第81話 谷蜂医師の証言




「谷蜂先生! さっき説明した客人質を連れて来ましたよ!」


 佐伯さんが大きめな声で谷蜂に呼ぶ。


「うるさい! 僕は忙しんだ! 後にしろ!」


 いきなり怒鳴り散らしてくる、谷蜂。

 忙しいと言うわりには、ただ椅子に座ってくつろいているだけのように見える。

 おまけにPCタブレッドで、アイドルのコンサート動画を観ていた。


 どう見ても暇そうじゃないか?


「先生が一階に下りて来られないから、こうして連れて来たんですよ! さっき話通り、とても貴重なモノ・ ・を所持している人達なんだ! 医師である先生に関わってもらわないと、私達だけでは管理できない!」


「フン! 医療従事者じゃないのに、どうして感染者オーガの抗体ワクチンを所持しているんだ!? 大体そんなモノが存在するなんて、医者である僕でさえ知らないぞ!」


「しかし、現にこの子は人間に戻っている! ほら、よく見てください! 先生が受診拒否した女の子ですよ!」


 佐伯さんは片腕を翳し、美玖を指し示す。


 谷蜂はチラッと見るも、すぐ視線を逸らして再びタブレットに目を向けた。


「じゃあ、噛まれてなかったんだろ! 結果オーライ!」


 挙句の果てに適当な診断をして終わらせてしまう始末。

 酷いを通り越して、なんていう医者だ。


 こりゃ、駄目な奴だと誰もが思った。


「谷蜂先生! いい加減にしてください! 私のこと覚えてますよね!? 久遠 香那恵です!」


 香那恵さんは、谷蜂の低堕落ぶりに耐え切れず前に出て来る。


 谷蜂はじっと彼女の姿を凝視する。


「……久遠君か、覚えているよ。いつも僕に意見してくる生意気なナース。どうしてキミがここにいるんだい?」


「兄に助けられ、こうして共に行動しているんです! それに意見ばかりって……そもそも貴方が医師であることをいい事にやりたい放題に患者やスタッフを振り回していたからでしょ!」


「ケェッ! 僕はね、きちんと勉強して医学部に入り、医師国家試験に合格して面倒くさい研修を受けて正式な医者になったんだ! たかだが看護学校しか出ていないキミに言われたくないんだよぃ、バーカ!」



 ――ドォン!



 銃声が鳴り響き、谷蜂が持っていたPCタブレットがパリンと割れる。


 竜史郎さんが自動拳銃FN・B・Pを抜き撃ったのだ。


「ひっ、ひぃいいいっ! 拳銃だとぉ!?」


 谷蜂は驚愕し、椅子から転げ落ちる。

 顔を恐怖で引きつかせながら、竜史郎さんの方を見上げてきた。


「俺は久遠 竜史郎、香那恵こいつの兄だ。テメェがどうしょうもないヤブ医者なのは理解したが、妹を侮辱することは許さん」


「だからって、何もタブレットを破壊することはないじゃないか……てか、なんでそんなモノを持っているんだ? ここは日本だぞ?」


「テメェの質問に答える義務はない。だが俺達の質問には答えてもらう。拒否権はない。今度は足を撃ち抜く」


「おい、アンタ……気持ちはわかるが、頼むからやりすぎないでくれ。年寄りだっているんだ」


 自警団のリーダーである佐伯さんが見るに見兼ねて止めに入ってきた。


 リビングにいる老人達が何事かと、スタッフルーム側に視線を向けている。

 介護職員である、百合紗さんが「なんでもないからね」と優しく言葉掛けをしていた。


「……そうだな、すまない。俺としたことがつい――」


 竜史郎さんは謝罪をして反省の表情を浮かべる。

 かと思ったら、胸のポケットから細長い棒状の筒を取り出し、銃口に取り付け始めた。


消音器サイレンサーを付ければ問題ないだろ? それとも場所を移って誰もいない場所で、じっくりと尋問してやろうか?」


 無害なお年寄りへの配慮以外は一切気にしていない、竜史郎さん。

 あまりにも容赦のなさに、佐伯さんは絶句する。


 仲間である僕達は黙って静観するだけだ。

 なまじ気持ちがわかる分、止める気にもなれない。


「わ、わかった。僕が知っている範囲であれば、なんでも答える……だから撃たないでくれ!」


「じゃあ、聞こう。少年の母親はどこにいる?」


「少年?」


「そこにいる少年と妹の母親だ。彼の名前は、夜崎 弥之。一ヵ月前に入院した患者だ」


「……僕は数多くの患者を持つ医師だ。フルネームを出されても、一人一人覚えているわけがない」



 パシュ――!



 銃弾が谷蜂の頬を擦れる。

 薄く血が滲んできた。


「撃った! 僕を撃ったぁ!?」


「警告だ、二度はない。次こそ舐めたことを言ったら、確実に足を撃ち抜く」


「わ、わかった。だから撃たないでくれ。その少年……覚えているよ。次の日、香那恵さんに散々問い詰められたからね……彼の母親も覚えている」


「母さん? 絵里えりをどうしたんですか!?」


 僕は谷蜂に詰め寄る。


「おいおい……まるで僕がキミの母親をどうかしたような言い方はやめてくれないか? 僕はただ、キミの母親に激しく問い詰められて返答に困り、理事長に相談して指示通りに『理事長室』まで案内しただけなんだ。その後、どうなったかなんて知らないよ」


「ならば、少年の母親が問い詰めた内容と返答に困った理由を聞かせろ」


 竜史郎さんが冷静な口調で聞き、谷蜂は素直に頷いた。


「弥之君だっけ? 何故、キミの面会ができないのかっていう内容だ。理由は彼が流行りウイルスの可能性があるためだと話した。検査するまで面会謝絶だとね……それでも納得しなかったから理事長に相談したんだ」


「では理事長と母親の二人で話をしたってわけだな?」


「そうだと思う」



 ガッ!



「ぎゃあ!」


 竜史郎さんがブーツ底で谷蜂の顔面を蹴った。


 眼鏡が吹き飛び、谷蜂はその場で蹲る。


「がはっ、け、蹴られた……ママにも蹴られたことないのに!?」


 こいつ、その年でママ?

 いや、そんなことはいいか。


 谷蜂は鼻と口から血を流しながら、竜史郎さんを睨みつけた。


「医者である僕にこんなことして……訴えてやる!」


「バカか? 今の日本で何処に訴えるんだ? お前も今の世界に失望して、そうして何もせず不貞腐れているんだろ? 身の程を知れ」


「うぐ……だからって無抵抗な人間を蹴ることないだろ? 暴力反対!」


「お前が嘘をついたから躾をしたまでだ」


「う、嘘だと?」


「少年の妹の供述だと、母親は『彼』と話すと言って別れたそうだ。病院の理事長を『彼』とは呼ばないだろ? だとしたら、理事長室で理事長以外にもう一人別の人物がいた筈だ。お前はそいつが誰か知っているだろ?」


「うぐ……そ、そうだな。考えてみれば、僕があんな連中を庇う理由はない。正直に話すよ――西園寺製薬の研究員だ」


「研究員だと? 白コートを着たアラサー男か?」


「誰だそれ? まぁ、20代後半から30代前くらいなら、そう呼ぶのかもしれない。それに男には違いない。僕もあの日一度だけしか見かけてないからな。香那恵君から聞いているだろ? 僕が弥之君の受け入れを拒否した時に理事長に呼び出され注意を受けた時さ」


「何故、西園寺製薬の研究員だとわかる?」


「『ΑΩアルファオメガ』のピンバッチだよ。その男の背広に付けられていた……それに笠間理事長が部外者を理事長室に招く人間は『西園寺製薬所』に関わる者しかいない。何せ、笠間病院は西園寺財閥が設立した『西園にしぞの会』の傘下だからね。しかも理事長が、しきりにペコペコしていた所を見ると相当な立場の男だと思うよ」


「その口振り……お前も癒着に関わっていたクチか?」


「いや……ちょっと違う。正確には医師としての名義を理事長に貸していたってところだよ。実際に関わったことは一度もない。その代わり、いいポストにつけてくれたし、多少の医療ミスも隠蔽して優遇もしてくれたよ」


 どっちにしても最低じゃないか、このヤブ医者。

 名前を貸して不正に加担する代わりに好き放題していたんだからな。


「……西園寺製薬所の研究員? 笠間病院との癒着? 一体、何の話をしているんだ!?」


 黙って聞いていた、唯織先輩が声を荒げる。


 流石にもう隠しきれないよな……。






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