第56話 壊れた関係




「……凛々子? どうしたんだよ?」


「なんで姫宮なのよぉ、弥之ぃぃぃ!!!?」


「え? ええーっ、理由はさっき言ったじゃん」


「違うわ! そういうことを聞いているんじゃない!! どうして好きなのが幼馴染の私じゃなくて、『姫宮 有栖』なのよぉ!!!?」


 凛々子は物凄い剣幕で聞いてくる。

 ヒステリックというより憤怒だ。


「……どうしてと言われても、そうなんだから仕方ないだろ? なんだよぉ、私じゃなくてって? まさか幼稚園の時、『僕のお嫁さんになりたい』って言ってたことか? 確かに中学までは、そこそこ意識はしていたけど……そもそも、お前だって僕の前で渡辺とイチャイチャして関係ない素振りをするから気持ちだって冷めるってもんだろ?」


「はぁぁぁあ!?」


「はぁ、じゃないし……それに、凛々子言ったよな? 僕から離れる際に『幼稚園の頃に言ったことなんて気の迷い、あくまでノーカンだから』だって」


「うっさい! そんなこと聞いてんじゃないわよぉぉぉっ!! どうして、どの男も『姫宮 有栖』のこと好きになるのかって意味よぉぉぉ!!!?」


「どの男?」


「悠斗もぉ、あんたもぉ! どいつもこいつも、姫宮、姫宮、姫宮、姫宮、姫宮ぁぁぁぁぁぁ! ふざけんなぁ! ふざけんなぁ! ふざけんなぁぁぁああぁぁっ!!!」


「り、凛々子……?」


 地団駄を踏みながら激昂し、顔を歪ませて発狂する幼馴染の姿。

 その光景はある意味、人喰鬼オーガよりもおぞましく醜悪に見えた。


「コケにしやがってぇ! 姫宮ぁ、あの女だけは絶対に許さない!! あんたもよ、弥之ぃぃぃ!!!」


「ぼ、僕も? 何言ってんだよ?」


「姫宮なんかに渡さない! 弥之は私のモノよぉぉぉ!」


「な、なんだって!?」


「しばらく拘束されてなさい! そして思い知るのよ、弥之にとって誰が最も相応しい彼女だってことをね!」


 凛々子は怒声を浴びせながら、僕に顔を近づけてくる。

 瞳孔が見開き、その形相に嘗ての可愛らしかった面影はない。

 辛うじて顔つきが、幼馴染である彼女だと認識できる程度。


「見てなさい! 絶対に私を好きにさせて見せる! 絶対に愛させてみせる! 『姫宮 有栖』より、私の方がいいって思い知らせてやるんだからァァァァァァ!!!」


「り、凛々子……」


「もしそれでも、弥之が姫宮の方がいいって言うのなら――」


 凛々子は右手に持つ『小型拳銃コンパクトガン』を僕のこめかみへと強く押し当てた。



「――あんた殺して、私も死んでやる」



 冷たい口調で言い放つ。

 決して冗談とは思えない衝動的な殺意と心中願望。


 完全に常軌を逸している――。


 僕は恐怖で青ざめ絶句してしまう。

 初めて凛々子が異常だと理解した。


 その凛々子は拳銃をこめかみから離して、すっと立ち上がる。


「いいこと、弥之。あんたは私のモノよ……二度と忘れないことね!」


 散々怒鳴り散らした後、彼女はテントから出て行った。


「凛々子……」


 僕はやるせない気持ちでいっぱいになる。


 嘗てもう一人の妹のような幼馴染み、そのあまりにも悪辣な豹変ぶりに対して――。


 どうして、凛々子はあんな風に変わってしまったんだろう?

 有栖に対する嫌悪と嫉妬を超えた一方的で凄まじい憎悪だった。

 何故あそこまで……。


 僕達の関係も、一体どこで狂ってしまったんだ?


 自問自答するも答えは出てこない。


 けど、これだけは理解した。


 きっと、僕達は二度とあの頃には戻れないことを――。


 すれ違いどころか、深々と亀裂が入った気がした。


 もう彼女は、僕が大切にしていた幼馴染の『木嶋 凛々子』じゃないんだ。






 ~姫宮 有栖side



 あれからずっと、ミユキくんが戻って来ない。

 幼馴染の木嶋さんに呼び出されてからずっとだ。


 渡辺くんとの後だし、本当は行ってほしくなかったけど、私には彼を引き止める権利はない。

 

 あくまでも幼馴染である二人の関係だから。

 私なんかが入り込める余地はないと思った。


 ミユキくんは木嶋さんに甘いけど、でも間違いを起こすような人じゃない。


 そこは信じているけど……。


 でも、もし……木嶋さんから何かするようなことがあれば……。


「ヒメ先輩、探り行っとく?」


 私は美術室で蹲るよう体育座りで座っていると、隣にいた彩花ちゃんがニッと真っ白な前歯を見せて笑ってきた。

 彩花ちゃんの制服も洗って干されており、今は仲良くなった城田さんからジャージを借りて着用している。


「探りってなぁに?」


「またまたぁ、すっとぼけちゃって~、センパイの偵察っすよ~。イチャコラしているかもしれないじゃないっすかぁ?」


「そ、そんなことない! ミユキくんに限って!」


 言った途端、ハッと口元を押えてしまう。

 

 嫌だ……何、当たり散らしているんだろう、彩花ちゃん相手に。


「ごめんなさい……彩花ちゃん」


 私はすぐに謝罪する。

 けど彼女は動じず、微笑んだままだ。


「いーよーっ。センパイのこと心配しているのはお互い様。それにあたし、あのセンパイの『幼馴染み』がどうも胡散臭くて好きじゃないんだよね~」


「木嶋さんのこと?」


「そっ。なんかセンパイのこと、さも所有物って感じでさ~。嫌いなんだよねぇ……人を道具みたいに利用しようとする奴って」


 軽い口調ながらも語尾に嫌悪感が現れている。

 彩花ちゃんは見た目が今時の派手な子だけど、しっかりとした信念を持っている子だ。

 年下だけど、そこは尊敬しちゃう。


「……確かに彩花ちゃんの言う通りの子だね。でも、ミユキくんにとって彼女は大切な幼馴染……そこは私達が入り込む余地なんて……」


「あるじゃん、別に。あたし姫先輩ならしゃーないって思えるけど、あいつだけは絶対に嫌ッ。センパイに相応しくない! ……って、はっきりそう言い切れるよ」


「彩花ちゃん……」


 なんて言ったらいいのか……たくましくて凄い子。同時に羨ましい。

 

 そう、自分でもわかっている。


 私の中で日々、ミユキくんの存在が大きくなっていること――。

 木嶋さんに彼を渡したくないと思う気持ち。


 だって、こんなにミユキくんのことがいっぱいで大好きなのだから……。



「――大変です! 寝室用の教室にしまっていたライフルがどこにも見当たりません!」


 突如、扉が開けられ、城田さんが大声を発して入ってくる。


「なんだと?」


 壁に背を持たれ仮眠をとっていた竜史郎さんが反応した。

 ちなみに彼の服も洗濯中であり、大熊先生からジャージを借りている。


 大柄な大熊先生に対して、竜史郎さんは身長こそ高いも細マッチョだからサイズがぶかぶかだ。

 おまけにトレードマークともいえる『黒い風船帽キャスケット』だけは脱がないので違和感がある。


「いつから見当たらないんだ、シロタさん?」


「夕食時には確かにありました。それから、ほとんど教室から出てなかったので……あっ、そういえば」


「なんだ?」


「間もなくして木嶋先輩に呼ばれたんです。相談ごとがあるって……でも大した相談ごとじゃなかったんだけど」


「そこから紛失したってわけか? 他に思い当たるところは?」


「私が寝室用の教室から離れる時、泉谷先輩が具合悪そうに寝ていました。けど戻ってから、彼女の姿が見えません……」


「なるほど……その子が怪しいな」


「あのぅ、そういえば渡辺と平塚の姿も、さっきからずっと見当たらないんですけど」


 近くで話を聞いていた男子生徒の一人が手上げして知らせてきた。


「そいつらは知らんな。泉谷って子と何か関係があるのか?」


「よく四人でつるんでいるんっすよ。おまけに木嶋は渡辺の彼女であり、泉谷は木嶋の友達であり渡辺とも男女の関係にあったって噂もあるくらいですから……」


「所謂、若者の性の乱れってやつか? どうでもいいっと言いたいが……確か少年はその木嶋って幼馴染みに呼び出されているんだよな?」


「そうね、兄さん。私、弥之くんの様子を見てくるわ」


 竜史郎さんの隣で座って、香那恵さんが立ち上がる。

 彼女も看護師ナース服は洗って干しており、御島みとう先生からスエットの上下を借りている。

 胸回りのサイズがきつそうだ。


 けど、香那恵さん……ただ探しに行くだけなのに、その手に持つ日本刀はなんですか?


「カナネェさんが行くなら、ウチらも行こ、ヒメ先輩?」


「うん、彩花ちゃん」


 それから私達三人でミユキくんを探してみるも、三階のどこにも見当たらない。


 勿論、木嶋さんや渡辺くん、平塚くんと泉谷さんの姿……さらに捕虜として男子トイレで隔離していた、山戸先輩の姿もなかった。



「――どうやら『自動小拳銃SIG MCX』を盗みだし、山戸を逃がしたのは、その四人で間違いないな。それに、少年はそいつらに連れ去られた可能性がある」


 連れさられた……ミユキくんが?


 竜史郎さんの言葉を聞き、この時ようやく事の重大さを理解した。







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