第64話 傭兵対狂師




 ~久遠 竜史郎side



 俺は、少年と嬢さんの元担任教師である『手櫛てぐし柚馬ゆうま』と一対一で戦うことになった。


 本当に教師とは思えない、真のクズ野郎だ。

 これまで渡り歩いて来た戦場でも、こんなイカレ奴はいなかったと思う。


 手櫛の本性に気づかず雇っていた、この学園の責任でもあるわな。

 まぁ、校長を含め大半の教師は『粛清』に遭い、殺されているか人喰鬼オーガに成り果てているようだが。



「ヒャッハー! 死にさらせえぇぇぇぇぇ!!!」


 手櫛は散弾銃ショットガンを躊躇せず二発同時に撃った。



 ズドォォォ、ズドォォォン!



 発砲音が重なり、散弾が俺を襲う。


 だが俺は発射タイミングを見極め、素早く全身を横に滑走させる。

 近くで徘徊する人喰鬼オーガ達を遮蔽物にして回避した。


 俺は『青鬼』の返り血を全身に浴びていることで、奴らから『匂い』での認識はされていない。

 そして『潜入任務スニーキングミッション』で身に着けた脚の柔軟性を活かし、物音を一切立てず移動することができる。

 きっと、今の俺は人喰鬼オーガ達にとって、血の迷彩服をまとった忍者のような存在だろうぜ。


「クソォッ、黒づくめが! ちょこまかとぉぉぉ! 死ねえぇぇぇっ! 死ねえぇぇぇえい!」


 手櫛はイラつきヒステリックに叫びながら乱射する。

 いくら散弾とはいえ、適当な攻撃がプロである俺に当たる筈はない。


 俺は実戦で鍛えあげた直観と計算した動きで人喰鬼オーガを防壁にして、確実に手越との距離を縮めている。


 しかも手櫛がもつ散弾銃ショットガンは『SKB MJ-7』という、主にクレーン射撃で使用される『上下2連銃』だ。

 広範囲な威力を誇り破壊力こそ高いが、散弾を装填リロードするのに銃身を二つに折らなければならない。

 スライドアクションよりも誤射はなく安全ではあるも、仕組み上どうしても時間が掛ってしまう特徴があるのだ。


 俺はある程度の距離まで近づくと、目の前で横切る人喰鬼オーガの首をカランビットナイフで絡めるように刺し込み、自分のところに引き寄せる。

 そのまま人喰鬼オーガを盾にし、手越のところまで突進した。


「クソォッ! クソォォォッ! クソォォォォ――」


 手櫛は散弾を二発撃ち、装填リロードしようとするも焦っているのか指先がぎこちない。

 指から散弾が零れ落ちてしまい、再びガウンのポケットから散弾を取り出すなど、もたついた動きが目立っている。



 ガッ!



 装填リロードが終了したと同時に、俺は盾にした人喰鬼オーガを払い除けて、手櫛に体当たりを仕掛けた。


「ぐわっ!」


 手櫛は床に倒され、その拍子に『散弾銃ショットガン』を手放し、長い銃身は回転させながら床を滑っていく。


「――終わりだ、クズ野郎」


 俺はカランビットナイフを喉元に突き付ける。


 しかし、


「私を甘く見るなよ、黒づくめ!」


 手越はナイフを持った右腕を握りしめ、両足を俺の首へと器用に引っ掛けてきた。

 流れるような動きで、三角締めから腕十字へと素早く移行されていく。

 それは柔道や総合格闘技に見られる寝技の技術だ。


「ぐっ!」


 肘に痛を覚える。思わず手にしていたカランビットナイフを落してしまった。


 俺は床に強引に倒され、あっという間に肘の関節が極められている。


「ブワァハハハッ! まずは、この黒づくめの腕一本を頂きま~す♪」


 喜悦する、手越 柚馬。


 しかし俺は動じることはない。

 つーより、いちいち回避するのも面倒だから、あえて右腕を差し出して極められてやったんだぜ。


「――クズだが、なかなかいい格闘センスだ。しかし武装した相手に関節技はナンセンスだぞ」


 俺は左腕を掲げ、革ジャンの袖口から『小型拳銃コンパクトガン』が出現し瞬時に握る。

 少年に渡した『デリンジャー』と同一の拳銃だ。

 奥の手として、普段から両腕に仕込んでいた。

 ちなみに少年に渡したのは、右腕に仕込んであった銃だがな。


 俺は左腕を伸ばし、手櫛の顔面に向けて狙いを定めた。


「うおっ、危ねぇ!」


 手櫛は慌てて、俺から離れる。



 ドッ!



 俺はいち早く立ち上がり、手櫛の胸板を思いっきり踏みつけた。


「ぶっぎゃあ!」


 手櫛は家畜のような悲鳴を上げている。


 俺は『小型拳銃コンパクトガン』を左前腕部に備え付けている仕掛けギミックへと収納した。

 そして、床に倒される際に落した自動小銃ライフルを拾い上げ、手櫛の鼻先に銃口を当てる。


 途端、狂気に歪ませニヤついていた男の顔が一瞬で青ざめた。


「ひぃい! た、頼むぅ、助けてくれぇ!」


「形成が逆転されると、ほとんどのクズが皆そう言う……いい加減、聞き飽きたがな」


 俺は溜息を吐き、引き金トリガーに指を添える。


「まぁ、待ってくれぇぇぇ!」


「何だ?」


「私は実は心神喪失なんだ! 心の病気なのだよぉ! だから日本の法律では私は死刑にならないんだぁぁあ!」


 いきなりわけのわからないことを言い出す、手櫛。


「……あのなぁ。日本の法律云々以前に、今の荒廃した日本で誰がテメェを公平に裁くってんだ?」


 俺は速攻で全否定してやる。


 そもそもこの男が『反生徒会派』のリーダーとして、これまで散々日本には秩序と法がないと唱え好き放題にやってきたんじゃねぇか?

 この期に及んで得意げに被害者面してきやがるとは矛盾しているのも甚だしい。

支離滅裂とはこのことだ。

 そういう意味では手櫛という男は病気なのかもしれないが。


「そ、それは……」


「ここは戦場なんだぜ! 敵に対しての法なんぞない! したがって、テメェは俺が裁く!」


 俺は言い切り、引き金トリガーを絞る。


 が――


「がぁおがぁぁぁ!」


 突如、数体の人喰鬼オーガ達が、俺を目掛けて襲い掛かってきた。


「チィッ!」


 俺は舌打ちしながら機敏に反応し、自動小銃ライフルで囲まれないよう応戦していく。

 しかし何故、連中が俺の存在に気づいた?


「さっき、腕十字を極めている時に、お前が落としたナイフで軽く腕を傷つけさせてもらったんですよぉ! 気づきませんでしたかぁ~!? ブワッハハハハハッ!」


 手櫛は長い舌を出し、嘲笑う。

 いつの間にか奪っていた『カランビットナイフ』を俺の足元へ放り投げた。


 確かに右手甲に薄っすらと切り傷があり、少しばかりの出血が見られている。

 なるほど、肘の痛みに乗じて僅かな痛覚を麻痺させたのか。

 イカレ野郎の癖に考えるじゃないか。


 しかし、俺は事前に返り血を浴びて完全に匂いを消した筈だ。この程度の傷と微小の血で気づかれ過敏に反応されてしまうとは、人喰鬼オーガの嗅覚は侮れない。


 ――それに疑念も残る。


 何故、手櫛は襲われないんだ?

 奴も頬に傷を負っているにもかかわらず。


 まさか……。


「さらばだ、黒づくめ~、ギャハハハ!」


 手櫛は『散弾銃ショットガン』を拾い、トランシーバーで誰かに指示を送りながら四角い板の上に乗っている。

 

 その板はロープと天井の滑車で繋がったリフトだ。


 手越の指示でリフトは引き上げられ上に昇っていく。

 あの男にしては珍しく、こちらを用心してか、銃口が向けられていた。


 どちらにせよ、俺は何体も迫ってくる人喰鬼オーガ達を相手にしなければならず、手櫛を狙って撃つ余裕はない。

 

 クソッ!


 これは奴を軽んじ侮っていた俺の完全なミスだ。

 狂ってこそいるが、したたかな部分も持ち合わせていたとはな。


 それに、どうやら奴の身体はおそらく――。



 にしても手櫛め……あのまま逃げる気か?


 いや違う。



 ――少年を殺す気だ!



 俺達への見せしめと敗北感と屈辱感を与える嫌がらせのため。


 手櫛をこのまま行かせるわけにはいかない――どうする!?







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