第59話 交渉への取引




 僕が沈黙する中、竜史郎さんはフッと微笑を零す。


「とりあえず、少年が無事そうで安心したぜ。だが残念ながらタイムリミットだ」


「タイムリミット?」


「ああ、そろそろ他の見張りが異変に気づくだろうって意味だ。もう俺はここから去らなければならない……まぁ、その気になれば、少年を連れて強引に脱出することも可能だが、必ず何人かの死者は出るだろう。どうする?」


 まるで試すかのように意見を求めて来る。

 僕の判断で他人の命が委ねられている気分だ。


 凛々子のこともあるし、本当なら今すぐにでも逃げ出したいけど――。


 僕は首を横に振るう。


「……敵とはいえ、同じ学園の生徒ですし人の命である以上、できれば最小限が望ましいです」


「わかった。やっぱり甘いな、少年は……だがみんな、そこに惹かれるのだろう」


 竜史郎さんは頷き腰元から、カランビットナイフ取り出した。

 ささっと僕の身体に何かを施している。


「何しているんですか?」


「仕掛けを施した。万一の際は自力で脱出するんだ。念のため、これも渡しておく――じゃあな」


 竜史郎さんは、僕に『ある物』を握らせ、無音でテントから去って行った。

 掌の感触から、それが何かを察する。


 あの人、別に僕の意見を求めなくても無理にでも連れ出せるのに、あえてそれをしなかった。

 

 ――僕の気持ちを汲んでくれた。


 自然と口元が緩み、笑いが込み上げてくる。


「竜史郎さんだって、十分甘いじゃないですか……」






 ~姫宮 有栖side



 竜史郎さんが独りで戻って来る。

 思いの外、厳重な体制だったようで、ミユキくんを連れ出すまでには至らなかったらしい。

 仮に救出してもその際の戦闘で何人かの死者が出る可能性がある。


 ミユキくんの意向もあり、竜史郎さんも無理せず安否確認と幾つか『仕掛け』を施したと言っていた。


 何はともあれ、ミユキくんが無事で良かった……。


「これがその時の画像だ。一応、証拠に撮っておいた」


 竜史郎さんがスマホで撮影した画像を見せてくる。

 テントの中でミユキくんが手足ガムテープで拘束されている場面だ。

 何故か二人ともドヤ顔でなんとも言えないシュールな感じに見えた。


「やばっ、センパイ! もろ人質じゃん♪ ウケるー!」


 ウケないよ……彩花ちゃん。

 けど、ミユキくんが元気そうでほっとした。


「少年が人質として敵に認知されている間は無事だろう。後は向こう側がどう動くかだ……案外もう動きがあるのかもしれない」


「動きですか?」


「そうだ嬢さん、『交渉の取引』の話だ……イオリが既に連絡を受けているかもしれない。すぐに戻るぞ」


 私と彩花ちゃんは頷き、竜史郎さんの言葉に従って三階へと戻った。




 生徒会室にて。


 西園寺生徒会長、富樫副会長、それに大熊先生と御島みとう先生が神妙な面持ちで椅子に座って向き合っている。


 明らかに何か問題が生じた雰囲気だ。


 後になって、香那恵さんが生徒会室に入ってくる。

 彼女は山戸の手当てを終えて丁度戻ってきたところらしい。


「どうした? 何か動きでもあったのか?」


 事情の知らない竜史郎さんは聞くと、四人とも同時に頷いて見せた。


「つい先程、手櫛から連絡がありました――明日の夜、一階の体育館で『弥之君を交換に銃器と食料など備蓄品を全てよこせ』っと……」


 西園寺会長の説明に、隣の席に座る富樫副会長が頷く。


「銃器は久遠さん達の私物とはいえ、食料と備蓄品などの物資を全てとなると流石に……」


 怪訝と難色を示す四人に、彩花ちゃんは顔を顰め目つきが鋭くなった。


「まさか、あんたら……センパイのことより、そっちの方が大事って言うんじゃないだろうね?」


「い、いや、そこまでは……ただ一人のために、我ら全員の生命線を断つのはどうかと思うだけでして」


「ああ!?」


 富樫副会長の言葉に、彩花ちゃんはドスを利かせた言葉で聞き返す。

 西園寺会長は疎か先生達ですら沈黙したまま、暗黙の了承という感じだ。


 私も同じ学園の生徒として、『生徒会派』の言いたいことはわかる。

 けど個人として、ミユキくんを見捨てるという選択肢はあり得ない。


 万一、『生徒会派』が渋るようなら――。


 私は太腿レッグホルスターに装備してある『回転式拳銃コルトパイソン』に手を添える。


 それに気づいた、竜史郎さんは無言で制止して首を横に振るう。

 

(まずは相手の出方を見ようぜ、嬢さん)


 っと、そう言いたげだった。


 私は頷き、そっと手を離す。ミユキくんが誰より信頼を寄せる大人の意見だから。


 すると、西園寺会長が首を横に振るう。


「富樫副会長、それは違うぞ。あれは弥之君が戻って来てくれて、久遠さん達が協力してくれたからこそ得られた物資だ。私達、生徒会が決める権利はない」


「そ、そうですね……すみません生徒会長」


「だが、トガシの言う通りだ。みすみす全てを渡す必要はない」


 せっかくミユキくんを助ける方向で『生徒会派』がまとまりかけているのに、まるで真逆な意見を言い出してくる、竜史郎さん。


「ちょい、リュウさん! どういうつもり!?」


 思った通り、彩花ちゃんが睨んでくる。


「まぁ、聞け。交渉術ネゴシエーションにおいても、いきなり10割全てを交渉の場に持ち出す奴はいない。交渉とは互いの損得の許容範囲で少しずつ引き上げて行くものだ。いざとなりゃ、偽物を用意したって構わない。日本の警察だってよく、誘拐事件の交渉場で新聞紙を加工して札束代わりにすると聞くぞ」


 竜史郎さん、それ刑事ドラマの話です。


「兄さんの口振りだと、その場で決着けりをつけるつもりなの?」


「まぁな、香那恵。山戸の有様通り、手櫛という男は見境なく狂っている。下手をすれば、奴とまともな交渉すらできるかどうかも怪しい……少年の意に反するが総力戦を想定しなければならないだろうな」


「……こちらの形勢が圧倒的に有利にならない限り、敵からの降伏もあり得ないでしょう。真っ先にリーダー格である手櫛を始末すれば案外可能性はなくもないですが」


 西園寺会長の言葉に、竜史郎さんは素直に頷く。


 初対面時、竜史郎さんは銃を向けて強引に西園寺会長を連れ去ろうとしていたけど、ミユキくんが仲介に入ってから二人は妙に息が合っているように見える。


「そうだな。山戸からの情報だと、手櫛の他にNo.2的な人物はいないようだが、渡辺っという奴が案外食い込むかもしれん。シロタさんから奪ったライフルも所持しているからな」


「自分も教師として、『反生徒会派』の生徒達に説得を試みます。手櫛は正直どうなっても自業自得ですが、生徒同士が殺し合うのは馬鹿げている。きっとわかってくれる奴もいると信じています」


 大熊先生が力強く言い切っている。

 体育教師とはいえ、熱血なところがあるとは気づかなかった。


 隣に座っていた、御島先生はそっと大熊先生の手に自分の手を添える。


「……私は心配です。他の先生達が手櫛によってどんな末路を迎えたのか目の当たりにしているだけに……大熊先生にもしものことがあれば……私は」


「大丈夫です、御島先生! 必ず無事に戻りましょう! 自分は以前から貴女に伝えたいことがありますので……」


 大熊先生は手を赤面しながら握り返し、御島先生も頬を染めて頷いていた。


 気づかなかったけど、この二人。

 以前から、良い仲のようだ。


 なんか、いいなぁ……。


 私は、この終末世界でも希望を失わず寄り添う二人を祝福しつつ、羨ましいと感じていた。


 大好きなミユキくんのことを想いながら。






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