第84話 作為的なチート能力




 竜史郎さんは窓から顔を覗かせ、女性警官の様子を眺める。


「この女警官、『黄鬼イエロー』になりかけということは、まだ誰も噛んでいないってことだな……なら助けられるか」


「助ける? 本当に三浦巡査を助けることができるんですか!?」


「まぁな……だから林田、ここは俺達だけで対応する。あんたは施設の中で待機してくれ」


「わかりました。彼女のことをよろしくお願いします!」


 林田巡査は竜史郎さんを信頼し、素直に離れて行った。


「それじゃ作業に取り掛かろう。俺は『黄鬼イエロー』になってもいいよう彼女をこの場で拘束する。少年と妹、それに香那恵は一緒にいてくれ。谷蜂、テメェは少し離れて背中を向けてろ。絶対に振り向くんじゃないぞ! 嬢さん、シノブ、唯織は谷蜂を見張ってくれ。万一は射殺も許可する」


 竜史郎さんの指示に、すっかり慣れた僕達は「わかりました」と一斉に返事をする。


 しかし,


「何がわかりましただ、お前達!? 射殺を許可するだと!? そんな目に遭わすくらいなら、僕も施設で待機扱いでもいいじゃないか!? なんだ、嫌がらせか!?」


「半分は正解で半分は違う。既成事実を演出するためだ。谷蜂、テメェも俺達が行う治療に関わるイコール、『抗体ワクチン』の詳細を知る人物の一人っていう筋書きだ」


「だから、それが何だって言うんだ!? 見せてもらえなきゃ知りようもないだろ!?」


「事実など必要ない。ここの連中にどう見られるかが重要なんだ。この施設の奴らは武装した俺達の前では、そう簡単に尻尾を出さないだろう。ではこの中で誰が一番の標的になると思う?」


「まさか……僕か?」


 谷蜂は恐る恐る答える。


 竜史郎さんは頷き、ニヤッと唇を吊り上げ不敵に微笑む。


「ご名答。お前の身に何かあれば、ここの連中は俺が・ ・ 持つ『抗体ワクチン』を狙っていることが明白となる。既成事実を捏造することで、テメェは俺達の身の安全のための探知レーダーとなるわけだ。そうなれば取引などせずガソリンだけを奪い、俺達はここからすぐにとんずらすればいい」


「つまり僕は生贄ってことじゃないか!? クソッ! こんな所にいてたまるか! 僕は施設に戻るぞ!」


 谷蜂は大声で叫びキレる。

 急ぎ足で、その場から離れようとした。



 ――ガッ!



「ぎゃふん!」


 谷蜂は背中を蹴られ、うつ伏せで倒される。

 ザクッと目の前で刃となったシャベルが突き刺さった。


「駄目だよ。リュウさんから聞いたでしょ? アンタはここにいなきゃいけないわけ。ヤブ医者なんだから、それくらいの役には立ってよね~」


 彩花は谷蜂の背中を踏みつけたまま冷たい口調で言い切る。


「先生、悪く思わないでください」


「これも因果応報と思ってもらう」


 有栖も回転式拳銃コルトパイソンを抜き威嚇し、唯織も短機関銃ウージーを構えた。


 三人とも普段は優しい女の子だけに人が変わったように見える。

 でも戦闘モードに突入しているわけじゃなさそうだ。

 きっと素で谷蜂のことを軽蔑して嫌っているだけなのだろう。


 だとしても容赦ないわ(笑)。


「流石、三人ともグットだな。俺が見込んだだけはある。それじゃ早速作業に取り掛かろう。香那恵と少年は準備に取り掛かってくれ」


 竜史郎さんの指示を受け、僕と香那恵さんは頷く。

 彼が『結束バンド』と『ダクトテープ』で水戸巡査を拘束している間、僕は香那恵さんから注射器で血液を採取される。


「――ぐぁがぁあああ!」


 しばらくして、三浦巡査は『黄鬼』になった。


「今、投与するわ」


 香那恵さんは冷静に、三浦巡査の首筋に注射針を刺して僕の血液こと『抗体ワクチン』を投与する。


 三浦巡査は激しく苦しむも、すぐに落ち着きを見せて、顔色が元の血色の良い状態に戻った。

 息遣いも通常に戻り、さっぱりした表情で落ち着きを見せる。


「……成功だな。にしても、改めて少年は凄いな」


 竜史郎さんは感嘆の溜息を漏らし、僕の方をチラ見する。


「喜んでいいのかわかりませんけどね……」


 こうして誰かの役に立っているのだから、本当なら誇りに思ってもいいのだろう。


 けどこれは偶然や奇跡で身に着いた力じゃない。

 誰かに植え付けられた作為的な力だ。


 チートと言っても過言じゃない。


 きっと……いや間違いなく、あの男。


 『白コートのアラサー男』。


 あいつが関与しているのは確かなんだ。

 何故、僕の身体にこんな真似を……どうして僕なんだ?


 ――救世主。


 必ずそのワードも出てくる。


 どういう意味なんだ?


「お兄ぃ……なんなの今の? 私もお兄ぃの血液で助かったの?」


 美玖は瞳を丸くし驚きの声を上げている。

 何せ初めて見せる光景だから無理もない。


「……うん。入院させられた時、さっき話した『アラサー男』に身体をいじられたようなんだ。だから、そいつに会って、その理由と僕はどうなってしまうのか聞かなきゃいけない……勿論、母さんの行方も」


「そぉ……」


 美玖は素っ気なく言いながら、僕の手をそっと握りしめた。


「美玖?」


「たとえ、お兄ぃがどんな存在だろうと、私にとってはただ一人の『お兄ぃ』だからね」


「うん、ありがとう」


 僕は嬉しくなり、妹の頭を優しく撫でる。

 美玖も涙を浮かべ嬉しそうに微笑んだ。


 そういや高校生になってから、兄妹でこうして向き合ったことはなかったな。

 仲は悪くはなかったけど、母さんもああだったし僕も部屋に引き籠って、お互いに割り切った生活を送っていたような気がする。


 今思えば、美玖がいなきゃ成り立たなかった家庭かもしれない。


「……こ、ここは? 貴方達は誰?」


 三浦巡査が無事に意識を取り戻した。


「林田って警察官に頼まれ、あんたを治療した。今、拘束を解いてやる」


「林田巡査に? そういえば私は確か感染者に噛まれて……どうして?」


「詳しくは説明できない。一緒に来てもらう、交わした約束は守ってもらうぞ――俺は彼女を連れて林田の所に行く。少年と香那恵はそのまま『血清ワクチン』何本か造ってくれ。少年の負担にならない範囲でな。それを谷蜂に持たせ、奴に管理させること」


「わかったわ。それと兄さん、今使い切ったら私の処置キットもないんだけど……」


「この施設から拝借すればいい。非常勤だが医者が常駐する場所ってことは普段から最低限の設備がある場所ってことだろ?」


「そうね、そうするわ。後、弥之くん血液、少量でいいから私にも予備でもらえる?」


「いいですけど、香那恵さん一体どうするんです?」


「万が一の保険で持っておこうかなって、弥之くんがずっと私の傍にいてくれればいいんだけどね」


 香那恵さんは片目を瞑って見せてくる。

 どこか艶っぽい大人の色香に僕の心臓が大きく跳ね上がった。


「勿論です、はい!」


「お兄ぃ、鼻の下伸びてるよ」


 美玖にジト目で指摘されてしまう。


「う、うっさいての!」


 まずい、まずい……また彩花に嗅ぎつけられて何か言われそうだ。




 それから、林田巡査と合流した。


 三浦巡査の無事に驚きつつも涙を浮かべ感謝してくれる。


「本当にありがとうございます! まさか元に戻せるなんて……なんとお礼を言ったら良いのもか……」


「いや、こちらは約束を守ってもらえればいいだけのことだ。それに、くれぐれもこの事はどうか他言無用でお願いしたい。今後もし『ワクチン』必要なら、谷蜂に頼るといい。全て奴に持たせたからな」


 竜史郎さんは皮肉たっぷりに谷蜂に話題を振る。


「チィッ!」


 谷蜂は舌打ちしながら、血清保管用のクーラーボックスを抱えていた。


 抗凝固剤入りの検体採取容器10mlが5本ばかり入っている。

 香那恵さんも容器を一本持っており、美玖と水戸巡査の分を含めると今日一日だけでそれなりの血液を失ったことになる。


 細身で割と虚弱体質の僕は貧血まではいかないも、心なしか頭がぼーっとしてしまう。


 後で栄養補給しないとな……。






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