第57話 思わぬ粛清者




 ~姫宮 有栖side



「――何だって!? 弥之君が二年の渡辺君達に連れ去られたかもしれないって!?」


 生徒会室にて。


 西園寺会長が驚きテーブルを叩きながら立ち上がる。

 ちなみに彼女も学園指定のジャージ姿だ。

 でもやっぱり、豊満な両胸が羨ましいほど強調されている。


 報告した竜史郎さんは頷いて見せた。


「ほぼ間違いないと確信している。現に自動小銃ライフルが奪われているし、少年も自動拳銃ハンドガンを装備しているが、おそらくそいつらに奪われてしまっただろう」


「しかし、渡辺君達はどうしてそんなことを?」


「わざわざ捕虜の山戸を逃がしたところを考慮すると、ただの離反したのではなく、敵である『反生徒会派』に寝返るためのようだ」


「確かに彼らも、ここの体制に不満があるかもしれない……しかし、『反生徒会派』のリーダーである手櫛てぐしの非道ぶりも知っている筈だ。離反したからといって必ず受け入れてくれるとは限らない」


「あの四人、確か山戸の食事担当に当てたよな? その際に手櫛の情報を得て脈ありと感じたのかもしれない。きっと山戸は案内役として逃がされたんだろう。少年と銃は大方、手櫛への手土産ってところかな」


「そう考えるのが妥当ですね……しかし弥之君が心配だ。連中に何か酷いことをされてなければいいのだが……」


 西園寺会長がそわそわしている。

 普段はどのようなことがあっても毅然とし凛とした生徒会長が珍しい。


 特にミユキくんのことで……。


 私も同じ気持ちだけに、彼女の反応が気になってしまう。


「ねぇ、リュウさん。予めセンパイに隠しマイクを仕掛けていたとか、実はスマホにGPSアプリ仕込んでました~、どうよって展開はないわけぇ?」


 彩花ちゃんの無茶ぶりの問いに、竜史郎さんは「チィッ」と舌打ちした。


「彩花、俺を万能な便利屋だと思うのはやめてくれ。そういうご都合キャラを求めるなら他所でやってくれって話だぜ。第一、俺は少年の保護者じゃない。ましてや少年の交友関係まで監視するつもりもない。特にハーレムに関してはな」


 元プロの傭兵だけあり知識も豊富でなんでもできる人だから、つい期待しちゃう彩花ちゃんの気持ちもわかるけど、竜史郎さんの主張が最もだと思う。

 それにミユミくん情報だと、確か竜史郎さんはそういった機械操作系は苦手という疑惑もある。


「――話を戻すぞ。その手櫛って奴が有能なら、少年は間違いなく無事に生かされている筈だ。何せ大事な人質だからな」


「人質? 弥之君が?」


 西園寺会長が問い返す。


「そうだ。渡辺を経由して『生徒会派』が大量に食糧と備蓄品を確保したことが伝わっているだろうぜ。そして他に銃器を所持していることもな……きっと明日にでも交換条件でそれらを引き渡すように要求してくるに違いない」


「あり得ますね……手櫛が有能か無能かは別として、向こうも喉から手が出る程、食料は必要な筈ですから。しかし万一、弥之君に何かあってからなら……」


「その時は容赦しない、即皆殺しだ。何せ少年は俺の仲間であり、貴重なモルッ――

いっ痛ッ!? か、香那恵!?」


 竜史郎さんが言いかけた途端、香那恵さんが刀の鞘の先端部で彼の脇腹を思いっきり突いて制止させた。


 今、絶対に「貴重なモルモット」って言おうとしたと思う。


 香那恵さんは無言でそっぽを向く。

 彼女も何故かミユキくん推しだからね。


 とても美人で大人の女性なのに……っと思いつつ、誰かを好きになるのに年齢差は関係ないと思ってもいる。


 それに香那恵さん、優しくて素敵で尊敬しているけど、強力なライバルのようでやっぱり複雑な気分だよ……はぁ。


 

「竜史郎さん、どうかしましたか?」


「……いや、なんでもない。だからだイオリ、交渉する前に必ず少年の安否を確認するべきだって話だ」


 竜史郎さんの言葉に、西園寺会長は頷いて見せる。


「ちょい、リュウさん!? まさか向こう側が交渉を持ちかけてくるまで、ウチらは指を咥えて黙って待っているつもりなの!? そういう心配があるなら余計、今からセンパイを助けに行った方がいいんじゃないの~! ねぇ、ヒメ先輩ッ!?」


 彩花ちゃんは強く言いながら、こちらに意見を求めてきた。

 私は迷わず頷いて見せる。


「彩花ちゃんの言う通りだと思います。ミユキくんの安全のためにも一刻も早く助けに行きたいです」


「うむ、嬢さんとシノブの意見は最もだ……わかった。まずは、俺一人で潜入して様子を観に行こう」


「一人で潜入って大丈夫なのぅ……リュウさん?」


「ああ、こう見ても『潜入任務スニーキングミッション』は得意だからな。下見だけなら、寧ろ一人の方が都合いい。しかし状況によっては、その場で少年を救出するか、殲滅戦に移行するかもしれない。念のため、みんなは一階で待機していてくれ」


「潜入ですが……ひょっとして、山戸達のように『風導管ダクト』を使用するつもりですか? しかし、『反生徒会派』が根城にしている体育館屋上まで、かなり急な勾配や斜面があると聞いています。下から上に昇るのは一苦労かと?」


「問題ない。イオリ達ほどではないが、そこそこ身体は鍛えている。少なくても香那恵より体力には自信があるつもりだ」


「兄さん、何気にディスるのやめてよ。さっきのことは兄さんが、弥之くんのこと悪く言おうとするからいけないのよ! あんないい子に向かって!」


 香那恵さんの主張に、竜史郎は軽く舌打ちした。




 こうして準備を整え、私達は一階へと降りた。


 昼間、運搬の際に殲滅しただけあり、廊下には感染者オーガ達は見当たらない。

 けど各教室には、今も相当な数が閉じ込められている。

 扉に板を打ち付け閉された各教室から、地鳴りのような呻き声が不気味に響き渡っていた。


「なるべく物音を立てないほうがいい。特に夜の人喰鬼オーガは活動的かつ獰猛だからな。興奮のあまりに扉ごと打ち破ってくる可能性もある」


 竜史郎さんの指示に、私達は頷き静かに歩くのを心掛ける。


 しかし人喰鬼オーガ達は扉や壁を叩くなど、妙に興奮しているようだ。


 まるで近くに餌場があり、そこに行きたいために必死で足掻いているみたい。


 私も二日ばかり『黄鬼』だったから感染者オーガ達の気持ちがよくわかる。


 あの時は、我を忘れるほどの激しい飢えに蝕まれ、ひたすらに生肉を求めて彷徨っていた。

 まだ辛うじて記憶というか自我は残っている状態だけど本能には逆らえず、心が衝動に搔き乱され壊れていき、やがて本当のバケモノと化していく感覚に苛まれる。


 きっと『青鬼』は、心の葛藤すら無くした状態なんだと思う。

 けど生前の習性みたいなのは個性として現れているようだけどね。

 昼間、ミユキくんが斃した『変種』がいい例だ。



「――兄さん、あれ何かしら?」


 香那恵さんは竜史郎さんと並んで前方を歩いていており何か見つけたようだ。


 体育館へと続く薄暗い廊下、その天井の中央に何かがぶら下がっている。


 かなり大きく、真っ白なシーツのような布にくるまれロープで結ばれた、まるでミノムシのようなシルエットだ。


 布の下が色濃く濡れており、ポタ、ポタ、ポタっと液体が滴り落ちている。

 

 この臭いって、まさか――


「……血の臭いっぽくないか?」


 西園寺会長は私と彩花ちゃんに聞いてきた。


 お互い『黄鬼』から人間に戻り、身体が強化された立場。

 何かしら通じるモノがある。


 私は頷き、彩花ちゃんは「そっだね……」と呟いた。

 

「どれ……」


 竜史郎は懐中電灯で、その物体を照らして、ゆっくりと近づいて行く。


「間違いない、血液だ。この布から流れ落ちている……ってことは、この物体は――」


 ナイフを取り出し、布に巻きついたロープを切って床に降ろした。

 

 布を捲ると、そこには……。


「――山戸やまと 健侍けんじだ。間違いない……どうやら左手首の動脈が切られているようだ」


「リュウさん、そいつ死んじゃったの~?」


「いや、シノブ。リストカットしたくらいじゃ人間は死なない。すぐに動脈が縮んで止血されるからな。水にでも浸けておけば別だが……おそらく、シンプルに血を流させるのが目的だ。感染者オーガを誘き寄せるための餌としてな」


 竜史郎さんが説明する中、山戸は「う、うう……」と声を出している。

 一応、生きてはいるみたい。

 けど相当なダメージを受けているようだ。


「ここに放置されているということは、山戸は『反生徒会派』に戻って来たのは良いが、手櫛によって『粛清』されたということだな……バカな男だ」


 西園寺会長は口調とは裏腹に切なそうな瞳で山戸を見入っている。

 敵とはいえ、嘗ての同級生の有様に情を寄せたようだ。

 

 私は潤輝の繋がりで、彼女と挨拶ぐらいしかしたことはないけど、普段から凛として厳粛そうな見た目の割には包容力のある先輩だと思う。


「兄さん、どうする? 彼、このまま放置するには、看護師として良心が咎めるけど……」


「面倒だが助けよう。少年のことも聞きたいしな……ちょうど緊急処置用の『ダクトテープ』があるから、それで手首を止血しよう。消毒の方は香那恵に任せるぞ」


「わかったわ」


 それから、竜史郎さんと香那恵さんが山戸の手当をする。

 胸部を何者かに踏みつけられ、あれからさらに肋骨が何本か折られていることも判明した。

 思いの外、重傷のようだ。



 間もなくして、山戸は目を覚ました。






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