第61話 狂気なる裸の王様




 ~姫宮 有栖side



 私が承諾すると、渡辺くんはいやらしくニヤリと笑う。


 すかさず彩花ちゃんが、私の腕を掴んで細い首を横に振って見せた。


「ちょい、ヒメ先輩、そんなの駄目だって!」


「うっせーっ! 部外者は黙ってろや! 姫宮が自分で決めたことだぞ、コラァ!」


「なぁ、ハルちゃん……俺ぇ、彩花ちゃんもセットならよりいいと思う」


 平塚くんが控えめな口調で自分の要望を訴えてくる。

 彼は以前から派手めなギャルっぽい子が好みらしい。


 渡辺くんはニヤつきながら頷く。


「っというわけだ。金髪色白ビッチ、テメェも来い! たっぷり可愛がって、その生意気な口を聞けなくしてやるぜぇ!」


「はぁ! あたし、ビッチじゃないし! まだ誰にも許してないし! テメェらなんかまっぴらごめんだし! だけど、いいよ――ヒメ先輩と二人でそっちに行けばいいんだよね?」


「そうだ! 随分と物分かりがいいじゃねぇか? 当然、オメェらが装備している武器は没収だからな! そのシャベルはいらねーわ、ハハハハハッ!」


 勝ち誇ったかのように嘲笑う、渡辺くん。

 手に持っていたトランシーバーで仲間達に連絡し、すぐにミユキくんを開放して連れてくるよう指示している。


 良かった……とりあえず彼は無事なようだ。


「いいのですか、久遠さん……このまま見す見す彼女達を差し出しても? 奴らに手籠めにされるのがオチです」


 私達の後ろで、西園寺会長が竜史郎さんに向けて小声で訴えている。


「まぁ、嬢さんとシノブなら素手でも問題ないだろう。少年さえ無事に戻ってくればいいだけのことだ。イオリだって同じ状況なら、二人のようにするだろ?」


「……確かにそうですね。弥之君といい、不思議な子達です」


 西園寺会長も随分と変わったと思う。

 物腰が柔らかくなったというか、他人を認めて情をよせられる優しさを持ったというか。


 ――あの頃、私は西園寺生徒会長とも距離を置いていた。


 生徒会長として尊敬はできる人けど、堅物で冷たい印象しか抱いてなかったからだ。

 何でも一人で決めて解決し誰も頼らず信じない。

 そういう完璧主義の先輩だと思っていた。


 だけど幼馴染であった潤輝にだけはわりと甘かった。

 その関係性がより彼を輝かせ引き立たせる要因になっている。


 塩対応のヒロインが唯一心を開く主人公的な存在として――。


 当時、潤輝の彼女であった私は別に嫉妬はしてなかったけど、二人の関係にどこか違和感を覚えていたと思う。

 

 いざ蓋を開けてみれば、西園寺会長の父親の言いつけで潤輝と仲良くしていたようだけどね。


 そう考えれば、潤輝が原因で大半の生徒達に信頼を失い離反されてしまった彼女も被害者なのかもしれない。


 けど、私は違う。


 ――私は加害者だ。


 潤輝を甘やかしすぎたのも私、離反する彼を止めずに一緒に逃げたのも私。


 『黄鬼』になり、ミユキくんを噛んで傷つけたのも私。


 渡辺くんに一方的な好意を寄せられ断った結果、ミユキくんが拉致されてしまった原因を作ったのも私。


 全て私が招いた結果だもの。


 だけど、このまま連れ去られて、あんな人達にいいようにされるのは断固として拒否する。

 それなら舌を噛んで死んだ方がマシよ。


 潤輝にさえ捧げず大切に守ってきたものだけは誰にも奪わせない。


 唯一それが出来るのは、ミユキくんだけと決めているから……。

 きっと彩花ちゃんだってそう思っている筈。


 だから、ミユキくんが無事に保護された後、すぐ脱出を図ればいいだけのこと。

 身体強化された私達なら素手だろうと十分に可能な筈だ。


 そう高を括って、私は彩花ちゃんと手を握り合う。

 ゆっくりと向こう側へと歩もうとした。


 その直後だ。


「渡辺! それにお前らも、こんなことはもうやめるんだ! みんな仲間だろ!? 同じ学園の生徒だろ!? 手櫛などに踊らされて、こんなの馬鹿げているんじゃないか!?」


 大熊先生が私達のやり取りを見るに見兼ねたのか。

 私と彩花ちゃんの前に出て来て『反生徒会派』の生徒達に訴え呼び掛けてきた。


「うっせー、大熊ぁ! 邪魔すると撃つぞ!」


 渡辺くんはライフルを構えて威嚇する。


「俺はお前を信じているぞ、渡辺! それに平塚やみんなもだ! お前らは性根まで腐っていない! 全て手櫛に指示されてやっていることだろ!? 目を覚ませぇ! そして、また俺と――」



 ズドォォォン!



 突如、銃声が鳴り響く。



 ドサッ



 大熊先生が膝から崩れるように倒れた。


「せ、先生!?」


 近くにいた私と彩花ちゃんが駆け寄る。


 胸部と腹部の間を中心に点々と抉られたような弾痕と大量の出血。

 まだ辛うじて息はあるも、素人目から見ても重傷であり致命傷だ。


 私はキッと渡辺くんを睨みつけた。


「ち、違う! 姫宮ッ、俺じゃねーよ!」


 血相を変え潔白を訴えている渡辺くんの後ろで、長い銃身の『散弾銃ショットガン』を構える、『反生徒会派』のリーダーこと手櫛が立っていた。


 その銃口から硝煙が立ち昇っている。


 撃ったのは、手櫛か!?


「はい、筋肉ゴリラ一匹、処分しちゃいました~ん♪」


「て、手櫛先生……どうして?」


 渡辺くんは唖然とした表情で後ろを振り向く。


「心にもない熱血指導するゴリラ教師が『ウザい』と思っただけですよ。キミら生徒もよく『ウザい、死ね』とか言うじゃありませんか? まさにその通り! 自分の本能に赴くまま邪魔だと思ったら殺しちゃっていいんです! 今はそういう世界なのですから~!」


 それはあまりにも信じられえない残虐で身勝手な言葉。

 しかも元担任の教師からだ。

 すっかり身形が変わり可笑しいとは思っていたけど、これほど見境がなくなっているとは思わなかった。

 

「いやあぁぁぁぁ、大熊先生ッ!」


 御島みとう先生が絶叫し、倒れている大熊に駆け寄る。

 必死で呼び掛けるも、大熊先生は虚ろな瞳で天井を見たまま焦点すら合っていない。

 ぜーっ、ぜーっと肩で呼吸しているも、きっと虫の息だ。


 看護師である香那恵さんも傍により、悲しそうに首を横に振るう。

 大熊先生はもう助からないこと示した。


「手櫛ッ、テメェ! どんだけイカレているんだ!?」


 竜史郎さんは自動小銃ライフルを構えて激昂する。


ぬるいんですよ……どいつもこいつも……何が生徒を信じるだぁ? 性根まで腐っていない? はぁ!? 腐ってんじゃん! 腐ってない奴が、こんな真似するわけねーだろ! 何、わかっていて偽善者ぶってんだよ、筋肉ゴリラの大熊如きがぁ! テメェが御島にワンチャン狙っていたのは前々から知ってんだよぉぉぉ! どうせ、その女の前でカッコつけたかっただけだろーが! 残念でした、バーカ! テメェが息絶えていく目の前で御島を犯してやんよ! ギャーハハハハハッ!!!」


「どうやら、俺は甘かったようだ……こういうクズは即殺さなきゃいけなかったぜ。交渉は決裂、取引も破断だ……少年は無理矢理にでも奪い返してもらう!」


「できないね~、それできないよ~ん」


「なんだと?」


「――だって、私は最初からお前ら代表者全員を皆殺しにするつもりだからね~!」


 手櫛は後ろを振り向き、暗闇の奥に向けて『散弾銃ショットガン』を撃った。



 ズドォォォン――ギン!



 重く響く音銃声と共に、何かの金属が破損した音が聞こえた。


 すると、地響きのような唸り声と共に複数の何かが迫って来る。

 ゆっくりとした歩調だが相当な数なのがわかった。


人喰鬼オーガか!?」


 竜史郎さんがいち早く気づく。


「黒づくめのキミ、察しがいいね! その通り、一階の各教室で隔離された連中さ! 昼間、生徒に指示して体育館まで誘導させ、お手製の檻に閉じ込めておいたのだよ! 私が今、檻の扉を破壊したってわけさ! おそらく100体ほどの人喰鬼オーガ達だろうねぇ、ハハハハッ!」


「どうりで廊下を歩いた時、嫌に物静かだと思ったらそういうことか。貴様ァ、最初から誰かを撃ち殺し、その血で人喰鬼オーガ達を誘き寄せる算段だったんだな!?」


「はい、キミ正解! 景品として、みんな仲良く襲われて食われてしまいましょう! ブワーッハハハ!!!」


「てぇ、手櫛先生、何考えているんっすか!? 俺らだって人喰鬼オーガ襲われちまいますよぉぉぉ!!!?」


 手櫛が高笑いする一方で、渡辺くんが絶叫し批判した。


 他の『反生徒会派』の男子達も「マジかよぉ! このタイミングで嘘だろ!?」っと、動揺を隠せないでいる。

 どうやら仲間内でさえ想定外の事態が起こっているらしい。


 その異常ともいえる奇行ぶりに、各々の思惑は一瞬で総崩れと成り果てた。


 最早、敵味方関係なくパニックを起こしている。


 元担任教師である手櫛てぐし 柚馬ゆうまという男は、私達が想像していた以上に狂気に満ち溢れたサイコキラーだった!






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