第67話 狂師との決着




 嘗てとはいえ、「先生」と呼んでいた男の変貌ぶりに僕は驚愕する。


人喰鬼オーガになったって……いつ噛まれたんだ!?」


「ん~~~夕方頃かなぁ。一階の教室から人喰鬼オーガを誘き寄せている最中だよ。私好みの可愛い『青鬼』がいたんで悪戯しちゃおうと、ついうっかりね~ん」


 何が、ついうっかりね~んだ。

 バカなのか、こいつ?


 僕が軽蔑した眼差しでドン引きしていると、手櫛は指を立て左右に動かしながら「チッチッチッ」と舌打ちする。

 なんかその仕草が妙にイラっとした。


「言っておくが、私は感染したことに、ちっとも恐怖は感じないよ~。寧ろ、わくわくするんだ。人間を超越した存在~、何の気苦労もしない~、餓鬼という本能に赴くままの存在~……だあぁぁあぁよおぉぉあぁぁあ!!!」


 手櫛は壊れていく。

 いや元々壊れているのから、あんまり変わらない気もする。


 しかし指摘された通り、僕が持つ小型拳銃デリンジャーでは心もとないかもしれない。

 確実に頭部を狙わないと……特に脳を破壊するなら、より至近距離が望ましい。



「リリちゃん、どこ~?」


 誰かがこちらに近づいて来る。

 聞き覚えのある女子の声だ。


 チラっと視線を向けると、凛々子の親友である『泉谷 結衣』さんが歩いていた。

 大事そうに下腹部を擦りながら、どこか具合が悪そうに見える。

 確か渡辺と関係を持ち、あいつの子を宿しているって話だ。


 だけど、よりによってこんな時に――!


「泉谷さん、こっちに来ちゃ駄目だ!」


「ごチソウ~、めっけぇぇぇえぇ!」


 手櫛は僕を放置し、長い舌を出しながら唾液をまき散らせて、泉谷さんの下へ駆け出した。


「クソォッ!」


 僕は舌打ちし、奴の後を追う。

 しかし、手櫛は人喰鬼オーガになったとは思えないほど足が異常に速い。

 まるで身体強化された時の有栖達を彷彿させる。


 あっという間に、泉谷さんは捕まってしまった。


「きゃああぁぁぁ! て、手櫛先生!? 何するの!?」


「えぇぇだぁあぁだきぃまぁぁあずぅっ!!!」


 手櫛は泉谷さんの首筋を噛んだ。


「いぃ痛い! 痛いよぉぉぉ!」


「ぐぅふへへえへ~!」


 悲鳴を上げる泉谷さんを他所に、手櫛は彼女から離れる。

 後を追う僕の方を見据え、真っ赤に染まった歯を剥き出しに見せてきた。


 僕は立ち止まり、デリンジャーを構える。


 泉谷さんは噛まれた首筋を押え、恐怖と痛みで身体を震わせている。

 幸いなことに、まだそこしか噛まれていない。


「泉谷さん、僕のところまで走ってくるんだ!」


 あの状態で感染したとしても、僕ならすぐに彼女を救うことができる。

 そう判断して呼び掛けてみたのだが……。


「い、嫌ぁ! 悠斗く~ん、助けてぇ!」


 泉谷さんは何を思ったのか?

 僕がいる位置とは真逆の方向へと走って行く。


 そこは吹き抜けとなっており、一階に落ちないよう普段から格子フェンスで仕切られた場所である。


「――悠斗くぅぅぅん!!!」


 泉谷さんは躊躇することなくフェンスを乗り越え、真っ逆さまに一階へと落ちてしまった。


「バカな……どうして?」


 僕は愕然とする。

 こっちにさえ来てくれれば助けられたのに……。


 何ともやるせない気持ちを抱きつつ、手櫛の方に意識を集中する。


 手櫛は突然「はぁぁぁい!」と叫び出し、目の前で敬礼して見せてきた。


「主席番号! 次はぁぁあ、ぼっちのヨザキくんでありまぁ~すぅ!!!」


「何が主席番号だ!? お前、ずっと教室クラスで僕を無視していたじゃないか!? そんなに噛みたきゃ、とっとと噛んでみろよ!」


 僕はいくら噛まれても感染しない。寧ろその時点で逆に手櫛が死ぬ。

 感染初期症状の『黄鬼』とはいえ、既に泉谷さんを噛んだからだ。


 しかし、手櫛は僕に近づくこうとはしなかった。


「――ヨザキ、陰キャでなんか臭そうだぁからぁ、噛むまえに撃ちコロしちゃおぉぉぉとっ!」


 不意に握っていた散弾銃ショットガンを向けてきた。


 しかも股間のファールカップから『散弾』二発を取り出し、手慣れた手つきで長い銃身を折り曲げて装填まで行っている。


 先程見せた足の速さといい、ずっと不思議に思っていたが……。


 手櫛の奴、感染者オーガの割には、やたらと知恵は回るし器用じゃないか?


 『黄鬼』は生前の記憶と自我が残っているも、大抵は飢餓に苛まれ本能に赴くまま、ひたすら人肉を追い求める存在の筈なのに。


 ふと、ボイラー室で戦った三年の『楠田くすだ 陸翔りくと』を思い出す。


 ――変種の『青鬼』と化した感染者オーガだ。


 まさか、手櫛も『変種』なのか!?


 だとしたら、奴は噛まれてから割と早い段階で感染し、人喰鬼オーガに変貌していた可能性がある。

 それで普段以上に奇行が目立っていたのか?


 案外、周囲に気づかれなかったのも変種としての擬態能力が備わっていたのと、普段から狂っているので差ほど違和感なくやり過ごしていただけかもしれない。


 しかし、この状況はまずいぞ!


 噛まれるのは良しとして、流石に散弾銃で撃たれてしまったら死んでしまう。


 おまけに小型拳銃デリンジャーの残弾は一発しかない。


 ――クソォッ、どうする!?


「ヨォザァキィィィィ! 死にさらせえぇぇえっ!!!」



 ドォォォン!



 手櫛が吠えたと同時に、銃声が木霊する。


 一瞬、僕は撃たれてしまったと思った。


 ――だが違った。


「な、んだどぉぉぉ……!?」


 撃たれたのは、手櫛の方だった。

 奴の頭部は半壊し、うつ伏せでバタッと倒れていく。


 その背後に、可憐に宙を舞う黒髪の天使の姿があった。


「有栖さん!?」


 間違いない彼女である。

 華奢な右手に持つ『回転式拳銃コルトパイソン』で手櫛の頭部を撃ち抜いたのだ。


「ミユキくん!?」


 有栖は声を弾ませ、両腕を広げて駆けつけてくれる。


 そして、ハグっと僕に抱きついてきた。


 華奢でふわっとした柔らかい感触と温もりに包まれ、心臓が跳ね上がる。


 え!? え!? ええええっ!?


 あまりにも唐突な出来事に、思わず背筋がピーンと伸びて棒立ちになってしまった。


 僕も自分が何をされているのか頭では理解している。

 

 片想いしている女の子に抱擁されているのだ。

 しかも有栖の方から――。


 以前、彼女が『黄鬼』から人間に戻った際、僕は思わず抱きしめてしまった。

 

 だけど今回は真逆のシチュエーション。


 こういう場合、僕はどうしたらいいんだ?


 勢いに乗って、有栖の背中に腕を回すべきか……いや待て、調子に乗るな。


「怪我はない? 酷いことされなかった?」


 有栖は小顔が近づけて聞いてくる。

 大好きな優しい笑顔で、僕の視界がいっぱいになる。


 こんなにも親身に心配してくれるなんて……。


 嬉しい、そしてなんて幸せなんだろう。 


 色々あっただけに、僕にとって彼女の笑顔が一番の癒しとなっていた。


「うん、大丈夫だよ、有栖さん。心配してくれてありがとう……それに助けに来てくれて嬉しいよ」


 いつも片想いの子に助けてもらってばかりで、一人の男としてどうかと思う。

 

 だけど、有栖が……彼女が傍にいてくれるから、僕は今の世界でも希望を捨てず前向きに頑張れる。


 背伸びして、少しは成長できるかもしれない。


 そして、いつかは竜史郎さんみたいに強くなって、有栖を守れる男になれれば――。


 有栖と無事に再会することが出来て改めてそう思った。



「そこのキぃみぃたぁぁじい、校内でのイチャコラァ、キン禁止ですぁわああああ!」


 手櫛は、むくっと起き上がる。


 頭部の半分が破損されているにもかかわらず、まだ生きていた。

 脳髄を完全に粉砕しきれてなかったのか?

 

 変種だからかもしれないが、なんて悪運の強い奴だ。


 有栖は素早い動きで、僕から離れた。

 双眸を赤く染めて臆することなく、二丁の拳銃を構える。



 ドドドドドドド――ッ!



「グアァッ!?」


 手櫛は後ろから撃たれた。

 激しく轟かせる衝撃と共に身体が大きく揺さぶられる。

 顔面ごと頭部が完膚まで粉砕され飛び散った。


 蜂の巣となった首なしの身体は前のめりで倒れていき、元担任教師である『手櫛 柚馬ゆうま』は死んだ。


 亡骸の向こう側で、自動小銃M16を構える竜史郎さんの姿があった。

 ライフルの銃口から薄っすらと煙が立ち昇っている。


「――俺も執念深い性格でね。宣言通りの有言実行、あるいは男に二言はないってやつだ」


 どうやら、竜史郎さんが手櫛を始末してくれたようだ。






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