第70話 消えた幼馴染
翌朝。
ようやく体育館での殲滅戦が終わった。
これほど長い夜を感じたことはない。
色々なことがありすぎた。
敵味方や、さらに
僕が昏睡状態でいる間、この世界は一気に終末世界へと叩き落されてしまった。
法や秩序が崩壊したことにより、人間の誰もが内に秘めていた感情や不満や爆発し、隠れていた本性が剥き出しに解放されたように思える。
さらに今まで世の中の優位に立ち、常にカーストとヒエラルキーの上位に君臨していた者達が、荒廃した世界に順応できず腐敗し馬脚を現したのか。
あるいは返り咲こうと必死に足掻いた結果、自ら墓穴を掘って自滅したのか。
嘗て通っていた学園なのに、人間の『闇』と『負』の部分を禍々しく見せられた気分だ。
きっと今日だけじゃない。
これから先も、こんな状況が続くのだろう。
……正直うんざりだ。
醜さばかり見せられて、自分の心までもが腐ってしまわないかと危惧してしまう。
少しでも歯車が狂えば、僕だってあっという間に手櫛や渡辺、それに笠間のような人間に成り下がってしまうかもいれない。
多かれ少なかれ、人間なら必ずしも持ち合わせ芽生えてしまう側面ばかりにだ。
それはある意味、
――しっかりしなきゃな。
妹の美玖や母さんの行方も探さなきゃいけないってのに……。
こういう時だからこそ、不甲斐ない長男から脱却しないと。
「少年、そろそろ降りてこい!」
一階で竜史郎さんが呼んでいる。
僕は頷き、疲労した身体を無理にでも奮い立たせる。
もう敵意がない『反生徒会派』の生徒に頼み、例のお手製リフトを使わせてもらって一階へと降りた。
一階は血の海と化し、幾つも死体が転がり色々なモノが散乱している惨状だ。
はっきり言ってグロいとしか言いようがない。
何せ100体以上の
散らばっているこれらは、その成れの果てと残骸だろう。
どうやら仲間達以外の生存者はいないようだ。
特に一階で交渉していた『反生徒会派』は全滅したらしい。
噛まれて『黄鬼』の
僕はリフトから降りて仲間達に近づくと、竜史郎さんが口に細い葉巻を咥えて煙を吹き出しているところを目にする。
「竜史郎さんって葉巻とか吸うんですか?」
「戦いに勝利した時にな。験担ぎのようなものだ」
「こんな所で煙を吹かして、スプリンクラーとか作動しても知りませんよ」
「寧ろ身体にこびりついた血を流してくれる。好都合だろ?」
まぁ確かに、みんな全身に返り血を浴びて半端ない。
無傷の筈なのに重傷人に見える。
「う、うう……大熊先生」
血塗れの
その隣には、副会長の富樫先輩が寄り添っていた。
大熊先生……手越の凶弾に撃たれたんだよな。
『生徒会派』唯一の犠牲者か……。
「ミユキくん、大丈夫? 足元がふらふらだよ?」
有栖が心配そうに近づいてくる。
僕と違って、この子達は元気そうだ。
「……うん、大丈夫。元々体力はない方だから余計に疲れちゃって……有栖さんの方が頑張っているのにね」
「そんなことないよ。ミユキくんがいてくれるから、私は戦えるんだから」
「え?」
「なんでもない、ふふふ」
有栖は優しく微笑みながら言葉を濁してくる。
いくら血飛沫を浴びてようと、彼女の美しさと可憐さがくすむことはない。
「センパイ~、無事でいてサンキュ~!」
「弥之君、上からの援護射撃、感謝する。実に見事な腕前だったぞ」
彩花と唯織先輩も笑顔を向けてくれる。
同じく全身が真っ赤に染まっているが元気そうだ。
有栖といい流石、『身体強化組』はタフだと思った。
「ありがとう。それと心配かけさせてごめんなさい」
「はぁ、はぁ、はぁ、弥之くん……怪我ない? 腕の傷は大丈夫?」
香那恵さんが気に掛けてくれる。
床に刀を引きずらせながら歩きつつ、肩で息を整えている。
一番ボロボロのように見えた。
僕よりも明らかに疲労困憊にもかかわらず、自分のこと以上に親身になってくれている。
血塗れだけど、ガチで白衣の天使だ。
「僕は大丈夫です。香那恵さんの方こそ大丈夫ですか?」
「香那恵の奴。俺があれほど休んでいろと言ったのに、少しでも体力が回復すると、すぐ戦線に出て来ての繰り返しだったからな……まったく頑固な妹だ」
竜史郎さんは呆れ口調で葉巻を「ぷかぁ」っと、吹かしながら説明してくる。
「年寄り扱いされているみたいで嫌なのよ……私だって、まだ21なんだからね」
香那恵さんは唇と尖らせ不満気に主張してくる。
その仕草が子供っぽくてなんか可愛い。
確かに
でもそこは身体強化された上であって、香那恵さんが張り合って意地になることじゃないと思う。
その後。
生徒会長である唯織先輩から、生き残った『反生徒会派』に降伏を呼び掛ける。
既に反抗する意志がない生徒達は素直に応じて投降してきた。
これまでずっと手櫛の恐怖政治に振り回されていたからか、全員が憔悴しきっている印象を受ける。
唯織先輩と富樫先輩から捕虜となった生徒達に対し、しばらくの間は何らかのペナルティを科した上で、自分の弱さと向き合ってもらいたいと話していた。
その方が周囲への示しにもなるし妥当だと思える。
――こうして学園内の対立抗争は集結した。
次の日。
体力が回復して弾薬を補給した僕達は、最後の仕上げとして校門と校庭に彷徨っている残りの
しかし、玄関のエトランスホールで異常を発見する。
一部のバリケードが外されており、玄関先に横たわる三体の遺体があった。
それは見慣れた生徒の姿だ。
クラスメイトの『渡辺 悠斗』と『平塚 啓吾』、それに『泉谷 結衣』さんの遺体だ。
渡辺と泉谷さんは『黄鬼』の
近くに血塗れの鉄パイプが落ちているので、これが凶器で間違いない。
一方の平塚は顔面を銃で撃たれており、身体には
よく知る連中だっただけに、その哀れな末路に口元を押さえて吐き気を抑える。
「一体、誰がこんなことを……?」
「木嶋さん……」
僕の問いに、有栖が小声でぼそっと呟いた。
「え? 誰?」
「ん、そのぅ……ミユキくん、囚われていた時に木嶋さんに会わなかった?」
「うん、会ったよ。でも僕を助けに来た山戸を奪った拳銃で撃って……そのまま一人で去って行ったんだ。後はどこに行ったかわからないなぁ」
僕は言葉を濁した。
後ろめたいことは一切ないけど、有栖に詳細を説明するべきではないと思った。
あいつは何故か、有栖を目の仇にしている節があったからな。
「そう……ミユキくんがこうして無事でいてくれて何よりだね。山戸さんとは色々あっただけど、唯一そこだけは感謝しなきゃだね」
有栖は普段通りの優しい微笑を浮かべる。
にしても、まさか彼女から、あの女の名前が出てくるとはな……。
――幼馴染の『木嶋 凛々子』。
あれから学園内にあいつの姿は見当たらない。
きっと学園を去ったんだと思う。
渡辺達は、凛々子によって斃されたのか?
まぁ、あの女ならやり兼ねないけどな……。
にしても、凛々子の奴。
先輩としてリスペクトしていた渕田みたいに、優秀な男を求めて依存していた癖に、まさか単独で外の世界に出て行くとは……。
それだけ本気だってのか?
僕のことが好きだってこと。
愛しているってこと……。
――今更何を、ふざけるな!
けどあの時……。
僕は凛々子を撃つことができなかった。
どうしても殺すことができなかったんだ。
もう大嫌いなのに憎み切れない。
潜在的にこびりついた想いが過ってしまった。
恋愛とは違う特別な何か。
けど答えが出たからって、僕があの凛々子を選ぶことはあり得ない。
僕は有栖が好きだ。
そして仲間達が大切だ。
もし、みんなに危害が及ぶようなら、今度こそこの手で始末しなければ――。
いずれ、凛々子と決着をつける日が来る。
それまで、僕はもっと強くならなければならない。
成長しなければならない。
身体だけではなく、精神面も含めて。
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