第55話 踏んでしまった地雷




 囚われた僕は、三年の『渕田 仁奈』に迫られ、貞操が奪われそうになっている。


 手足が拘束されているため、抵抗ができない。

 あっさりとズボンを脱がされ、パンツ一丁となった。


 やばい、これ。


 ガチでやばい。


 しかも女性特有の匂いってやつなのか?


 艶めかしくて頭がくらくらしてくる。

 意識を繋げてないと血迷いそうだ。


「フフフ……いい香りでしょ? 媚薬を身体に塗っているのよ」


 渕田は頬を染め恍惚の微笑を浮かべてながら見つめてくる。


 媚薬だって?

 何だよ、それ!? どっから持ってきたんだ!?


「や、やめてください……」


「口ではそう言っているけど、身体はそう言ってないみたい。くすっ、可愛い……大丈夫、優しくするからね」


 甘い吐息、それに官能的な響き。


 彼女から発せられる一言一言が、脳の中でとろけるような甘美へと変換されていく。

 次第に思考が麻痺し、このまま受け入れても良いと思えてしまう。


 けど、


 ――ミユキくん。


 一人の少女が脳裏に浮かびあがる。


 とても綺麗な濡羽ぬれは色の長いストレートヘアを靡かせて、微笑んでくれる美少女。

 見た目だけでなく、心の中も綺麗で優しい女の子。


 ずっと憧れていた存在――。


「……有栖」


「なぁに、夜崎くん? 今パンツ脱がしてあげるからね」


「……めろ」


「ん?」


「――やめろぉぉぉ! 僕には好きな子がいるんだ!」


 僕が怒鳴った瞬間、渕田の手がピタッと止まる。


「プッ、プププ、夜崎くんってばウケる~」


「なんだと!?」


「そんなの内緒にしとけばいいだけの話でしょ~? 渡辺くんもあんな可愛い彼女がいるにもかかわらず、アタシに何回求めてきたと思う?」


「知りません! とにかく僕は嫌なんだ! 好きでもない人とそんなの……」


「無理しちゃって……本当に可愛い子。大丈夫、私が女というモノを教えてあげる。怖がらなくていいからね」


 駄目だ、この女。

 すっかり話が堂々巡りだ。


 一体どうすりゃ……。


「――そこまでです、仁奈先輩」


 少女の声、誰かがテントに入って来た。

 その片手には拳銃が握られ、銃口をこちらに向けている。


 あれは僕が所持していた『予備拳銃サブウェポン』の『小型拳銃コンパクトガン』だ。


「……凛々子?」


 渕田は後輩にあたる少女の名を呼んだ。


「彼、私の幼馴染なんです。下手な真似しないでもらえますか?」


「……そ、そう。でも彼氏である渡辺くんは良くて、どうして夜崎くんは駄目なのよぉ? だったら三人で楽しみましょ? 3Pってのはどう?」


「ふざけないで! 弥之は誰にも渡さない! たとえ仁奈先輩でもね!」


 凛々子は拳銃を翳し、渕田の額に突き立てる。

 本当に撃ちかねない剣幕だ。


「わ、わかったわよぉ……ったく、いつからシャレが通じない子になったのよぉ」


 渕田はぶつぶつ愚痴を漏らしながら離れていく。

 名残惜しそうに、僕を見つめながらテントから出て行った。


「た、助かった……ありがとう、凛々子」


「うん、弥之、大丈夫?」


「あ、ああ、うん。危なかったけどね……それより頼みがあるんだ」


「なぁに?」


「ズボン……上げてほしんだけど。拘束されて、この有様だから……ごめん」


「え?」


 凛々子は戸惑いながら「そうだよね……」と呟き、恥ずかしそうに僕のズボンを上げてくれる。


 何だろう? こいつ随分と意識して、しおらしくなったような気がする。


「ありがとう、本当に助かったよ……」


「いいよ、全て私が悪いんだから……ごめんね、弥之」


 謝罪しながら、凛々子は寝そべる僕の隣へと腰を下ろした。


「仕方ないよ。渡辺くんに脅されていたんだから……その銃は?」


「悠斗に渡されたのよ。私が手櫛にちょっかいかけられない護身用のためにね……今の私はあいつの所有物扱いだから、一人じゃ逆らえないと見越しているのね」


「あいつか……凛々子は、渡辺く、いや渡辺のことはもう……」


「好きでもなんでもないわ、あんな男……付き合っている彼女に銃を向けるような奴なんて……」


 そうか、普通そうだよな。

 だから、渡辺を放置して遊ばせているってわけか。


 笠間といい……嘗てカースト上位連中も世界が変わり法と秩序が崩壊してしまうと、人格まで壊れてしまうのだろうか?

 あるいは手櫛のように隠された本性が露わになってしまうのか?


 僕にはわからないし理解できない。


 けど、それでも変わらずに腐らずに真っすぐ生きようとする人もいる。

 あるいは己が目的のため、前へと突き進んでいる人も……。


 竜史郎さんに唯織先輩、香那恵さんに彩花、そして有栖――。


 この人達と出会い、共に行動することで、僕も腐らずに人喰鬼オーガと戦えるんだと思う。


「ねぇ、弥之……」


「なんだい、凛々子?」


「二人でここから脱出しない? この銃があれば出来ると思うの」


「確かに……それに、一階へ通じる風導管ダクトの場所さえわかれば簡単に降りられるな。けど、凛々子はいいのか? 友達の泉谷さんがいるんだろ?」


「あの子は無理よ……なんか妊娠しているみたいなの。きっと悠斗の子よ」


「なんだって!?」


 思わず声が裏返るまで驚愕してしまう。

 周囲の方がうるさいから気づかれないのが幸いだ。


 にしても、あのふくよかで大人しそうな泉谷さんが渡辺と?


「……悠斗と笠間、陰じゃ競い合うように色々な子と遊んでいたからね。割と有名な話よ。きっと姫宮さんも気づいていたんじゃない?」


 あの笠間と渡辺が女遊び?


 特に笠間なんて、有栖と付き合っておいて……!

 ガチで最低だな、あいつら。


「凛々子は、そのぅ……ずっと渡辺を許していたのか?」


「目立った証拠はなかったからね……悠斗のこと信じたいと思っていたし(本当は私もカッコイイ先輩を見つけてつまみ食いしていたから、お相子なんだけどね)」


「大変だったんだな……なんて言ったらいいのか」


「いいの。それにね、私……他にも弥之に謝りたいこともあるし」


「謝りたいこと?」


「中学三年の終わり頃のことよ」


「ん? ああ『お金』のことね……いいよ、もう。確かにクラスメイトの財布からお金を抜き取ったのは駄目だよ。けど、先輩に脅されて仕方なくだろ? さっきの渕田もその一味なんだよな?」


「そう……罰ゲーム感覚で無理矢理……本当、あいつら最低(大嘘)ッ!」


「今思えば、だからか……凛々子が僕から距離を置くようになったのは?」


「ん? ああ、うん、そうだよ……これ以上、弥之に迷惑は掛けられないからね(なんか勝手に勘違いしてくれてラッキー♪)」


「誤解してごめん。あの頃、僕はずっと物事に対して悲観的だったから……」


「ううん、でも今の弥之は凄いじゃない? 見直しているのよ」


「そうかな……常に誇りを持って前を向いて歩こうと思っている。ある人に影響されてね」


 ふと竜史郎さんの姿が想い浮かぶ。

 あの人と出会ってから、僕は心の中で何かが変わったと思っている。


 僕もいつか、あの人のように――。


「……ねぇ、弥之。聞いていい?」


 凛々子は頬を染めて首を傾げて見せる。


「ん? 何?」


「さっき聞こえたんだ……弥之が『好きな子がいる』って叫んでいたの」


「そ、そう……まぁね」


「だぁれ?」


「え? どうして聞くんだよ? 別にいいだろ……僕のことなんか」


「聞きたいの。教えて」


「ああ、まぁ、うん……ずっと片想いしていた子だよ。今もだけどね」


「へえ、そうなんだぁ(弥之のこういう一途なところがいいのよね……他の男、マジ糞猿!)」


「陰キャぼっちの僕にいつも優しい声を掛けてくれて……僕も彼女を意識するようになったんだ」


「そう、それで(キタわ、これ。もろ私じゃん。姫宮ざまぁ!)?」


「けど、その子には付き合っている彼氏がいてね。あの頃は二人がとても眩しく見えて、僕なんかじゃ絶対に入り込める余地はないと諦めていたんだ」


「弥之……(大丈夫、もう私は弥之だけの彼女だよ)」


「でも、こうして再会できて……こんな世界になっても、その子の魅力は損なわないっていうか……益々好きになったというか。今は彼女の傍にいて、彼女のことを想うだけでも幸せなんだ」


「だぁれ、その子? 教えてよぉ(やばっ、胸キュンしまくり! もう我慢できない! 早く告白してよぉ、弥之ぃ!)」


「……ひ、姫宮さん」


「へ?」


「姫宮 有栖さんだよ……」


「はぁぁぁあああ――!!!?」


 僕が思い切って名前を出した途端だ。


 凛々子はいきなり声を荒げて立ち上がる。


 まるで「信じられない! お前、マジで何言ってんの!!!?」っと言いたそうな形相で、僕を睨んできた。


 あ、あれぇ?


 ひょっとして、僕ぅ……。


 何か地雷を踏んじゃいました?






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