第83話 ギブアンドテイク




 そんな修羅場っている中、誰かが近づいてきたようだ。


「林田巡査、どうしたんですか?」


 佐伯さんは、その人物の名前を呼ぶ。

 巡査だって?


 僕達は休憩室から出て、その人物を見入った。


 ――警察官だ。


 この荒廃と化した『遊殻市』で初めて見るかもしれない。


 林田巡査と呼ばれた警察官は20代前半くらいの若い男性だ。

 凛々しく毅然とした爽やかな雰囲気が漂っている。

 陰キャの僕と真逆のタイプだろうか。


 しかし制服を来ているってことは、まだ警察自体は機能しているってことか?


「佐伯さん……谷蜂先生に用があって来たんですが、そちらの方達は?」


「客人です。色々取り込んでまして……先生なら、そこに座ってますよ」


「……客人ですか? その背中に見えるライフルは本物ですか?」


 林田巡査は、堂々と自動小銃M16ライフルを背負っている竜史郎さんに向けて指摘してくる。


「そうだが、どうする? 逮捕でもするのかい、若い兄ちゃん」


 竜史郎さんはきっぱりと言い切り、寧ろ警察官を挑発してくる。


 普通にやばくね、これ?

 きっと竜史郎さんのことだから、自衛隊と違い警察官なら手持ちの装備で勝てると踏んだのだろう。


 しかし林田巡査は首を横に振るう。


「……いえ、自分の身は自分で守る。それが今の日本の現状です。逮捕するにも収監する場所もあってないようなものですし、我々警察も治安を守り切れていない責任もあります。一般市民に危害が及ばなければ、自分からは特に……」


「では無罪放免って解釈でいいんだな?」


「はい。どちらにせよ、それどころじゃありませんので……そうそう、谷蜂先生に診てもらいたい患者がいるんです! 一緒に来て頂けませんか!?」


 林田巡査に問われ、谷蜂は眼鏡を拾い立ち上がる。

 フンと鼻を鳴らした。


「――断る。どうせ感染者オーガに噛まれているんだろ?」


「そうですが……だからこそ、医師である先生に診て頂きたいと……」


「キミね……頭が悪いんじゃないかい? 一度、噛まれたら、もうどうすることも出来ないのは知っているだろ? だったら理性のあるうちに拘束して『青鬼』になったら殺す。それが現状における最善の『看取り介護』ってやつだろ? まぁ『黄鬼』だって多少の意識があっても空腹で相当辛いようだから、今のうちに殺しておくのも優しさだろうけどねぇ……」


「そうかもしれません……ですが私にとって大切な同僚なのです。このまま楽に死なせてやるにも谷蜂先生のご協力が必要不可欠かと思いまして」


「帰ってくれ。僕に出来ることはない」


「しかし――」



 ドガァ!



「ぶぎゃーっ!?」


 竜史郎さんが谷蜂の臀部を蹴り上げた。


 豚の鳴き声のような悲鳴を上げ、谷蜂はその場で蹲る。

 顔だけを上げ、恨めしそうに竜史郎さんを凝視してきた。


「い、いでぇ……何故、僕が蹴られるんだ!?」


「医者としてテメェはここにいるんだろ? だったら自分の職務くらい全うしろ!」


「み、診たって何かできる筈はない……安楽死してやるにも、ここの施設の設備じゃ不可能だろ?」


 谷蜂は、どっちにしてもと言いたいらしい。

 間違ってはいないけど、対応の仕方に問題があると思う。

 せめて診てあげるだけでもすればいいのに……。


「――あんた達ならなんとかなるんじゃないか?」


 佐伯さんは竜史郎さんに問いかける。

 詳細は言わないが、「抗体ワクチンを持っているのだろ?」と言いたげだ。


「断る。理由はあんたらと一緒だ。見返りのないことはしない……それに俺は、ガキの頃から警察は好きじゃないんでね」


 竜史郎さんはきっぱりと拒否する。

 ガキの頃から? 警察と何かあったんだろうか?


 佐伯さんも身に覚えがあるだけに、口を閉ざして何も言えないでいる。


 僕達とてチームの司令塔である竜史郎さんが「NO」ならば口を出すことはできない。


 すると突然、林田巡査は座り込み両膝をついて頭を下げて見せた。


「この通りです! 彼女をなんとかして頂けるなら、是非協力をお願いします! 自分にはこのまま殺すことも放置することはできません!」


「彼女? 噛まれたのは女性か?」


「はい。三浦巡査、自分の同期であります」


「じゃあ、まだ20代そこそこか?」


「はい、そうですが……」


 林田巡査の返答に、竜史郎さんは顎に指を添え「香那恵と同じ歳くらいか……」と呟く。


「それで、あんたら警察は俺達に何をしてくれるんだ?」


「何とは?」


「見返りだよ。ギブアンド・テイク、当然だろ? 俺達はどうしても、ある場所に行かなければならない。だが車のガソリンは無くなるわ、自衛隊が検問していて近づけない状況だ。それに対して、あんたら警察は何ができる?」


「ガソリンなら確保できます!」


「ここの連中と取引して成立済みだ。他は?」


「パトカーで先導すれば、自衛隊は検問を通してくる筈です!」


「何? 本当か?」


「はい。自分達が説明すれば、きっと通してくれるでしょう。現に我々、警察官は何度も検問を潜っておりますので、はい!」


 林田巡査の話だと、今の警察は避難場所を回って国で確保した食料や燃料など配ったり、様子を見るなど巡回をしているらしい。

 辛うじてだが、社会機能の全てが麻痺しているわけではないようで安心する。

 そういった事情から検問している自衛隊は国の指示でパトカーは通すように配慮しているようだ。


「――交渉成立だ、案内しろ。行くぞ、少年」


 竜史郎さんの指示で、俺達は一階へと降りることにした。

 些か現金な気もするが……。


 何故か谷蜂も同行させている。


「ねぇ、リュウさん。どうして、こんなおバカなヤブ医者を一緒に連れていくのぅ?」


「なんだと小娘! 僕はちゃんと医療大学を出ているエリートだぞ! お前みたいな金髪ギャルに言われたくない! どうせ脳みそまで、おめでたく派手派手の実なんだろ! ああ!?」


「うるせーっ! 俺の仲間を悪く言うことは許さんぞ!」


 竜史郎さんは再び谷蜂の尻を蹴り上げた。


 谷蜂は「ぶぎゃ!」と叫び飛び跳ねる。


「いでぇ……ちきしょう、僕は医者だぞぉ……医者の尻を何度も蹴るなんて……酷い、悪魔か貴様ッ!」


「偉いと尊敬されたいのなら少しは医者らしくしろ! シノブ、こいつを連れて行くのは周囲への擬装だ。ここの連中は何を考えているかわからんからな……無事に目的が終わったら、すぐ谷蜂に『抗体ワクチン』を管理させる。そうなれば、標的は俺からこいつに変わるって寸法だ」


「なるほど~、リュウさん頭いいね~」


「何が頭いいだ、アホか!? 僕に矛先を向けようとする気満々じゃないか!? この鬼畜が!」


「うるさい、お前が言うな」


 竜史郎さんは谷蜂に向けて片足を上げる。


「わかった、もう蹴らないでぇ! お巡りさん、助けてぇ! 暴力反対!」


「いえ、この方達に三浦巡査を診てもらう約束をしています。ここはお互い様ということで」


「何がお互い様だ! 一方的な暴挙じゃないか!? 警察まで便乗しやがってぇ! 訴えてやる! 訴えてやるぞぉぉぉっ!」


「うるさい! 今時どこに訴えるってんだ、二度も言わせんな! テメェが一番、頭が悪いんじゃないか?」


「ぶひぃぃい! もう、やめてぇ! お願いしますぅ!」


 結局、竜史郎さんは谷蜂の尻を蹴り飛ばした。



 こんなやり取りをしながら、一階のフロアへと降りて行く。


 そのまま玄関を出て、停車してあるパトカーへと向かった。



 車内の助手席に若い女性警官が座っている。


 まだ『黄鬼』にはなっていないが、息が荒く全身汗まみれで意識が朦朧としている。

 なんだか苦しそうだ。

 よく見ると、首筋に青紫の血管が浮き出ており、少しずつ感染の兆候が見られていた。

 ん? どうやら左の足首を噛まれているのか?


「別区域でパトロールしていた際、一人で逃げる小さい男の子を保護したんです。その際に感染者オーガに襲われ噛まれてしまって……自分が発砲してなんとか斃すことがましたが、彼女はこんな状態になってしまって」


「保護した男の子はどうしたんです?」


 心優しい有栖が林田巡査に聞いてきた。


「無事に避難場所に送り届けました。しかし、そこには医師がいなかったので、一番近場である、この『安郷苑』に来てみたわけです」


「それは良かったです……けど、この女性警官の人が……」


 有栖はほっとしながら、すがるような眼差しを僕に向けてきた。


 彼女が言わんとしていることはわかる。


 僕も誰かのために一生懸命になれる人達を助けてあげたい。


 こんな世界だからこそ尚更だ――。






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