第66話 最後の矜持





 少しだけ遡る。


 凛々子が僕の前から姿を消した。


 あの女から散々病んだことを言われて困惑してしまう。


 僕は有栖のことが本当に好きなのか?

 僕のことを愛してくれるのは誰なのか?


 何を今更と思いながらも、彼女をあそこまで狂わしたのは自分が原因なのかと考えてしまう。


 どうしてこんなことになったのだろう?

 やっぱりあの時、あの女を撃ち殺すべきだったのか?


 そんな葛藤とジレンマに苛まれながら。


 虚ろに迷走していると、ふとテントの入り口前で倒れている人物のことを思い出した。



「――そうだ、山戸!?」


 僕は隔離されていたテントを出て、山戸の所へ駆け寄る。

 未だ右胸の出血は止まらず、床まで垂れ流れていた。


 山戸は血を吐き、ヒューヒューと荒い呼吸を繰り返している。

 傷は肺まで達していると思われ、素人目から見ても重傷だ。


「おい、大丈夫か!? しっかりしろよ!」


 もう助からないと思いながらも呼び掛けてしまう。

 そうしなきゃいけないと心の奥底から湧き上がっていた。


 にしても山戸は何故、敵である筈の僕を助けるような真似をしたのかわからない。


 そういや、大熊先生が手櫛に撃たれたって言っていたな……。

 一階も銃声や悲鳴が木霊して随分と騒がしいようだ。

 まさか人喰鬼オーガと戦っているのか?


「ぐ、ぐふっ!」


 山戸は再び血塊を吐く。


「お、おい! どうして僕を助けようとしたんだ!? お前、不良だろ!? ヤンキーなんだろ!? なんで、どうして……」


「た、大した……理由はねーよ……」


 山戸は右腕を震わせながら、僕の肩を鷲掴みにした。


「お、俺はただ……お前に借りを返したかっただけさ。おかげで、す、凄ぇ痛ぇよ……こりゃもう死ぬわ……ぐぶっ」


 喋る度に咳き込み血を吐いている。


 苦しそうな山戸に、聞いた僕は申し訳なく思えてしまう。


「わかった……もういい、喋らなくても……」


「で、でもよぉ、夜崎……不思議に死ぬのが怖くないんだぜ。あんだけ命乞いして醜態さらしていたにもかかわらずによぉ……きっと、ろくな人生じゃなかったけど、最後に一つくらい自分の行動にプライドを持つことができて満足してんだ……だからお前には感謝を……あの時、殴ってガチで悪かった……ぐぶっ、ぶほっ!」


 肺に溜まった血が逆流しているのだろうか?


 僕は少しでも楽にできればと、山戸の頭を持ち上げ少し横に向けて気道を確保してやる。


 作為的にせよ、一ヵ月前にカツアゲされそうになった相手に感謝されつつ看取る羽目になるなんて……実に複雑で妙な気分だ。


「ケンちゃ~ん。まだ生きてるのぉ?」


 テントから山戸の嘗ての彼女である、『渕田 仁奈』がゆっくりと出て来た。

 その場で立ち竦み、瀕死の山戸をじっと見つめている。


 僕としては、彼女から最後に詫びか慰めの言葉でもあればと期待する。


 しかし、渕田は「フン!」と鼻で笑い、害虫を見るような目でさげずむ。


「バカな男……周りに逆らってばっかで、世渡りが下手なのよ。大人と社会に反発している癖に、結局は未成年だから法や社会に守られていることも理解できずイキってばかり……だから、世界が変わっても順応できなかったんだわ。んで、結局そのザマしょ? ガチで期待外れのウザい奴……もう早く死ねばいいのに」


「おい! 何だ、その言い草! あんた、こいつと付き合ってたんだろ!? それが元でも彼氏に対する言葉なのか!?」


 僕は期待を裏切られたことよりも、あまりにも酷過ぎる言動に失望と怒りで震えてしまう。


 渕田はその感情を逆撫でするかのように、くすっと嘲笑ってきた。


「やぁだ、夜崎くんってばウケる~! なぁに熱くなっちゃってんのよ~? そんなのノリに決まってんじゃなぁい~」


「なんだと!?」


「確かに未成年の中では、そいつは有能な男だったわ。但し『暴力』って面だけだけどねぇ。それでも幅を利かせ周囲から一目置かれていたから、まぁ学園にいるうちはいいかなって感じよ。でも社会に出たらどうかな? 想像してご覧よぉ、何も無いじゃない、そいつ? どの道、最初から卒業したら別れるつもりだったしね」


 なんの躊躇なく平然と言い切る、渕田 仁奈。


 この女、最低だ――。


 男をアクセサリー程度にしか思っていない。

 美人の皮を被った淫獣。


 こんな女の影響を受けたばかりに、凛々子は……。

 

 ――クソッ!


 僕は右手に持つ『小型拳銃デリンジャー』を強く握りしめる。


 今まで感じたことのない衝動が湧き上がってきた。


 滾るほどの殺意。


 たとえ相手が女子だろうと許せない!


 こ、殺――



 ぐいっ



 横たわる山戸が、僕の右手を拳銃ごと強く握りしてきた。


「よ、夜崎……お前、俺に言ったよな? た、戦うべき相手が違うんじゃね?」


「え?」


 すると、山戸は僕から拳銃を奪い、その銃口を渕田へと向ける。



 パァン――!



 乾いた銃声音が鳴り響く。


 銃弾は、渕田の左胸に命中していた。

 自分が何をされたのか理解できず大きく瞳を見開いたまま、その場で膝を崩して倒れた。

 

「ケ、ケンちゃん……何を?」


「……落とし前だ、糞ビッチ女が……せめて最後は二人で仲良く一緒に逝こうぜ……」


 山戸は満足した笑みを浮かべ、静かに目を閉じて力尽きる。

 デリンジャーが掌から零れ落ちた。


 渕田も精気を無くした表情で事切れて動かなくなっている。


「おい、山戸!? おい!」


 僕は頭ではわかっている筈なのに感情が認めず、何度も山戸に呼び掛けている。


 何故か涙が湧き上がってくる。


 山戸は決していい奴だったわけじゃない、寧ろ悪党だと思う。


 けど誰かが死ぬのは悲しい……。

 同じ学園の生徒であれば尚更だ。


 僕は山戸の行動を忘れてはいけないと思った。


 最後の最後で誇りを持ち、こうして助けに来てくれたこと。

 僕に謝罪してくれたこと。


 たとえ極限状態でも矜持を正せば、人間は変わることができるということ。


 僕も一瞬、殺意という闇に染まりそうだっただけに教えさせられたと思う。



「あれれ~、可笑しいなぁ。これはどういう状況かね~?」


 突如、男の声が聞こえた。


 視線を向けると前方から白いガウンを羽織り、それ以外はパンツ一丁の全裸男が近づいて来る。

 両腕に『散弾銃ショットガン』が握られていた。


 手櫛でぐし 柚馬ゆうまだ。


 こいつ一階にいた筈なのに戻ってきたのか?

 渡辺とか他の連中はどうしたんだ?


「夜崎君、説明求む」



 ダァァァン!



 手櫛は問いかけながら散弾銃ショットガンを構え、『反生徒会派』の生徒達を撃ち殺している。


「ひぃい! せ、先生!?」


「うわぁぁあ! 逃げろぉ!」


「きゃあああ、助けてぇぇぇ!」


 不意すぎる奇行ぶりに、男女問わず生徒達が逃げ惑い、辺りは騒然となっている。


 手櫛は「ギャハハハ!」と笑いながら、狩を楽しむかのように発砲を続けた。


「やめろぉぉぉ、手櫛ぃぃぃ!」


 僕は床に落ちていたデリンジャーを拾い上げ、銃口を手櫛に向けた。


「先生様だろ、陰キャぼっちが!」


 ムカついたのか、散弾銃ショットガンの銃口を僕に向けてくる。


「うるさい! 笑いながら生徒を撃ち殺す奴を先生と呼べるか!」


「ぷっ、夜崎君。なんだい、そのピストルは? そんな可愛らしい玩具みたいな銃で、私の『散弾銃SKB MJ-7』に勝てるのかね?」


「そっちだって、防犯ベスト着ているわけじゃないだろ!? 弾が当たれば一緒だ!」


「――いや。そんな銃など、もう私には利かないね~?」


「何故、そう言い切れる!?」


 僕が問うと、手櫛はニヤッと笑い白いガウンを脱いだ。


 右腕の上腕部が歯形のような傷跡があり僅かだが出血が見られている。

 その傷を中心に血管が浮き出され全身へと広がっていく。


 皮膚が濃い黄色へと変化し、両目とも眼球が黒くなり瞳孔部分が煌々と紅く光らせる。


「だってぇ、わたすぃ~、とっくの前に噛まれて感染しているも~ん♪」


 手櫛は人喰鬼オーガとなり『黄鬼』と化した。







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