第三章 学園籠城~乱戦

第46話 逆転されたカースト




「少年、これで全貌はっきりしたな」


「全貌……ですか?」


 竜史郎さんに言われ、僕は戸惑いながら首を傾げる。


「少年が笠間病院で監禁された、空白の一ヵ月だ。その原因を作った男……きっと、そいつは間違いなく西園寺製薬の研究員だろう」


「……はい、そうだと思います」


 何せ慣れた手つきで点滴を交換したりとか、ぱっと見は医者っぽかったからな。


「だとしたら、笠間病院の裏患者リストにも少年の名前が載っていたのも頷ける。最初から全て仕組まれていたことだ。だが、何故少年が選ばれたのかはわかない。案外、他にも被験者はいて、たまたま少年だけが成功したのかもしれないな」


「それも、例の『裏患者リスト』に載っていると?」


「かもな……ちゃんとしたソフトで調べないと文字化けしてよくわからない。その為に、西園寺財閥が関連する会社や研究所に行く必要がある」


「――兄さん。何も今、ここでそんな話をしなくても……」


 香那恵さんは困惑した表情で制している。

 チラッと唯織先輩に視界を向けながら。


「……私には、まるで状況がわからない。だが父が運営する会社の誰かが、弥之君に多大な迷惑を掛けたのは察している。どの道、私が代わりに謝って済む話ではなさそうだ」


 戸惑いながら取り乱すことなく、自分が置かれる立場や思う気持ちを正直に打ち明ける、唯織先輩。


 その反応を見て、竜史郎さんはニヤリと微笑む。


「流石、イオリ。俺が見込んだ通りだ。真実を知るためにも、キミの協力が不可欠だ。この学園の件が落ち着いたら、約束通り協力してほしい」


「わかりました。そこは必ず……」


 唯織は覚悟を決めたように潔く頷いて見せる。

 下手に隠すことなく概要を説明することで、彼女の協力をより得られやすくしたのか?


 唯織先輩の人柄を見越して――。


 山戸の対応といい、竜史郎さんも相当な策士だと思う。


「センパイ~、あたしも詳しく聞いてないんだけどぉ、後でおせーてー?」


「わかったよ、彩花。有栖さんにも説明するからね」


「うん、ミユキくん」


 考えてみれば、この二人にも『空白の一ヵ月』の件は、ほとんど説明していない。

 僕自身も整理がついてない出来事だっただけにだ。

 でも、これからは、共に行動する上で知っておいても良いと思った。



「……山戸、お前も僕達と共に歩んでいたら、こんなことにはならなかったのにな」


 副会長の富樫先輩が近づき、山戸に言葉を投げかける。

 少し寂しそうな表情を浮かべていた。


「うるせぇ、いい子ちゃんぶりやがって……昔っから、テメェと西園寺のそういうすかしたところが気に入らねぇんだよ……さもエリートコースに乗ってますってツラしてよぉ。もう、そういう世界は終わってんだよぉ……『手櫛てぐし先生』がいい例じゃねぇか?」


「あんなの自制を無くした、ただの害獣ケダモノじゃないか? お前達まで一緒に堕ちる必要はなかった筈だ」


「……どうせ俺なんて卒業しても、ろくな就職先なんてありゃしねぇ。どの道、犯罪に手を染めてだろうぜ……だから俺や手櫛先生にとって今の世界は都合がいいんだよ」


「今の世界だからこそ、生きている者で手を取り合わなきゃならないんじゃないか? 僕は西園寺生徒会長を見て余計にそう思っている……でなければ、心まで人喰鬼オーガに成り下がってしまうからな」


「……うるせぇな。俺のことは、もう放っておいてくれ」


 それから山戸は、竜史郎さんに立たされ、男子トイレに連れて行かれる。

 何でも、ズボンを脱がして便座に座らせたまま閉じ込めるらしい。

 

「やれ便所だほいだと訴えて、拘束を解いている隙をつかれて逃げられるのもウザいからな。俺もこんな奴のためにいちいち時間を割くのも面倒だ。ここなら好きなだけ用を足せるし、誰にも迷惑を掛けないだろう。食事もガムテープを外して、誰かが食わせてやればいい」


 っと、移動を手伝った僕に語っていた。


 相変わらず容赦ないが、言われてみれば効率はいいかもしれないと思ってしまう。


 どうせ、山戸から聞き出す情報もないこどだしな。

 問題は、こいつをどう処分するかだけど……。




「――明日、校内にいる全ての人喰鬼オーガ達を一掃する。それから『反生徒会派』への落とし前だ。人間とて場合によっては射殺も考えている」


 生徒会室に戻り、竜史郎さんはきっぱりと言い切る。


 その発言に対して、みんなが黙り込む。

 きっと人喰鬼オーガのことよりも、『反生徒会派』の対応と処分についてだと思った。

 僕も、どう答えていいかわからないでいる。


 しばらく、沈黙した後。


「……降伏する者は見逃して頂きたいのですが」


 唯織先輩は声を絞り出すように言った。


「別に構わんが……いいのか? きっと、そいつらの中には、山戸のような罪もない生徒を人喰鬼オーガに襲わせるよう仕向けた奴もいる筈だぞ?」


「わかっています……ですが、主犯各は元教師である『手櫛』です。他は全員、私達と同じ生徒ばかり。ある意味、手櫛が恐怖政治紛いの洗脳に近い形で従わせているのでしょう。山戸の言動からもそう感じました。それに私個人の意見として、もう生徒達が殺され、あるいは感染されていく様は見たくない……そう思っております」


「……無論、お咎めなしということはしません。何らかのペナルティを与え、亡くなった生徒達のためにも償わせながら、共に生きて行きたいと考えています」


 唯織先輩と富樫先輩はお互いに意見を述べている。

 大熊先生と御島先生も同じ考えのようだ。


「了解した。手櫛って奴は俺が始末しよう。だが降伏に応じない者、抵抗する者には容赦しない。下手な同情で味方に損害を与えるのはナンセンスだからな。そこは徹底させてもらうぞ」


「わかりました。よろしくお願いいたします」


 生徒会側の全員が竜史郎さんに頭を下げ容認する。

 

 僕達も覚悟を決めなければならないようだ。




 それから美術室に戻る。


 昨日と打って変わって周囲が賑わっていた。

 生徒達に活気があるというか、意欲的になっているというか。


 きっと食料と備蓄品を確保し、生きて行く上での先々が見えてきたのが理由だろう。


 明日、感染者オーガ達を一掃されれば、この隔離された美ヶ月学園が一番安全地帯となるからな。


「あっ、夜崎くんだ! 戻ってきたぞ」


 男子生徒が声を弾ませ、僕の名を叫ぶ。


「お帰り、無事でなによりだよ~!」


 女子生徒まで温かく迎え入れた。

 他の生徒達も、僕を囲むように集まって来る。


 何だ? どんな状況なんだ、これは?


「……どうしたの、みんな?」


「城田から聞いたよ! 身体を張って生徒会長を守ってくれたこと! それに銃の扱いも長けているって話じゃないか!?」


 なんだって? 琴葉から聞いたって?

 僕は後ろにいる彼女へと視線を向ける。


「夜崎先輩、安心してくださいね。体質のことは誰にも話してませんので……みんなに話したのは先輩が活躍した場面だけですよ」


 小声で耳打ちしてくる、琴葉。

 そうなのかっと思いつつ、この子がどんな風に話したのか気になる。


 周囲がそれだけ異様な盛り上がりに感じたからだ。


 大勢に囲まれるなんて状況、これまでなかったからな。


 しかも同じ学園の生徒達から。


 陰キャぼっちである、この僕が……。


 みんなの賞揚しょうようの眼差しが痛い。


 まるで英雄ヒーローを見るような目だ。


「ぼ、僕はみんなの援護をしていただけだよ……ほとんど、竜史郎さんと有栖さんが頑張ったからであって」


「でも、あの人達は夜崎君が連れて来てくれたんでしょ? 姫宮さんも含めてね」


「そ、そうなるのかな?」


 女子生徒に言われ、ついその気になってしまう。

 

 慣れなさすぎて戸惑ってしまうけど、初めて存在を認められたようで悪くはない。

 急に人気者になった気分だ。


 人気者か……。


 つい、嘗てカースト一位だった『笠間 潤輝』の顔が想い浮かぶ。

 

 奴もこういう気持ちだったのだろうか?

 それとも、これが奴にとっての日常だったのか?


 奇妙なものだ。


 荒廃した世界で、僕と笠間の位置ポジションがすっかり逆転している。


 それと、もう一人――


 僕は教室の隅っこに屯している生徒が四人。


 幼馴染の『木嶋 凛々子』と、その彼氏である元カースト二位の『渡辺 悠斗』だ。

 他に平塚と泉谷っといった定番グループ。

 

 全員が僕の方を見つめている。

 この光景をどういう風に感じているかまでは不明だ。


 けど、渡辺は明らかに不快そうに、僕を睨んでいるように感じた。







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