第68話 離脱する幼馴染




「竜史郎さん!」


 僕は喜悦の声を上げ、有栖と共に駆け出した。


 床に倒れる手櫛の首無し遺体を二人で飛び越え、竜史郎さんに近づく。


 彼はフッと微笑みを浮かべ、構えていたM16ライフルを下した。


「少年、なんとか間に合って良かった。俺の方が先に昇ったのに、嬢さんに速攻で抜かれてしまったがな」


「どうやってここまで? また調理場のダクトを使ったんですか?」


「そんな暇はない。シンプルに壁をよじ登ってきたんだ。ボルタリングの要領だ」


 これだけ高さのある壁を自力で?

 やっぱ凄え……なんでもできるな、この人。


「嬢さんなんてもっと凄いぞ。まるで飛蝗バッタのように跳躍し、ほんの僅かな突起物に足を引っ掛けて昇って行ったんだからな……ったく、やる気を無くすぜ」


 竜史郎さんは愚痴りながら溜息を吐き、背負っていた『狙撃用M24ライフル』を僕に渡してくる。


「竜史郎さん、これは?」


「まだ一階には相当な数の人喰鬼オーガで蠢いている。シノブとイオリが交戦中だ。少年は、このまま屋上から援護射撃をしてくれ。腕の負傷も床などに固定して撃てば問題ないだろ?」


「わかりました」


 そういや僕、両腕を噛まれて負傷してたんだっけな。

 色々なことがありすぎて、すっかり忘れていた。

 緊迫した状態が続いたからか、不思議に痛みは感じなくなっている。


 僕は狙撃用M24ライフルを受け取る。

 自分の中で何故か、この銃が一番しっくりくるような気がした。


「嬢さんは俺と一緒に降りるぞ。いつまでも、シノブとイオリの二人だけで戦わせるわけにはいかないからな」


「はい……でも竜史郎さん。まだ屋上には『反生徒会派』の生徒が隠れているみたいです。その状況でミユキくんを一人にさせておくわけには……」


 有栖は心配した眼差しを僕に向けて聞いている。

 相変わらず優しい子だなぁ。


「リーダー格だった手櫛や渡辺坊やもいなくなったわけだし、もう少年に危害を加える奴はいなさそうだがな……まぁ、念だけは入れておくか」


 竜史郎さんは言うと、いきなりM16ライフルを天井に向けて乱射した。


 ガラスの屋根が割れ、照明が壊されていく。

 それらの破片がビニールシートと設置されたテントなどに落下し散乱する。


「ひぃぃぃいっ!」


「助けてぇぇぇ!」


「お願い、殺さないでえっ!」


 隠れていた生徒達が怯え悲鳴を上げる。


「うむ、どうやら奴らに戦意はないようだ――おい、お前ら! 俺達が一階の人喰鬼オーガ共を始末するまで、全員そこを動くな! 下手な真似をしたら必ず殺す! ここに逃げ場はないと思え! いいな!」


 竜史郎さんは大声で怒鳴り呼び掛けると、隠れている連中から「……はい」と精気が抜けたような返答が返ってきた。


 もう反旗どころか抵抗する気力すらないといった感じだ。

 それは事実上、『反生徒会派』の壊滅を意味する。



「これで問題ない。行くぞ、嬢さん。少年、フォロー頼むぞ」


 竜史郎さんは指示を出し、有栖と共に一階へと降りた。


 僕は狙撃用M24ライフルを抱え、ボトルアクションを行う。

 やはり腕の痛みは消失しているようだ。

 問題なく戦えるぞ。


 こうして体育館の戦いは大詰めを迎えようとしていた。






 ~木嶋 凛々子side



 あれから弥之と別れた後、私は学園を離れることを決意する。


 すぐ準備を整え、屋上の通気口の『風導管ダクト』から一階の調理場へと降りた。

 それから一度、体育館へ向かい、こっそりと入口から現場を覗き見る。


 思った通り、『反生徒会派』の男子達の大半が人喰鬼オーガ達に掴まり成す術なく捕食されていた。


 逃げる際、手櫛がリフトを使って屋上に昇ろうとしていたから、何かヤバイことになっていると察したのよ。


 反して姫宮や西園寺達、銃器を持つ『生徒会派』は圧倒的な強さで着実に斃しているみたい。

 こいつらのことはどうでもいいわ。


 私は三年の不良から拳銃で脅して奪ったサバイバルナイフを腰に装備しており、ケースから引き抜いた。

 そして、背負っていたリュックから布のシーツを取り出す。


 捕食中の手頃な感染者オーガを見つけ、こっそりと近づいて後ろからナイフで首を掻き斬る。

 汚らしい鮮血が吹き出したところ、用意したシーツに血液を沁み込ませた。


 ――これで簡易的な『迷彩布』の完成よ。


 身体に覆って静かに歩けば、匂いと音に敏感な人喰鬼オーガに気づかれることなく、正門から堂々と抜け出せるってわけ。


 もう、あの学園に大した未来はない。


 すっかり狂ってしまった手櫛に、あれほど幅を利かせイキっていた山戸の衰退ぶり、相変わらず目ぼしい男を見つけては寄生しようとする渕田などを見て確信したわ。


 それに布石を打った今、いつまでもこんな所にいても意味はないと思ったからね。


 だからしばらく姿をくらますことにしたの。


 弥之に少し考える時間と距離が必要だと判断した上でね。


 あいつが私のこと見つめ直し、やがて愛しく想い好きになっていく――そのための布石も置いて来たわ。


 いくら大好きだからって、常にべったりで愛情を押しつけてばかりだとウザがられるでしょ?


 特に誰とも付き合ったことのない弥之は恋愛に対して幻想を抱く傾向があるわ。

 だから姫宮のような見た目だけの女に理想像を投影して頑なに絶対だと信じてしまうのよ。


 雛鳥が最初に見たのを親だと思い込む「刷り込み」みたいなものね。

 恋愛においても似たような性質があると思うわ。


(あれ、マジで? 嘘よね、なんでこんなのと付き合ってんの?)


 って、格差カップル見たことない?


 それと一緒よ。

 単純な奴ほど盲目的に相手を良く思えてしまうって感じ。


 だから私は一端距離を置くことにした。


 離れることで、私の存在をより意識させるため。

 そのため心に刻み込むよう、思いっきりインパクトを与えてやったからね。


 ――弥之は私のことを忘れない。


 ふとした時に必ず思い出し、私のことを考えるわ。


 たとえ姫宮とイチャコラしようと、心の片隅で私の存在が過り悩み苦しむのよ。


 そして、弥之は気づくでしょうね。


 ――自分には私しかいないと。


 ――幼馴染の私しか愛せないとね。


 そう、これは駆け引きよ。

 奥手のあいつに惚れさせてやるためのね。


 もし、まだ姫宮を選ぶようなら……。


 その時は――



「凛々子ちゃ~ん!」


 玄関のエトランスホールに設置されているバリケードを取り外し、校門へと出ようとした際に誰かに呼び止められる。


 振り向くと、元彼である悠斗の友人で取り巻きだった『平塚 啓吾』が走ってきた。


 所々に返り血を浴びているようだが、外傷を受けた素振りは見られない、至って元気そうだ。

 右手には『自動拳銃ハンドガン』が握られている。


「平塚……悠斗はどうしたの?」


「ハァハァハァ……あんな奴、知らねーよ。もう奴らに食われているんじゃねーの」


 息切れしながら、しれっと言ってきた。


 いつもは悠斗の機嫌ばかり窺っている奴が、本人がいないとイキり出す。

 呆れた奴ね。

 だから、いつまでも三下なのよ。

  


「見捨てたの? 友達なのに?」


「……うん、まぁ。自分の命が優先だからね……敦盛を見捨てた時にハルちゃん自身が言った台詞だよ……凛々子ちゃん、やっぱ怒っている?」


「別にどうでもいいわ……見ての通り、私も逃げようと思っていたからね」


「一人でかい? 泉谷はどうたの?」


「知らないわ。結衣もあの身体だし、一緒に逃げるのは不可能よ」


「あの身体って……やっぱり泉谷は……」


「そっ、妊娠しているわ。悠斗の子よ」


「……マジかよ、あのクソ野郎が! そっか、それで凛々子ちゃんはハルトを見限り、一人で逃げようとしたんだね?」


 平塚は勘違いをしてきた。

 そのことは関係ないんだけどね……別に困らないから、それでいいわ。

 にしても悠斗がいない所だと本当に態度が悪いわね。


「それじゃ、私は行くね。じゃあね、平塚」


「待ってくれよ、凛々子ちゃん!」


「何よ?」


「前から好きだったんだ! 俺と……俺と付き合ってくれよぉ! 一緒に逃げよう、な!?」


 いきなり平塚にコクられたわ。






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