第60話 愚鈍な姫の慙愧




 ~姫宮 有栖side



 翌日の夜。


 私達は一階に降り、人質交換の取引場所である体育館へと向かった。


 向かっている人員は、私と竜史郎さんに香那恵さんと彩花ちゃんの4人に、『生徒会派』の西園寺会長と富樫副会長に2名、それに教師である大熊先生に御島先生を合わせた8人である。


 人数が少ないのは、あの後に『反生徒会派』より人数指定があり、10人以下で来るように言われているからだ。

 こちら側があまりにも大人数だと、逆襲される恐れがあると考えたのだろう。


 流石に全校生徒分の物資全てを運ぶのは手間であり、より人員も必要となるので、再交渉の際に竜史郎さんの指示で、西園寺会長は手櫛とLINEでやり取りしている。


 結果、とりあえず『物資』は一ヵ月分で良しとされ、その代わりに『銃器』を全て渡すことになった。


 竜史郎さん曰く、「あっさり乗った所を見ると、連中はきっと銃さえ手に入れば、いつでも奪いに行けると踏んだに違いない」とのこと。


 そして今、運搬台車カートで約束通りの物資と銃器を運んでいる最中だ。



 一階の廊下は静まり返っており、昨日と違って各教室に隔離されている人喰鬼オーガ達の呻き声や物音は聞こえない。


「……いやに静かすぎるな」


 銃器を詰め込んだボストンバックを担ぐ、竜史郎さんは眉を顰める。


 私や他のメンバーも妙だと感じながらも、手櫛側から時間を指定されている手前もあり、この場は無視して通り過ぎた。




 そして、一階の体育館へと辿り着く


 随分と薄暗い照明だ。

 節電なのか、あえてそうさせているのだろうか。

 広々とした体育館なだけに、奥行き側が見えない。


 照明が照らされる中央部分に『反生徒会派』が待ち構えていた。


 こちらは10人以下の指定にもかかわらず、向こう側は20人以上いるみたい。


 その中には嘗ての担任である、『手櫛でぐし 柚馬ゆうま』とミユキくんを拉致した渡辺くんと平塚くんがいる。

 他、不良軍団と離反した男子生徒達が混合していた。


 ここからじゃ、肝心のミユキくんがいるのかわからない。


 人数は向こう側が多い反面、銃器を持っているのは手櫛が持つ『散弾銃』と、渡辺くんが城田さんから盗んだ『自動小銃ライフル』、平塚くんの『自動拳銃ハンドガン』のみ。


 特に平塚くんの拳銃は間違いなくミユキくんから奪った物だ。


 許せない――!


 怒りが込み上げ、身体中の血液が沸騰するかのように熱くなる。

 

 それは心理的ではなく、実際に覚醒していく衝動――。

 

 一度、『黄鬼』なった私は、ミユキくんを噛むことで人間に戻ることが出来た。

 きっとその副作用だと思う。

 

 怒りや闘志で興奮すると、本来の自分ではあり得ないほどの力が漲っていく。

 身体が強化され、五感が研ぎ澄まされる。


 反面、攻撃的になり自分でも引くほどの残虐な行為も辞さない。


 けど、まだ『力』を使うべきじゃないわ。


 ミユキくんが無事に戻るまで抑えなきゃ……。


 私は深呼吸を繰り返し、気持ちと衝動を落ち着かせた。



 にしても、手櫛先生……なんて格好しているの?


 パンツ一丁で他はほぼ裸。白いバスローブのようなガウンだけを羽織っている。

 それに何、股間のアレ……嫌だぁ。


 完全に変質者だと思った。

 あまりにも嘗ての面影が無さすぎて目も当てられない。


「やべぇよ、あいつ! もろ変態じゃん!? 超ダッセー!」


 彩花ちゃんも、手櫛の姿を見てディスっている。


「元教師とは思えない……品格の欠片もないわ」


 香那恵さんは哀れんだ瞳で見つめている。


「股間のアレはファールカップ? なるほど……男にとっての急所を完璧にガードすることで弱点を克服したというわけか? ドイツのゲルマン神話で有名な竜殺しの英雄ジークフリートは斃した竜の血を浴びる際、菩提樹の葉が一枚貼り付いていたため、唯一そこが不死にならず弱点となり討たれてしまったそうだ」


「いえ、久遠さん。その事と手櫛のファールカップは結びつかないのではないでしょうか? 他にもガードしなければならない箇所は沢山あると思いますが?」


 竜史郎さんの意味不明なうんちくに、西園寺会長が指摘している。

 なんかすっかり緊張感が薄れてきたような気が……。


「……姫宮」


 渡辺くんがこちらをじっと見つめて呟いてきた。

 

 私はキッと彼を睨みつける。


「渡辺くん! どうしてこんな真似を!? なんで、ミユキくんを拉致したの!?」


「お前が悪いんだ……姫宮。お前が夜崎なんかを……」


「私が誰を想おうと、キミには関係ないじゃない! ミユキくんを返して! じゃないと――」


 わたしは嘗てのクラスメイト相手に激昂し怒りを滾らせた。

 次第に感情が高ぶり抑えが利かなくなる。

 特にミユキくんのことになると、つい見境が無くなってしまう。


「嬢さん、落ち着くんだ。おい、少年はどうした? 話しが違うんじゃないか?」


 竜史郎さんは冷静な口調で私を窘めつつ、連中に対して聞いてきた。


「夜崎なら屋上にいる。仲間の女が監視している」


 渡辺くんが答える。

 彼の仲間といえば、ミユキくんの幼馴染である「木嶋 凛々子」さんだろうか?


「とっとと、少年を連れてこい。じゃないと取引の意味はない」


「久遠 竜史郎だっけ、あんた? 主導権はこっちにあるんだぜ。まずは、その銃が入っているバックをよこせ」


「駄目だ。ワタナベとか言ったな? ガキはすっこんでろ! そこの変態……じゃなく手櫛、お前がリーダーなんだろ? お前に聞いているんだ!」


「私は面倒ごとが嫌いでね。この場は渡辺君に一任している。彼は優秀な生徒だからねぇ」


「そういうことだ。そもそも、あんただって部外者だろうが? ああ?」


「これは俺が持って来た銃だ。物資も俺達が確保してやったようなもの、したがって権限は俺にある、違うかい坊や?」


 竜史郎さんの言葉に、渡辺くんが眉を顰める。


「こいつイラつくわ~! 夜崎をぶっ殺してもいいのか!?」


 ズボンのポケットから、トランシーバーを取り出した。

 それは彼がミユキくんの命を握っていることを意味する脅迫だ。


 しかし、竜史郎は動じることなく、「フン」と鼻で笑った。


「バカか、坊や? 人質を無くした時点で、そちら側の取引材料を無くすだけだぞ。双方にとって、何もメリットがないじゃないか? 他の生徒達から元学年カースト二位だと聞いていたが何かの間違いじゃないのか? 少しは脳ミソを使えよ、坊や」


「ぐっ、クソッ……こいつ」


 渡辺くんは何も言えないでいる。


 相手を挑発しつつ正論で論破してくるなんて、竜史郎さんは心理戦にも長けているようだ。

 あるいは嫌な相手に、それ以上の皮肉と嫌味で応戦するタイプなのか?

 

「だったら姫宮、お前がこっちに来い! そうすれば夜崎を解放し、銃器とその物資だけで満足してやるよ!」


 渡辺くんは何を思ったのか、急に要求を追加してくる。

 意地でも私をミユキくんと会わせたくない様子だ。


「おい、こらぁ! 話が違うっしょ! 姫先輩は関係ないじゃない!?」


「うっせー! 金髪色白ビッチ! 俺達の方、立場が上だってこと忘れんなよ! こっちだって妥協するところは妥協してやってんだ! その分の見返りってのは必要だろうが、ああ!?」


 指摘する彩花ちゃんに対して、また横暴な理屈を言ってくる……。


 渡辺くんもすっかり変わって……いや、彼は元々そういう人だ。

 だから余計、私は渡辺くん達と距離を置き、社交辞令的な交流しかなかったのだけど。


 今ではそれすら後悔している。


 ――ある意味、これは私自身が招いた因果応報なのかもしれない。


 元彼の『笠間 潤輝』という上辺だけの眩い輝きに惹かれ、『夜崎 弥之くん』という暖かくて優しい月明かりのような存在に気づけなかった慙愧の念。


 今更になって、こんなに大切に想える存在だと気づいた愚鈍な私。


 だったら、


「――いいよ、渡辺くん。私がそちらに行けばいいんでしょ?」


 ミユキくんを助けるため、後始末は自分でつけるべきだと思った。






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