第82話 修羅場る陰キャ




 西園寺研究所と笠間病院の癒着。


 僕が笠間病院の地下病棟で一カ月間昏状態にさせられたこと。

 人喰鬼オーガに噛まれても感染せず、寧ろ抗体ワクチンを持つ体質。


 母親、絵里えりの失踪。


 これら全て『白コートのアラサー男』の存在が浮上し絡んでいる。


 そして、この男は間違いなく西園寺研究所の研究員であり、相当な権威を持つ人物らしい。



 ――竜史郎さんの口から、唯織先輩に大方の出来事が語られた。



 当然ながら久遠兄妹が何故、彼女の父親であり財閥の総帥である『西園寺 勝彌かつみ』を探しているのか、見つけて何をするのかは伏せられる。


 それでも唯織先輩にとっては衝撃だったに違いない。

 しばらく呆然と立ち尽くし、微動だにしなかった。


 それから間もなくして。


「……確かに私の父『西園寺 勝彌かつみ』は、決して聖人君子とは呼べるような人格者ではない。しかしまさか、そこまであくどい不正をしていたとは……」


 声を震わせ、唯織先輩は戸惑っている。


 無理もない。


 下手をしたら、世界規模で萬栄している感染ウイルス自体が意図的であり、それに最も関わっているかもしれないのが『西園寺製薬所』、つまり彼女の父親が運営している組織なのだから。


「イオリは父親に関して、何か思い当たる節はあるのか?」


 竜史郎さんは率直に聞いた。

 復讐者の実娘とはいえ、共に行動する仲間である以上、向き合うべきだと思ったに違いない。


「……いえ、父は私に仕事の話をしたことが一度もなかったので……ただトップに立つ以上、敵が多かったのも事実のようです。それに、私は父に溺愛されていましたが、廻流かいるお兄様……いえ、兄には相当厳しかったことを覚えています。その分、兄も父の期待には十分すぎるほど完璧に応えていましたが」


「イオリの兄か……確か、彼も西園寺製薬所の研究員だったんだよな? 現役の研究員ってことは、俺と同じくらいの年齢か?」


「……はい」


「竜史郎さん、何が言いたいんです?」


 僕は問い質し、竜史郎さんは頷く。


「人物像が一致すると思わないか? その『白コートのアラサー男』に――」


「まさか、そいつが唯織先輩のお兄さん!?」


「かもしれない。イオリ、兄の写真か画像はないのか?」


「いえ、兄はそういうのを嫌うタイプでしたので……実家にはありますが」


「それか直接、研究所に行くかだな」


 竜史郎さんは消音器サイレンサーを外し、拳銃をホルスターに収める。

 もう谷蜂を尋問する必要はないと判断したようだ。


「谷蜂先生、最後に私から聞いてよろしいですか?」


「な、なんだい、久遠……いや香那恵君?」


「弥之くんが地下の病棟に移された時、谷蜂先生は彼が隔離された場所について知っていたんじゃないですか?」


「ああ、知ってたよ。キミに問い詰められた時、嘘をついたんだ。理事長から口止めされていたからね。だが、その一カ月後くらいかな。院内でも感染者オーガが蔓延して収集がつかなくなった、あの日――僕達が病院から逃げ出す際、理事長は奇妙なことを口走っていたよ」


「奇妙なこと?」


「――これは失敗じゃない。『救世主』の誕生だとね」


「どういう意味ですか?」


「知らないよ……『ああ、こいつ。とうとう完全に頭がイッちゃったな』っと、理事長を見限り僕だけこの施設に逃げてきたんだ。元々、僕はこの施設の非常勤医師だからね」


「笠間理事長の行方は?」


「さぁね……最後に会ったのは理事長室だ。理事長だけは逃げ出さず部屋にいたよ。なんでも『息子』が来るのを待っているって……さっきの言葉も、その時に言ったのさ」


 息子を待つ?


 笠間 潤輝のことか?


 有栖の元彼……彼女を囮にして自分だけ逃げた糞男。


「…………」


 有栖は複雑な表情で、谷蜂の話を聞いている。

 ひょっとしたら親子で生存している可能性もあるかもな。


「なんだか知らないけど、随分と壮大な話になったよね~。んでリュウさん、これからどうすんの?」


 彩花は気楽な口調で聞いている。

 最も関りの薄い第三者なだけに、客観的に周囲を見渡し意見できるのも彼女だ。


「……二択だな。このまま予定通りに西園寺邸に行くべきか。西園寺製薬所の研究室に行き、イオリの兄に話を聞くか」


「けど、兄さん。その廻流かいるって人、厳重に閉鎖された研究所の地下にいるんでしょ? 連絡するには西園寺邸か西園寺財閥が運営する本社からじゃないと繋がらないって前に唯織ちゃんは言ってたわ、そうよね?」


「……はい、その通りです」


「なら予定通り、西園寺邸だな。ここから最も近い場所だ……問題は検問している自衛隊をなんとかするかだ」


「――あのぅ、美玖ちゃんはどうします?」


 有栖が心配そうな表情を浮かべて質問してきた。。


 確かにこのまま、この施設にいていいものかどうか。


 感染者オーガから人間に戻った子とされ、すっかり周囲から奇異の目で見られてしまっているからだ。

 下手したら、抗体ワクチンを持っているとか言われ、何かされそうな気もする。


 さっきの不審な男達もいることだしな……。


「少年はどうしたい?」


 竜史郎さんは僕に委ねてくる。


「……はい。兄としては安全な場所にいてほしい。ですけど、美玖にとって、ここが安全になるのか疑問です。だとしたら……僕と一緒にいた方がいいと考えています」


 僕はぎゅっと妹の小さな手を握り締める。


「お兄ぃ……うん、私もお兄ぃと一緒に行きたい。お母さんのことも気になるし……みなさんの足手まといにならないよう頑張ります!」


 美玖は大きな瞳を潤ませ頷いてくれた。


「決意が強ければ大抵のことは何とかなるものだ。俺も香那恵がいるからな……わざわざ兄妹が別々になることもあるまい」


 竜史郎さんの言葉に、僕と美玖は力強く頷く。


「良かったね、ミユキくん……美玖ちゃん、よろしくね」


「うん、お姉ちゃん。気に掛けてくれてありがとう」


「センパイの妹ちゃん、みくっちと呼んでいい~?」


「……うん、いいよ。金髪のお姉ちゃん」


 美玖は彩花に向けて愛想よく笑う。


「きゃは、かわいい~。ガチでセンパイの妹なの? 実は腹違い?」


「こ、こら! 変なこと言うなよ! 僕の妹に決まっているだろ!」


 実は当たっているだけに焦ってしまう。

 彩花は変に鋭いところがあると思った。


「弥之君、ちょっといいかな?」


 唯織先輩が服の袖口を引っ張ってくる。


「はい、いいですよ」


 僕は頷き、美玖から離れる。



 スタッフルームから直結している休憩室に入り、そこで唯織先輩と二人っきりで対面する。


「――弥之君。どうやら、私の父のことでキミ達家族に多大な迷惑を掛けてしまっているようだ、すまない」


 唯織先輩は申し訳なさそうな深刻な表情を浮かべ、深々と頭を下げて見せてきた。


「そんなこと……唯織先輩、どうか頭を上げてください」


「しかし、竜史郎さんから聞いた話……これまでのことを考えれば合点は行く。もしかして世界規模で蔓延する人食鬼オーガのウイルス自体が、西園寺財閥が手引きしたモノだとしたら……私は」


「まだそう決まったわけじゃないですし、仮にそうだとしても唯織先輩は少しも悪くないじゃないですか?」


「……わかっている。だがしかし……」


「親の責任を子供が背負うのは何か違うと思います。あの状況にもかかわらず、唯織先輩は逃げずに生徒会長として、ずっと美ヶ月学園を守ってきたのも知ってますし……僕から言えることは、たとえ残酷な現実だろうと唯織先輩と一緒に向き合っていきたい……ただそれだけですから」


「弥之君……」


 唯織先輩は僕の胸元に額を当て、身体を預けて来る。

 

 ふわっと柔らかな感触と、髪の毛から良い香りが鼻孔をくすぐった。


「い、唯織先輩?」


「……ありがとう。キミと一緒なら、私はどんな現実にも立ち向かえると思う」


「はい」


 僕はそっと彼女の肩に手を添える。


 男として、このままぎゅっと抱きしめて慰めるべきかもしれない。

 けどまだ、そこまで自分に自信が持てない。


 竜史郎さんじゃないけど、戦える技術を磨き身体を鍛えなきゃなっと思った。


 いや、それ以前に……。


「ちょい、二人とも何してんの~!?」


 彩花に嗅ぎつけられ指摘を受けてしまう。


 僕と唯織先輩は慌てて離れた。


 その声で、有栖と香那恵さんが駆け付けて来る。


「まさか、ミユキくん……もう唯織さんに決めちゃったの?」


 有栖が瞳を潤ませ寂しそうな表情を浮かべている。

 やたら僕の胸に突き刺さってしまう。


「決めるって何? 今のはそういうのじゃないからね! 僕となんて唯織先輩だって迷惑になるだけでしょ!?」


「……いや、私は別に」


「弥之くん……血液採取、もう1リットル追加ね。合計、3リットル」


「何言ってるの、香那恵さん!? なんか目が据わっているんですけど!? 失血死どころか、そのまま干からびちゃうよぉ!」


「お兄ぃがガチでモテてる……あの陰キャのお兄ぃが、美人のお姉ちゃんばかりに……嘘でしょ!?」


 妹よ。何気に傷つくこと言わないでくれる?


 確かに修羅場っているけどモテてるって言えるのかなぁ……これ?






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