第62話 愛憎の幼馴染




 少しだけ遡る――。


 僕は拘束されたまま、監禁用のテントに閉じ込められていた。

 常に見張りはいるようなので、トイレ時は大声で呼んでトイレまで誘導してもらう。


 移動時に両足の拘束は解いてもらえるも、両腕は拘束を解いてもらえず、誰かに介助される形で用を足さなければならない。


 見張り役は男子生徒ばかりなので、女子に介助を受けるより余程マシだが屈辱には変わりない。

 隙見て脱出するか見定めているが、あまりその隙はなさそうだ。



「――弥之、私のこと好きになってくれた?」


 テント内にて、頻繁に凛々子が様子を見に来る。

 渡辺と平塚なんて、ほとんど来ないにもかかわらず。


「……好きも何も、お前は立派な彼氏いるじゃないか? 大好きな渡辺くん・ ・とイチャコラでもしてろよ」


 この女に対して気持ちが消え失せた僕は素っ気なく言ってやる。


 すると、凛々子は僕の髪を鷲掴みにし、『予備の小型拳銃S&W・M&Pシールド』の銃口をぐりぐりと頬に押し当てきた。


「もう、あんなヤリチンの糞猿なんて関係ないつーの! 私はあんたに聞いてんのよ!? 私のこと愛してないのぉ、ねぇ!?」


「……ぐっ」


 僕は口を噤んで答えない。

 たとえ上辺だけ装っても、必ず証拠を見せろとか要求してくるからだ。

 

 ――まっぴらごめんだ。


 そこまで強要される筋合いはない。

 もう凛々子に振り回されてたまるか!


「シカトすんなぁ、こらぁ!」


 凛々子は苛立ち、物凄い剣幕で怒鳴ってくる。

 以前のような可愛らしかった面影は皆無だ。

 何が、この女をここまで醜悪にさせるのだろう?


「凛々子、もう夜崎くんの童貞奪っちゃいなさい。そうすりゃ、男なんて簡単に惚れちゃうんだから」


 後ろ側で何故か同席している『渕田 仁奈』が提案してきた。


 元々は仲が良く、似た者同士の先輩と後輩の関係もあってか、あれから二人は和解したようだ。

 僕にとっては最悪な組み合わせだけどな。


「……それもそうね。いい、弥之? 今からここで、私とするわよ!」


「や、やめろ、凛々子! 渕田ぁ、あんたも余計なこと言うな! どうしてそうなるんだよ!?」


「あの後、お互い話し合ったのよ。アタシは後で摘まみ食いさせてもらうから、それでいいわ。まずは女を覚えなさい、夜崎くん」


 渕田はしれっと答える。


 そういうこと聞いてんじゃねーよ! バカなの!? んなの好きでもない相手と出来るかって意味だろーが!



 チャキ



 今度は額に銃口を向けられる。


「殺すわよ、弥之……言ったでしょ? 私を好きになってくれなきゃ殺すって」


「……凛々子」


 変貌した以前に、もう完全に可笑しくなっている……どうして?

 なんで、そこまで僕に固執するんだ?


 ――有栖か?


 僕が彼女に想いを寄せているのが気に入らないってのか?


 だけどあくまで片想いだし……凛々子が嫉妬するような関係なんかじゃないし。

 お前だって、僕の恋愛なんかに興味なかった筈だろ。


 どうして今更になって……。



「あのぅ……すみません」


 見張り役の三年生の男子生徒がテントのチャックを開けて、顔を覗かしてきた。


 どこかで見覚えがある。


 確か山戸の取り巻きだった不良グループの一人だ。

 右手首を板で固定して包帯が巻き付かれている。

 地下ボイラー室で、唯織先輩にサバイバルナイフで突き刺そうとして返り討ちにあい、へし折られた跡だ。


「何よ、テメェ! 今取り込み中よ!」


 凛々子は上級生だろうと構わず噛みつき、ヒステリックに声を荒げる。


 不良男は「ひぃっ!」と喉を鳴らし怯えている。

 

「あ、ああ……いえ、そのぅ。つい今しがた、渡辺さん・ ・から夜崎を連れて来いと命令がありまして……はい」


「そんなの聞いてないわ! 弥之を返さず銃と物資を奪うって話よね!?」


「いえ、それが……平塚さんと二人で、『姫宮』と『聖林工業の金髪女』との交換条件を呑んだとかでして……はい」


 なんだって!? 有栖と彩花を交換にだと!?


 僕は驚愕するも、凛々子はそれ以上に感情を露わにする。


「はぁ!? 姫宮とあの金髪一年!? あの糞男共がぁあぁぁぁあ! どこまで私をコケにしやがってぇぇぇぇ!!!」


 激昂し、不良男に銃口を向けた。


「弥之は渡さないわ! 邪魔する奴は誰だろうと殺す!! ぶっ殺してやるぅぅぅ!!!」


「ひぃいっ!?」


 不良男は怯えその場で腰を抜かした。

 本当に撃ちかねない緊迫した状況だ。


「凛々子、やめろ!」


 僕は制止を呼び掛ける。


 が、



 ――ズドォォォン!



 突如、銃声が響き渡る。


 僕は目を見開き、状況を確認した。


 凛々子は、まだ撃ってない。

 

「ひぃいぃぃぃぃ! 助けてぇぇぇぇ!」


 不良男は悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。


「今の音、何よ?」


散弾銃ショットガンね……手櫛先生かしら?」


 凛々子の問いに渕田が憶測を立てる。


 あの独特の銃声音、きっと間違いない。

 手櫛の奴、誰かを撃ったのか?


「――大熊が手櫛に撃たれたようだぜ」


 再び男の声がふと聞こえた。

 聞き覚えのある声だ。


 テントの入り口チャックが完全に開けられ、そいつは姿を見せた。


 強面で短めに刈り上げた金髪、背の高い筋肉質な男子生徒だが、顔にガーゼが当てられて頭部に包帯が巻かれている。

 全身が汗ばみ胸を押さえながら痛み堪えているように見えた。

 酷く呼吸を乱しており顔色も悪い、ぱっと見は重傷者だ。

 

「ケンちゃん!?」


 渕田が嘗ての彼氏あった男の愛称を呼ぶ。


 そう、『山戸 健侍』である――。

 

 確か、竜史郎さんが保護して『生徒会派』で匿っていた筈だ。


 こっそり抜け出して、調理場の『風導管ダクト』から昇ってきたのだろうか。

 あんな重傷そうな身体で?



「はぁ、はぁ、はぁ……よ、夜崎を渡してもらうぜ!」


「どういうつもりよ、あんた? 弥之を餌に返り咲こうとでもするつもり?」


 凛々子の問いに、山戸は首を横に振るう。


「へっ、まさか……俺はただ、夜崎から借りたモノを返しに来たまでだ!」


「弥之は渡さないって言っているでしょ!」



 ダァン!



 今度は間違いなく発砲した。


「ぐふっ!」


 山戸は右胸を撃たれ、両膝を折って蹲り倒れる。

 銃創部から血が溢れだし床へと広がる。


「ふん、バカ男が! だから手櫛なんかに寝取られるのよ、ざまぁ!! 死ねぇぇぇ!!!」


 凛々子は山戸に近づき拳銃を向ける。


「――やめろぉ!」


 僕は自力で両腕の拘束を解いた。

 昨夜、竜史郎が潜入した時にナイフでバレないよう所々に薄く切り込みを入れてくれたからだ。

 そして事前に渡された小型ナイフで両足に巻かれたガムテープを切る。


「み、弥之!?」


 凛々子は、僕が自力で脱出したことに驚愕し動きを止めている。


 僕はチャンスだと思い、起き上がったと同時に駆け出した。

 凛々子に抱き着く形で体当たりし、そのまま床に押し倒していく。


 もう一つの竜史郎から受け取った『あるモノ』を彼女の胸元に突きつけた。


 それは掌で収まる小型拳銃――デリンジャー。


「いい加減にしろよ、凛々子ぉ!」


 怒声を浴びせる僕に、凛々子は仰向けで横たわったまま、何故か「くすっ」と笑う。


「いいわよ、弥之、殺しなさいよ。私の死に様をあんたの記憶に一生焼き付けてやる! トラウマにしてやるわ! きっと姫宮とイチャコラする時に思い出して萎えるでしょうねぇ!! アァハハハハッ!!!」


 この女、完全に狂っている……。


 そう思いながらも、僕は引き金トリガーを引くことができない。

 

「凛々子……」


「そうよ。弥之、あんたは私を撃てない。私が幼馴染だから……夜崎 弥之は優しい人間だからね。けど私はあんたを撃つことはできるわ!」


 凛々子は銃口を僕の腹部へと当てる。


「凛々子ぉ!」


 ――もう撃つしかないのか?


 人間を、幼馴染を、凛々子を……僕が撃ち殺すしかないのか?


(わたしね、大人になったら弥之のお嫁さんになりたいの)


 今頃になって、幼い頃の言葉が脳裏に過ってしまう。

 恥ずかしくて、でも嬉しくて大切だった記憶。


「り、凛々子……ぐっ、凛々子ぉ!」


 涙ぐみ視界が歪んで見える。

 もう見限って割り切っている筈なのに躊躇してしまう。


 凛々子は優しく微笑むと、僕の背中に両腕を回し何故か抱きしめてきた。


 そして、



 ちゅっ



 頬に軽くキスをされてしまう。


 凛々子は両腕を解き身体を逸らし、銃口を向けたまま立ち上がる。

 少しずつ後退して、僕から離れて行く。


「わかったでしょ、弥之。よく考えなさい。あんたが本当に姫宮のことが好きなのか、本当にあんたを愛しているのは誰なのかをね。だから考える猶予をあげるわ……感謝しなさい」


「何を言っているんだ!? そんなの脅されて考えることじゃないだろ!?」


「じゃあね、弥之。大好きよ、愛しているわ……ずっと」


 凛々子は恍惚の表情を浮かべながら、僕の前から姿を消した。







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