第86話 復讐の炎




 ~谷蜂たにばち 葦呉あしおside



 ちきしょう!


 あの久遠 香那恵の兄め!


 僕の顔を蹴り、お尻を何度も蹴り上げやがって……。


 この医者である、僕の偉大で綺麗なお尻だぞ!


 おまけに医療従事者でもない癖に、感染者オーガの抗体ワクチンを所持していたり、治療に当たったり……。


 医者である僕を差し置いて……クソッ!


 なんて屈辱だ!


 僕は谷蜂だ!


 医大をそこそこの成績で卒業し、笠間病院でもそこそこ権威のある医師だったんだ!

 そりゃ、時々うっかり誤診したり医療ミスで患者を死なせちゃうけどさぁ……。


 だけど合コンに行けばモテる!


 大抵の女は医師ってだけで、なんだかんだ寄り付いて媚てくる。

 看護師も含め、みんな羨望の眼差しで僕を敬っていたんだ!


 あの久遠 香那恵以外はな!



「――久遠君、いや香那恵君と呼ぼうか? 今夜、僕とディナーでもどうだい? 高級ホテルも予約済みなんだが」


「嫌です。それと気安く名前で呼ぶのやめてください。あと気持ち悪いです」



 フフフ……二つ返事で玉砕されたよ。


 あの女……凄げぇ美人の癖に以前からガードが硬いちゃありゃしねぇ!

 僕だけじゃなく、他のイキった若い医師すらも滅多打ちにされるらしい。


 だからといって男がいる気配もない……まさか、あの歳で処女じゃないだろうな?


 そんなことはどうでもいい!


 とくかく、久遠兄妹はムカつく!


 そろって僕をコケにしやがってぇ!




 僕は四階の休憩室にて一人で過ごしている


 四階は年寄りばかりだから、二階と三階に比べると煩わしさがない。


 皮肉な話だが、こんな糞みたいな世界になり、以前はあれだけ軽視していた年寄り達の方が理性的でまともに見える。

 認知症の年寄りもいるが腹黒さがないだけ、まだ平和そうで無害だ。


 一般の連中は何を考えているかわかったもんじゃない。


 医者なんだから診てもらって当たり前。


 頼み事だけは、いっちょ前で感謝の言葉すらない。


 自警団のリーダーの佐伯も含め胡散臭い連中ばっかりだ。


 唯一まともそうなのは介護職員の姫宮君くらいか……。



 僕はテーブルの上に置いてある『クーラーボックス』を眺める。


 箱には『抗体血清ワクチン』が入っている。


 この施設で医療従事者は僕しかいない。


 だから医師である僕が管理する役割を与えらえた。

 本来なら適切に冷蔵庫で保管するのだが……。


 僕はあることを考えていた。


 久遠 竜史郎って男はマジでムカつく。


 医師として不適切な言い方だが、ぶっ殺してやりたい。


 だが奴は唯一、僕にとってチャンスを与えてくれた。

 この『抗体血清ワクチン』を僕に預けたことだ。


 一瞬、本物か疑ったが間違いなく本物だろう。


 現に感染者オーガに噛まれた『夜崎 美玖』という少女と、女警官の『三浦巡査』が助かっているのだからな。


 日本、いや世界にも未発表なワクチンをあんな男がどうやって入手したかわからないが……。


 どうやら西園寺邸に行きたがっていたから、西園寺製薬所がなんらかの手引きをしているのか?


 そういれば、西園寺財閥の御曹司は大変優秀な主席研究員だと聞く。


 名前は、『西園寺 廻流かいる』だっけか?


 ……待てよ。


 あの理事長室で見た西園寺製薬の研究員……あの若い男。



 ――御曹司の廻流かいるじゃないのか?



 だとしたら、笠間理事長がぺこぺこ頭を下げていたのも頷ける。

 何せ、西園寺財閥の長男ということは、日本屈指の製薬会社と医療分野の頂点に立つべく男だからな。


 っと言っても、それはあくまで以前の話。

 今では、その肩書など意味はない。


 この終末というべき世界になり、すっかり価値観まで変貌してしまった。


 きっと、久遠 竜史郎のような野蛮な奴が幅を利かせる時代なのだろう。

 モヒカン刈りにして「ヒャッハー!」とか奇声を発してな。


 あるいは絶対的な『何か』を手にする者――。


 僕は『抗体血清ワクチン』の入ったクーラーボックスを見つめる。



 ごくり。



 自然と生唾を飲み込んでいた。


 久遠 竜史郎は、僕が医師だから預けた代物。

 自分が周囲に狙われないため、僕を当て馬としたんだろうが……。


 僕にとっては金の延べ棒。


 つまり絶好のチャンスだ。


 ここの連中は、まともに保管や管理はできない。

 ましてや医療従事者じゃなければ穿刺行為はできない。


 僕しか扱えない代物だ。


 これを武器に、僕はこの施設でよりのし上がれる。


 ――王になれるだろう。


 また、あの頃のように頭の悪いバカ女達をはべらせて酔いしれることもできる。


 いいや、こんな施設なんぞ見限る!


 もっと僕を評価し、敬い優遇してくれる場所に移ってやる!


 この『抗体血清ワクチン』があれば、僕は神になれる!


 歴史に名を残せ、世界中の美女も神である僕の思いのまま!


「いいぞ、いいぞ……来たじゃないか。僕の時代が……ククク」


 久遠 竜史郎にお尻を蹴られて散々な目に遭ったけど、この『抗体血清ワクチン』で全て許せる。


 これぞ喜悦、心からの感謝だ。





 ――ガタン!



 早朝。


 スタッフルームから激しい物音が聞こえ、休憩室で寝ていた僕は目を覚ました。


「……なんだ、年寄りの入居者か?」


 そう思い、僕はドアを開けてスタッフルームを覗き込んだ。


「やばい、谷蜂だ!」


「クソッ! 冷蔵庫にもねぇぞ!」


「一体、どこに隠しやがったんだ、オイ!?」


 三人の男達がスタッフルームを荒らしている。


 こいつらは確か、門脇と有馬と小杉。

 いい年して暴走族だった連中だ。


 今の時代なら、この手の連中は戦える戦力として自警団に重宝されるが、こいつら所詮は中途半端なチンピラである。

 人喰鬼オーガにびびって戦えず、リーダーの佐伯に見限られ団員から外されたんだ。


 佐伯の話だと昼間、久遠 竜史郎が持つ『抗体血清ワクチン』を狙って後をつけていることがバレて、それから奴の信用を失う羽目となったらしい。


 つまり、こいつらの不審な行動のせいで、当初手に入る筈だった『銃器』のやり取りもパーになったってわけだ。


 まぁ、そのおかげで貴重な『抗体血清ワクチン』を入手したのだから、僕にとっては漁夫の利なんだろうけどね。


 にしても、この低能なクズ猿ども……何をしてやがるんだ?


 いや、わかっている。


 こいつらの目的は――


「谷蜂、テメェ! ワクチンをどこに隠したんだ、ああ!?」


 思った通り、僕の・ ・『抗体血清ワクチン』だ!


「お前達こそ何をやっている!? リーダーの佐伯に知らせるぞ!」


 僕はポケットからスマホを取り出した。


「動くな、谷蜂! 妙な真似したら撃ち殺す!」


 門脇はボウガンを構える。

 こいつら……自警団からくすねてやがったのか!?


 あれはマズイ……至近距離なら、人喰鬼オーガの頭部を一撃で貫ける代物だ。


 万一頭部に食らったら、本当の「ブ医者」になってしまうじゃないか!


「ぐっ……」


 僕はスマホを床に落とした。


「オラァ!」


「ぶぎゃあ!」


 有馬が僕の腹部に飛び蹴りを浴びせて来る。


 僕は悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。


 門脇が僕の頭を踏みつけ、ボウガンを向けてきた。

 低能なクズ猿の分際で、よりによって医者である僕を……!


「おい、豚蜂! ワクチンはどこだ!?」


「ぼ、僕は豚じゃない……谷蜂先生だ!」


「うっせぇ! 立場わかっているのか、バーカ! 一人だけ、ぶくぶく太った豚野郎が! 何が先生だ! だいたい医者として何もしてねーじゃねぇか!? んなことより、ワクチンはどこだって聞いてんだよ!?」


「医療従事者でもない、お前達のような無知な連中に取り扱える代物じゃない……ましてや管理など……」


「アホか! んなの他所の医者か看護師に任せりゃいいんだろうが! 俺達はワクチンを餌に、お偉いさんと交渉してより安全な場所に避難して成り上がる! ただそれだけだっつーの! きっと誰もが喉から手が出るほど欲しい薬に違いねぇ! そうなれば、俺達は大出世間違いなしだ、ギャーハハハハ!」


「クソッ! 誰が貴様らのようなクズに渡すか! あれは僕のワクチンだ! 僕が王になるための神器なんだ!」


「――おい、休憩室にクーラーボックスがあるぞ! これじゃね!?」


 小杉が勝手に休憩室から『抗体血清ワクチン』の入ったボックスを持ち出してきた。


「やめろぉぉぉ! それに触るなぁぁぁぁ!! それは僕のモノだぁぁぁぁぁ!!!」


「うるせぇ、クソ医者がぁ!」



 ガッ!



 門脇が、僕の股間を思いっきり踏みつけた。


「うごぉぉぉ!!!」


 男の苦しみが襲い、悶絶した僕はその場から動けないでいる。


「おっ!? 間違いねーや、ラッキー! んじゃ、もらって行くぜ、豚蜂さんよぉ、ギャハハハハ!」


 門脇達は高笑しながら、『抗体血清ワクチン』を持って去って行った。


 周囲は年寄りばかりなこともあり、誰も異変に気づいていない。


「ぢ、ぢぐじょう……あいつら~、ブッ殺してやるゥ! 必ずブッ殺してやるぞォォォォッ!!!」


 僕の中で壮絶といえる復讐の炎を滾らせた。






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