第72話 二人の救世主




「……夜崎先輩」


 一年生の『城田 琴葉』が声を掛けてきた。

 なんか、ほんのりと頬を染めている気もしなくもない


「どうしたの?」


「いえ、この度は私の不注意でご迷惑掛けてすみません」


「ああ、ライフルを盗まれたことかい? 別に琴葉さんのせいじゃないだろ? 気にしなくても良いよ」


「はい、ありがとうございます……それとですね」


「なんだい?」


「わたし、すっかり見直しました! また先輩に会える日を待っています!」


 琴葉は語尾を強めと言い切ると、顔中を真っ赤にして駆け出し去って行った。


「「「「はっ?」」」」


 僕が驚愕する前に仲間の女子達の表情が強張り、こちらをガン見している。


 ちょ、キミら何でいちいち僕を睨むんだよ!?

 何もしてないでしょうに!

 ガチで怖いんだけど!

 

 けど今のって……聞き方によっては告白っぽいぞ。


 ……いくらなんでも、まさかな。


 後輩とはいえ、琴葉も有栖と唯織先輩に続く学園三大美少女の一人だ。

 わざわざ陰キャぼっちの僕なんかを好きになるなんてことはないだろう。

 危なく勘違いするところだった。


 こうして様々な思惑を秘めながらも、僕達はみんなと別れを告げる。


 美ヶ月学園を後にした。


 本当に長い数日間だったと思う――。




「――少年と嬢さんは、このまま学園に残るという選択肢もあるぞ?」


 学園が見えなくなるか否かで、先頭を歩く竜史郎さんが振り向かず聞いてきた。

 一応、聞いておくか的な口調である。


 僕は迷わず首を横に振う。


「このままついて行きますよ。行方不明の家族を探したいですし、自分の身に起ったことも知りたい」


「私も同じです……その為にもミユキくんの傍にいます」


 有栖も『黄鬼』から僕を噛んだことで人間に戻り身体能力は飛躍的に向上している。

 今のところ戦闘に大きく貢献して有意義に働いているが、この先どうなるかの保証はない。

 同じ境遇の彩花や唯織先輩もいるし、みんな一緒に行動した方がいいと思う。

 

 そんな僕と有栖の返答を聞き、竜史郎さんは振り向きフッと笑う。


「そっか……じゃあ今後ともよろしく頼む」


 どこか機嫌が良さそうに感じた。




「兄さん、どこかで車を手に入れないと……このまま歩いて西園寺邸に行くのは距離が遠すぎるわ」


 香那恵さんが意見している。


 確か唯織先輩の話だと、游殻ゆから市内にある山岳地帯の奥側にあるとか。

 流石に歩いていくのは大変だ。

 下手に山に入って野宿ってパターンもあるかもしれない。


「無論、そのつもりだが、もう一つ懸念するべきことがある」


「なぁに?」


「……カッコつけて銃器と銃弾を学園に置いていったのはいいが、この先の戦闘を考えると不安が残ってしまう」


 いきなり竜史郎さんはぶっちゃけてきた。


「じゃあ、例の公園に戻ります? 余った銃器と弾を埋めた、あの公園ですよ」


「いや、少年。引き返すなら前に進みたい。また暴力団の事務所から調達しよう、幸いこの付近にあるからな。今じゃ警察のガサ入れを心配する必要もない。きっと防衛用として堂々と事務所内のどこかに保管してあるだろう」


 そういや以前、強奪に乗り込んだ『鶴ケ井つるがい産業』から密輸ルートなんかを聞き出しているんだよな。


 にしても、僕達の住む『遊殻市』治安って一体……今じゃ人喰鬼オーガの災害でそれどころじゃないけどね。


「そうそう、有栖ちゃん。一端、お家に寄るんでしょ?」


 香那恵さんが聞いてくる。

 

 有栖は気まずそうに戸惑いながら頷いた。


「は、はい……お母さんが無事なのか確認だけでもと思ったんですけど……でも街の様子じゃ、きっと無事だとしても家にはいないと思います」


「それでも行ってみた方がいいわ。何か痕跡くらい残しているかもしれないしね、兄さん?」


「ああ、そうだな。弾の補充はその後で充分だ」


「……ありがとうございます」


 香那恵さんと竜史郎さんの好意に、有栖は柔らかく微笑む。


「もし家にいなかったら各地の避難所だよね~。けどぉ、SNSやTwitterなんかでも、あんま詳しい場所とか載ってないんだよねぇ」


「きっと、美ヶ月学園と同じ理由じゃないか? 色々な人間がいるからな……食料目当てに盗みや暴漢を働く輩もいるだろう。せいぜい載せても生存情報くらいか。ラジオもFMなどの匿名で呼び掛けるケースが多い」


 彩花の話に、唯織先輩が憶測を立てる。


 その通りかもしれないな。

 窮地に追い込まれるほど、人間は隠された本性を剥き出しにする。

 今回のことで、身に沁みほどよく学んだ。




 その後、有栖の家に向う。


 彼女の家も僕と同様に母親とのシングルと聞いており、似たような暮らしをしていた。

 学園では華やかなお姫様的な印象を勝手に抱いていただけに親近感が沸いてしまう。

 遠くで眺めることしかできない『高嶺の花』だとばかり思っていたから。

 

「――思った通り、母は家にはいなかったです」


 住んでいたアパートから、有栖は出てきた。

 特に動じることはなく平静な感じだが、どこか寂しさを堪えている様子にも見える。


「お母さんからの書き置きとかなかったの?」


「うん……そういうのはなかったかな。ただ着替えやキャリーバッグとか見当たらなかったから、どこかに避難しているのは間違いないと思うけど……」


 少なくても避難する余裕はあったってことか。

 ちゃんと施錠もしていたようだし、僕の母親や妹よりも生存している可能性が高そうだ。


「唯織先輩の家に行く途中、避難地があったら寄ってみようよ」


「そうだね。ありがとう、ミユキくん」


 にっこりと健気に微笑みを浮かべて見せる、有栖。

 きっと、僕達に配慮して取り乱さないようにしているんだと思う。


 一見大人しくか弱そうだけと、そういう面では意志の強い子だと共に過ごすようになり理解している。






**********



 薄暗い密室の中。


 男が複数に並ばれたディスプレイのバックライトに照らされながら、ある映像を見入っていた。


 ずらりと高い慎重に白い研究衣コートを羽織っている。

 銀縁の四角いフレーム眼鏡、整った理系風の顔立ち、20代後半くらいの男。


 ――白コートのアラサー男だ。


「思いの外、遠回りをしているが……『Øファイ』は正しく発現しているようだな」


 男はディスプレイの映像を見て呟く。

 

 街の監視カメラに映る制服を着た一人の少年の姿があった。

 学生服を着た、縛れるくらいの長い黒髪の少年。


 夜崎 弥之。


「――その方が、もう一人のお兄様・ ・ ・ですわね?」


 ふと男の背後から綺麗な声が聞こえ、薄っすらと少女の姿が浮き出される。


 透き通ったような長い白髪のツインテールに、血の気が無いと言い切ってよいほどの白肌。

 非常に華奢で小柄であり、見た目は12歳から13歳くらいだろうか。

 小さく形の良い鼻梁と唇、大きな瞳だが全体が黒ずんでおり、瞳孔部分だけが辛うじて煌々と紅色に染まっている。

 中世的な深紅のゴスロリ風のドレスに身を包み、まるで西洋人形のような可憐な美少女だ。


 白い彼女はいつからそこにいたのかわからない。


 実在しているのか、ホログラムのように創られた存在なのか?

 そう表現されるほど、曖昧で不自然な少女である。


「ああ、そうだ。ミクお前の兄であり、最初の『救世主』だ」


「まぁ、素敵。いつ頃、お会いできますの?」


「……今の所、奴の体内で『Øファイ』は発現しているが、あくまで試験段階だ。相反する完全体の『ΑΩアルファ・オメガ』であるお前と会うには、あいつ自身が幾つかの段階フェイズをクリアする必要がある」


「早くその日が待ち遠しいですわ……醒弥せいやお兄様。いえ、研究所ラボでは主席研究員である『廻流かいる』様とお呼びした方が適切でしょうか?」


「好きに呼んで構わない。どうぜ研究所ここには人間・ ・は私……いや、オレしかいないのだから」


 男が言い切る背後で、ミクと呼ばれた少女は微笑みながら肯定する。


「もう世界の歯車は誰にも止められない……『救世主メシア』と『神』であるオレ達以外はな――そうだろ、弥之?」


 ディスプレイに映る少年に向けて、男は愛情深く微笑んだ。






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