さんとみんなのおかげだよな。


「――随分と騒がしいな。どうした、トラブルか?」


 良いタイミングで竜史郎さんが戻って来てくれる。



 僕達は起った一通りの内容を説明してみた。



「やはりな。俺達が去る前に、誰かが何かやらかすと思ったが……まさか警察の『散弾銃ショットガン』をかっぱらうとはな……『イサカM37』か? 前の手櫛が所持していた競技用の『SKB MJ-7』と違い実戦向きだ。だが、決して隠し持てる銃ではない。尋問すれば、すぐ犯人が割り出せるとは思うが、問題は犯行に及んだ目的だな」


「そうですね……となれば、考えられることは、やはり――」


 竜史郎さんの言葉に、唯織先輩が言いかけながら同調した。

 何故か、二人して僕の方をじっと見入ってくる。


「なんですか?」


「……『抗体ワクチン』ね。犯人の狙いは」


 香那恵さんの言葉に、二人は頷く。


 対感染者オーガ用の抗体ワクチン、つまり僕の身体に流れる血液。

 幸い、竜史郎さんが上手く誤魔化してくれたので、僕達は所持していないことになっている。


 だとしたら――


「谷蜂って医者が危なくないですか?」


 僕の言葉に、竜史郎さんが頷く。


「だろうな。今、『抗体の血清ワクチン』を持っているのは、奴ってことになっているからな。誰の目から見ても希少価値がある代物だ……きっと真っ先に狙われるのは奴だろうぜ」


「それを見込んで、リュウさんは谷蜂に『ワクチン』を押し付けたんでしょ~?」


「ああ、シノブ。その通りだ。しかし、もし谷蜂が既に襲われていたとしたら、次の矛先は持ち込んだ俺達へと向けられる。そうなる前に、ここから出た方がいい……っと、いうわけだ林田巡査。とっとと俺達を案内してくれ」


「はい、久遠さん。しかしながら……只今、三浦巡査が佐伯さんに知らせに行っている段階でして……」


「なんだって? まぁ、あんた一人でもパトカーで先導くらいできるだろう。理由は今、話した通りだ。俺達もここの連中と余計な揉め事を起こしたくない。こんな施設で一般市民同士の銃撃戦になる前に、俺達から立ち去った方が無難だろ――」



 ――ドゥオォォォン!

 


 竜史郎さんが言いかけた時、どこからか重い銃声音が鳴り響く。


 上の階からだ。


「チィッ! 言っている傍からだな! 行くぞ、みんな! 事が起こってしまった以上、放置するわけにはいかん!」


「わかりました!」


 竜史郎さんを筆頭に、僕達は銃器を手に取り二階へと上がっていく。


 何故か、美玖もついて来ている。


「駄目だ、美玖! 百合紗さんと一階で待ってろ!」


「嫌だよ! もう、お兄ぃの傍から離れない! 私も一緒に行くんだから!」


 普段は素直な妹だけど、一度言い出したら聞かない頑固なところがある。


「ミユキくん、美玖ちゃんは私が守るから大丈夫だよ」


「有栖さん……ありがとう」


 彼女が傍にいてくれるなら問題ないだろうと思った。

 何せ僕より頼もしく強いからな。



 二階に上がると、意外な光景が待っていた。



「ヒヤァーッ、ハハハハッ! 死ねぇ、愚民共があぁぁあぁぁぁ!!!」



 パトカーから強奪した散弾銃ショットガン『イサカM37』を一般市民に向けて容赦なく発砲した男の姿だ。


 まるで発狂したかのように焦点が合わず高々と嘲笑い、口からよだれをまき散らす、真っ白なドクターコートを羽織った医師である。


 とても正気とは思えない様子に僕達全員が戦慄した。


 同時に、自分らの予想が間違っている事を知る。


 そう、


 盗んだ犯人は――谷蜂たにばち 葦呉あしおだった。






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