第53話 ガチのクズと夜宴




「――夜崎、待てよぉ!」


 立ち去ろうとする僕に、山戸が声を掛けてきた。


「何だよ?」


 年上の先輩に当たるが、こんな奴に敬語を使う気にはなれない。

 今更、怖くもなんともないし。


「何故だ? 何故、俺を庇うような真似をした? 俺はお前を……」


 ああ、お前にカツアゲされて殴られもしたよな?


 でもそれは『白コートのアラサー男』が手引きしたこと。


 それに僕もすぐ金で解決しようとするところもあった。

 母さんから小遣いだけはもらっていたからな。

 手っ取り早い解決法だと思うのと同時に、自分のことに投げ遣りなところもあったんだ。


 でも、こいつが僕にやらかした過去。

 今の世界になってからも、他の生徒達にやらかした罪。


 当然、許されることじゃない。


 だからって……あの場でブチギレた手櫛に撃ち殺されて終わる人生も何か違うと思ったんだ。


 それに何度も言うように……。


「僕はただ、目の前で人が死ぬのを見たくない……そう思っただけさ。生きている僕らが戦う相手は、あくまで人喰鬼オーガだ。違うか?」


「う、うぐ……うううう」


 山戸は、その場で泣き崩れた。

 罪を悔いて泣いたのか。

 それとも、陰キャの僕なんかに窘められて屈辱だったのかわからない。


 どうでもいいと思った。



「――あら、ケンちゃん。生きてたの~?」


 どこからか艶っぽい女性の声が聞こえる。

 大人びた声だが、張があり若さを感じた。


 女性、いや女子か。


 彼女はふらりと現れると、堂々と元教師の手櫛の隣に立ち、こちらを見据えてきた。

 

 すらりと背が高く、ウェーブが入った長い髪。

 豊満な胸とくびれたウエストを強調させた、ぴちぴちの制服ブラウス。

絶対に下着が見えそうなスカートはどう見ても校則違反の制服だ。

 切れ長の双眸に形の良い朱唇、その下唇にホクロが目立つ。

 とても大人っぽい顔立ちで同じ学生とは思えない妖艶な美貌である。


「……渕田ふちだ 仁奈にな先輩」


 凛々子がその女子に向けて呟いた。


 この人が渕田……凛々子が影響された先輩?

 山戸の元彼女であり、今じゃ手櫛の女って言う――。


「仁奈……俺が生きていたのかって、どういう意味だよぉ?」


「だって、ケンちゃん。西園寺にボコられて囚われたっていうじゃな~い。これまであいつらに、あんだけのことしたんだもん。リンチされて殺されたと思っても不思議じゃないでしょ?」


「な、なんだよ、その言い方……普通、彼氏が無事に戻ってきて安堵してくれるんじゃないのか?」


 山戸の言葉に、渕田は両頬を膨らませ「ぷっはぁ!」っと噴出した。


「アハハハ! 彼氏!? アンタとは、もうとっくの前に終わっているっての! 札付きのヤンキーだから、今の世界に適応できると思ったけど、とんだ期待外れ! マジ無理だわ~、だから今のアタシはねぇ――」


 渕田は隣に立つ手櫛に抱きつき、濃厚な口づけを交わす。


「将来性のある、手櫛先生のオンナになったんだっつーの」


「悪いな山戸君。無能なキミじゃ、渕田さんは満足しないようだ。心も身体もなぁ、ブワッハハハハハ!」


 手櫛も渕田の細い腰に腕を回し抱き寄せる。

 見せつけるかのように長い舌を出して嘲笑った。


 山戸は絶望した眼差しで、その光景を見入っている。


 そして、


「う、うわぁぁぁあああぁあぁぁぁ! 手櫛ぃぃぃ、テメエェェェェェェ!!!」


 突然、立ち上がり絶叫した。

 悲嘆から嫉妬に駆られた鬼のような形相へと歪ませる。


 山戸は拳を掲げたまま、二人の下へ駆け出して行く。


 相手が『散弾銃SKB MJ-7』を持っているのは、奴とて知っている筈ななのに。

 きっと怒りで我を忘れ、形振り構わず突進したのだろう。



「ふむ、渕田さん。離れてなさい、キミの元カレに引導を渡してあげよう」


 手櫛は余裕の表情を浮かべ、前へと出る。

 迫り来る拳を躱し、上戸の懐に入り込みタックルした。


「痛ッ!?」


「ふ~む。どうやら肋骨が折れているようだねぇ、ふん!」


 手櫛は山戸の片足を抱えると、勢いに乗せて床へと押し倒していく。

 聞くところによると、奴は総合格闘技をやっていたとか?


「ぐわっ!」


 山戸は受け身が取れないまま背部を強打してしまう。


 見下ろしていた手櫛は片足を上げ、仰向けに晒された胸部に目掛けて思いっきり踏みつける。


 バキッと骨が折れる嫌な音が鳴った。


「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」


「山戸君、キミの無能ぶりにはいい加減にうんざりだよ……まぁ、目の前で渕田さんが寝取られていく様をキミが健気に耐えている表情が見たくて飼いならしていたんだが……もう不要だ」


 さらに手櫛は踏みつける足に力を加えていく。


「うぐぁぁぁああぁぁ!!!」


 山戸は激痛のあまり、ただ悲鳴を上げることしかできない。

 信じていた彼女を奪われ裏切られ、挙句の果てに矜持プライドまでへし折られてしまう。


 敵ながらあんまりな仕打ちだと思った。


「手櫛先生、もうやめてください! 決着はついたでしょ!?」


「……夜崎君? キミは本当にあの夜崎 弥之かい? 随分といっちょ前のことを言うようになったじゃないか? 私と同じように終末世界で覚醒したのかね?」


 ぶっちゃけそうだけど、お前と系統が違うからな!

 一緒にするなよ、この変態教師!


 手櫛は僕をじぃっと凝視しているかと思うと、突然フッと微笑みを零した。


「まぁ、いいだろう……このバカのせいで、さっきはイラっとしたが……今はすこぶる気分がいい。渡辺君達を迎え入れたことで銃器も手に入り、おまけに先々の見通しも出来た。今夜は明日の打合せをしながら夜宴といこうじゃないか? 私も少し興奮を抑えなければならないからね」


「まぁ、先生ったら」


 渕田は手櫛に抱きつき、何故か頬を染めている。

 元カレである山戸を踏みつけた状態のままで……。

 

 ――こいつら噂以上にガチのクズだ。


 僕は生まれて初めてそう思った。




 それから、夜宴とやらが始まったようだ。

 

 はっきり言えば、乱交パーティらしい。

 

 僕は人質兼捕虜としてガムテープで縛られた状態のままテントに押し込められているので、外がどうなっているかわからない。


 複数の女子達の嬌声と男達の興奮した絶叫が響き渡っている。


 まるで発狂した獣が交わり悪魔を崇拝している魔宴サバトだと思えてしまう。


 その中に、渡辺と平塚の声も聞こえる。

 奴らも見境なくして楽しんでいるようだ。


 凛々子と泉谷さんはそこにいるのかわからない。

 

 そして、山戸がどうなってしまったのかも……。



 不意にテントの出入り口のチャックが開けられる。


 誰かが中に入って来た。


 どうやら女子のようだ。

 随分と悩ましい香りがする。


 女子はランプの灯りをつけて姿を見せた。


 ――渕田 仁奈だ。


 しかも上半身が裸。

 乳房が……って、おっぱいもろ出しじゃないか!?


「うわぁぁぁっ! 何だぁぁぁ!?」


 初めて生で見る女子の裸体。

 しかも綺麗で超スタイルがいい。


 渕田は鼻でくすっと笑った。


「やっぱ、キミ童貞だね?」


「そ、それが何か? 僕に何んの用ですか?」


 僕が尋ねると、渕田は四つん這いになり顔を近づけて来る。

 切れ長の瞳を潤ませ、朱唇から吐息が漏れた。


「――夜崎くん、キミの童貞を奪いに来たのよ、フフフ」


 はぁ!? 何言ってんの、こいつ!?


「なんだってぇ!? どういうつもりだ!? 意味わかんねーし!」


「アタシね。男は『将来性』だと思っているのよ。今の世界なら尚のことね」


「将来性? それと僕に何の関係が? それにあんたには手櫛がいるだろ!?」


「手櫛先生ね……今はいいけど所詮は裸の王様よ。イカレ過ぎていずれ誰かに寝首を掻かれるわ。案外、渡辺くん辺りかしら?」


「だったら、僕じゃなく渡辺くんと……」


「さっきまで相手してあげたわ、平塚って子と一緒にね。でも何か物足りないの……何故か夜崎くんのことが、ずっと頭から離れなくてね。きっとキミはダイヤの原石よ……アタシの勘がそう言ってるの。だからぁ、キミの童貞を奪ってアタシ色に染めながら磨いてあげようってわけ」


 渕田は言いながら、こなれた手つきでジャージのズボンを脱がしてくる。


 まずくね、これ!?


 ――僕の貞操、大ピーンチ!






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