第85話 傭兵の恋模様




「久遠さんでしたね。お約束通り、我らが先導し警護いたします。ところで何処へ行かれる予定ですか?」


 林田巡査が聞いてくる。


「ここから近くの山奥にある『西園寺邸』だ」


「ああ、あの大豪邸ですね……なるほど、確かに一般人は侵入禁止区域ですね。我々は何度か行き来したことがありますが」


「本当か?」


 竜史郎さんは興味深く食いつく。


「ええ、事前にあちら側に連絡して何人か避難民を誘導しています。地下に緊急時用のシェルターありますので、そこに避難民が生活している筈です。っと言いましても一般人ではなく、西園寺家にゆかりのある地位と身分のある者達ばかりですが……」


 所謂、上級国民ってか?

 仕方ないかもしれないけど気に入らないな。


「……なるほど。ってことは、そいつらからも色々と聞き出せるかもしれないな」


 竜史郎さんは寧ろ喜悦している。


 きっと、唯織先輩の父である『西園寺 勝彌かつみ』についてだろう。

 案外、屋敷に潜んでいるかもしれない。


 彼の目的を知らない林田巡査は平和そうに微笑んでいる。


「それでいつ頃、そちらに向かう予定で?」


「今日は遅いから明日の朝一だな。そういや、あんた約束通りガソリンを貰おう」


 竜史郎さんは自警団のリーダーである佐伯さんに詰め寄る。


「わかったよ。それとあんた達の食事と宿泊場所も提供しよう。俺達のこと信用していないようだから、誰も近づけさせないようにするよ」


「よろしく頼む。何か用があれば、ミセス(有栖の母)に頼んでくれ。彼女だけは唯一信用している」


「……わかった」


 佐伯さんは竜史郎さんの注文を受け入れる。

 彼自身は何も悪くないと思うが、周囲の何人かはどこか胡散臭いので仕方ない。


 一応、『抗体ワクチン』は全て谷蜂に渡したってことになっているけど、僕達が所持する銃器を奪う目的も考えられるしな。


 こうして一晩だけ、この『楽郷苑』で宿泊することになる。




 それから僕達は一階の奥側にある客室のような広々とした一室で休むことにした。


 普段は物資庫として使っているが、僕達のためにどかしてくれたようだ。


 ちなみに警察官である、林田巡査と三浦巡査も明日の警護をしてくれるため、同室して泊まっている。




「あ~あ、さっぱりしたぁ♪」


 彩花が部屋に戻って来た。

 彼女を先頭に、後ろから有栖と唯織先輩と香那恵さんと美玖が付いて来ている。


 すぐ近くに大浴場があり、女子達だけで入浴してきたのだ。

 節水のため普段はほとんど使用してないが、僕達のために解放してくれたとか。


 女子達みんなは制服姿から、パーカーやスエットの上下姿とラフな格好をしている。

 髪がしっとりと濡れて後ろで縛っており、肌がほんのりとピンク色。


 普段あまり見慣れない女子達の姿に思わずドキっとしてしまう。


「彩花、お風呂はどうだった?」


「うん、センパイ、凄く広くてしばらくぶりに、ゆっくりつかれたよぉ。男子達も入っておいでよぉ?」


「うん、そうだね。竜史郎さん、行きましょ?」


「ああ、だが俺はシャワーだけでいい」


 言いながら、竜史郎さんはドアノブにワイヤーを括りつけている。


「何しているんですか?」


「寝る前にトラップを仕掛ける準備だ。ノックせずに入ってきた奴の頭上から、シノブのシャベルを突き落とすようにする」


 酷でぇ罠だ。

 つーか、やりすぎじゃね?


「何もそこまでしなくても……ギロチンみたいじゃないですか? 間違って有栖さんのお母さんが来たらどうするんです?」


「まさにそういう仕掛けだぞ、少年。だが安心しろ、ミセスには決して自分からドアを開けずに必ずノックするよう伝えてある。他の連中はどうなろうと知ったことじゃない。やましい気持ちがなければ、黙って近づくこともないだろ?」


 そうだけど……この人、どれだけ慎重なんだ?

 僕は絶句してしまい何も言えない。


「……久遠さん。その銃器といい、貴方はどのような人なんです?」


 林田巡査は不審そうな眼差しを向けて聞いてきた。


「どういうつもりで俺に聞いている? 警察官としての職務質問か?」


「いえ……ただの興味本位です。今の私達は誰かの罪を問うとかはいたしませんので……」


 今の日本は辛うじて国家が機能し動きはあるようだけど、法や秩序を守ったり個々を捕らえて処罰するだけの能力はない。

 あくまで大局的で大雑把な管理と統制程度であり、他は無法地帯と言っても過言じゃない。


 逆に言えば国も容赦なく、歯向かう者はたとえ自国民だろうと容赦しない。


 検問する自衛隊の傍に転がっていた感染者オーガ達の亡骸に一般人が紛れていたのが何よりの証だ。


「傭兵だ。かれこれ十年以上になる」


「よ、傭兵? どうりで……それでどうやって鎖国された、この日本に?」


「密航だ。欧米からの物資船に船員として紛れこんだ。日本にいる妹が心配だったんでな」


「なるほど、お気持ちはよくわかります」


 林田巡査は妙な理解を示している。

 少なくても一ヵ月前じゃ絶対にあり得ない、つーか警察官の前ではしちゃいけない内容だと思う。


「そこにいる彼女、女警察官はあんたの彼女か?」


「え? いや……ただの同期です」


 不意をつく竜史郎さんの問いに、林田巡査と隣に座る三浦巡査は頬を赤らませる。


「そうか……その割には、谷蜂に随分と必死に食いついてきたと思ってな。まぁ俺には関係ないことだが」


 どうでも良さそうに、竜史郎さんは言う。


 ――そういや、ずっと気になっていることがあった。


「竜史郎さんって彼女とかいないんですか?」


 僕は何気に聞いてみた。


「それそれ~! あたしもずっと気になってたんだぁ。どうなのリュウさん?」


「良かったら教えてください(まさかと思うけど、実はミユキくんのこと……)」


「うむ、今後の参考のため聞いておきたいですね(朝も弥之君だけ呼び出して二人で何かしていた様子だからな……ひょっとして)」


「お兄ぃじゃないけど、私も気になる~(お兄ぃと一緒にいる理由は聞いたけど、こんなイケメンの大人がどうして、お兄ぃのこと気に入っているのか不思議ぃ)」


「兄さん、私は聞いてないけどどうなの?」


 途端、それまで離れていた女子達が近づき、やたら食いついてくる。

 明らかに各々の思惑が見え隠れしていた。


「……まぁ、ぼちぼちだ。別に言いふらす話じゃない」


「まさか『戦場が俺の恋人』とかいうノリ~? それともセンパイのような感じが好みだったりして~?」


 竜史郎さんが話を流そうとするも、彩花が必要以上にぐいぐいと質問攻めにする。

 挙句の果てに、僕を持ち出してあらぬ疑惑を持ちかけてきた。


 仲間には温厚な竜史郎さんも、流石にムッとした表情を浮かべる。


「シノブ、言っておくが俺は至ってノーマルだ。俺の密航を手助けしたのはそいつ・ ・ ・なんだからな」


「密航を手助けしたって……前に『戦友』とか言ってましたよね? その人って女性なんですか?」


「まぁな、少年……アメリカの軍事会社で一緒に組んでいた奴だ。情報収集と分析、それに操作といった情報戦のエキスパートだ」


「兄さん、その人はアメリカ人?」


「ああ、そうだ。名は、クライシーという……どうした香那恵?」


「別に……戦いしか興味なさそうな人だったから心配してたのよ」


 香那恵さんが懸念するのも無理はない。

 いつも色恋沙汰に興味ないって感じだったからな。


「ふ~ん、いいですね。なんかホッとしました(いつもミユキくんに構ってばっかりなので、内心疑ってました)」


「戦友、いや相棒との恋愛模様……映画のようでいいと思います(これで無事、あっち疑惑は解消されたな)」


 有栖と唯織先輩はどこかホッと胸を撫で下ろしている様子に見える。


 竜史郎さんは照れた様子で、キャスケット風船帽を深々と被り直した。


「俺だって、28だ。浮いた話の一つくらいはある。もう、俺のことはどうでもいいだろ――少年、風呂に行くぞ!」


「あれ? さっきシャワーで良いって……」


「気が変わった。たまには男同士で背中を流すのもいいだろう。林田、あんたも来るか?」


「いえ、自分は結構です。どうかお気兼ねなく」


 林田巡査は丁重に断り、竜史郎さんは「そうか」と素っ気なく頷く。


 そのまま僕の腕を掴み、二人で大浴場へと向かうのであった。






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