第47話 幼馴染の矜持




~木嶋 凛々子side



 夜崎 弥之が生徒達に囲まれている――。


 私は悠斗達と離れた場所で、幼馴染の光景を黙って眺めていた。

 まさか、この私が隅っこに追いやられてしまうなんて……。


 屈辱


 その言葉に尽きる。


 誰のせい?


 弥之?


 違うわ。

 弥之は掴み取った側よ。


 このまったく先が見えない終末世界に順応してね。


 運が良かったかもしれないけど、運を味方にするのも実力のうちよ。

 大したものね。そこは褒めるべきだわ。


 じゃあ、誰が悪い?


 決まっているでしょ、悠斗よ。


 こいつが笠間の代わりに、みんなの前に出て仕切ってさえいれば、彼女である私も立場も違ったわ。


 でも無能だった。

 勢いと見た目だけのクズよ。


 以前は、自分が笠間に勝てないのは「親と環境と金」のせいだと言っていたけど、それをとっぱらった今の世界でも何もできやしない。


 ましてや不良グループから親友を見捨てて逃げた「臆病者」というレッテルを張られている始末。


 そして私は臆病者の彼女ってわけ。


 ――さっきだってそう。


 非常食用の物資を運ぶのを逃げて、保健室で私にエッチしようとせがんできた。

 仕方ないから受け入れたわ。


 今、こいつと揉めても私にメリットがないからね。


 けど、もううんざり……。


 このままじゃ、王子様を見つけるどころか、姫宮の二の舞よ。


 それだけはごめんだわ!


 早く、悠斗に見切りをつけて何とかしないと――。


「弥之くん、保健室から包帯をもらってきたから交換しましょう。それ、あくまで応急処置だからね。それと渕田ふちだ先生がみんなの制服を洗ってくれるそうよ」


 看護師ナース服を着た『久遠 香那恵』という美人が美術室の扉を開け、声を掛けてきた。


「わかりました。今行きますので……」


 弥之が返事をすると、取り囲んでいた生徒達は素直に二つに分かれていく。

 まるで餌をちらつかせた犬並みに忠実ね。


 何でも、弥之は人喰鬼オーガとの戦いで、西園寺生徒会長を庇って両腕を負傷したらしい。


 まさか噛まれてないでしょうね?

 そう思ったけど、もしウイルスに感染していたら、とっくの前に彼は人喰鬼オーガになっているからそれはないようだ。


 弥之は香那恵って美人と教室を出た。


 彼の後ろをあの『姫宮 有栖』と『篠生しのぶ 彩花』という聖林工業の制服を着た一年の金髪ギャルが、金魚の糞のようについて行く。

 この二人、さも親衛隊気取りだ。


 弥之がいなくなった後、他の男子達から「夜崎は変わった」だの「実は凄い奴だ」っという感嘆の声が聞かれている。


「でも夜崎くん……あれだけ、綺麗な子達に囲まれて少しも鼻にかけないなんて、なんかカッコイイね」


「そうだね、姫宮さんは正解かもしれないよ。笠間から上手く乗り換えたみたいだし」


「だね~。もう、ああいうのは時代遅れだよねぇ~」


 女子共まで好き勝手言っている。


 地味に私のことを言っているようで胸に突き刺さる。


 んなのわかっているっつーの!

 こっちだって、どう見限ってやるか考えているところよ!


「……姫宮」


 悠斗は黄昏の遠い目で、去って行く女の名を呟く。


 はぁ!?


 こいつ、さっきまで私とイチャついていた癖に、何ぼーっと姫宮を目で追っているのよ!?


 まさか今更、トキめいているわけ!?


 マジ、ムカつく! 悠斗こいつも姫宮も!


 絶対に許さない……覚えてなさい。


 私の心の中で屈辱からドス黒い闇が広がる。




 けど、一つだけいい事もあったわ。


「――凛々子、これ」


 夕食時、上下ジャージ姿の弥之が私にそっと缶詰と飲み物をわけてくれる。


「ありがとう、いいの?」


「うん、こういうのは平等だから」


 私達は物資の搬入を手伝っていないから、受け取るべきか迷っていたわ。

 まさかお恵みくださいとは死んでも言えないからね。

 周囲の生徒も知っていて、わざと私達をシカトしているっぽいし。


 いざっとなったら、常に公平な西園寺生徒会長か富樫副会長にお願いすればいいんだけど。


「……物資の運搬、手伝えなくてごめんね。私、悠斗に呼び出されて今後のことについて相談に乗っていたから。今の彼……どんな立場なのか知っているでしょ?」


 まさか保健室でエッチしていたなんて言えるわけがないわ。


「うん、あれは仕方ないと思うよ……同じ場面なら、僕だって」


「でも、弥之って自分のことには逃げ腰だけど、人のことには真剣だったよね?」


「え?」


「だって幼稚園の頃、私がイジメられていたのを真っ先に助けてくれたの、弥之だったじゃない」


 そうだ。


 思い出したわ。


 私が弥之を好きになった理由――。


 いつも私を必死に庇ってくれた……。


 自分より体格がいい相手だろうと、数が多いだろうと……。


 常に私を守ってくれる。


 夜崎 弥之はそいう男の子だということを――。


「そうだったかな……しかし、よく覚えているな。すっかり忘れられたと思ったよ」


「今、思い出したのよ。あの頃は楽しかったな……」


「うん、そうだね」


「戻れるかな?」


「え? 何が?」


「前のような関係……」


「……今だって別に、幼馴染だろ?」


「うん、弥之は優しいね」


「そんなこと……じゃ、僕はこれで」


「うん、弥之ありがとう。手伝ってほしいことがあったら何でも言って、私も少しは頑張らないと」


「ああ、わかったよ」


 弥之は去って行く。


 フフフ……ざまぁね。


 私は、あえて『素直な幼馴染』を演じた。


 何故って?

 決まっているでしょ。


 姫宮と篠生が心配そうな眼差しでこっちを見ていたからよ。


 さも「弥之くんを奪わないで~」って顔で……。


 いい気味。


 どう、これが幼馴染よ。

 いくら疎遠となり距離が離れようと、弥之は私を見捨てたりしない。


 お前達とは過ごしてきた歴史がちげーんだよ!


 ……弥之を奪うか。


 いいかもしれない。


 少なくても、姫宮への嫌がらせになるわ。




 それから間もなく、私は西園寺生徒会長に呼ばれる。


 私だけじゃない。

 親友の『泉谷 結衣ゆい』と一緒にだ。


「――キミ達を呼んだのは他でもない。ある仕事を頼みたくてな」


「ある仕事ですか?」


「捕虜となっている『山戸』の食事の世話だ。一日一食でも何か食べさせないといけない。他の生徒が嫌がる仕事だ……確か、木嶋さんは三年の『渕田ふちだ 仁奈にな』を通して顔くらいは知っている筈だ」


「はぁ」


 私が尊敬する先輩、渕田ふちだ 仁奈にな


 部活で知り合い、よく慕っていた。

 なんていうか価値観が合うからだ。


 ――男は将来性。


 彼女からの受け売りだ。


 けど実際、先輩は山戸というハズレクジを引いてしまったけどね。

 今じゃ手櫛の女とか……先輩らしい。


「でも、いくら拘束されているからって私とリリちゃんの二人だけって……うぷっ」


 結衣は口元を押さえ吐き気を催している。

 最近、ずっとこんな感じだ。

 なんかまた太ったみたいだし、こっそり食料でも盗み食いしているのかしら?

 まぁ、どうでもいいわ。


「確かに泉谷さんの言う通りだな。では男子生徒も何人か連れて行くといい……渡辺君とかいいんじゃないか?」


「はぁ……夜崎くんじゃ駄目ですか?」


 私はしれっと聞いてみる。

 無能な悠斗より、実戦経験のある弥之の方が余程頼りになるからだ。

 それに、姫宮へのざまぁにもなるしね。


「弥之君は駄目だ。彼は負傷中だし、昼間の活躍で疲れてもいる。少し休ませてあげないと可哀想だろ?」


 何だろ、このおっぱい眼鏡。

 随分と弥之を庇うんじゃない?


 おまけに「弥之君」って親しそうに……こいつ、いつの間に唾つけてんの!?


 ――私の幼馴染にぃ!


「それに、弥之君にも頼まれている。キミ達の居場所を確保するためにも、私もこういう積み重ねは必要だと思うぞ」


 なるほど……弥之が手引きしたのね。

 私を周囲からハブかれないために……。


 悠斗が聞いたら「夜崎の癖に~!」って変なプライドが働くんでしょうね。

 でも私はそうは思わない。


 寧ろ確信したわ。


 ――弥之は絶対に私を見捨てたりしない!


 嬉しいわ。ありがとう、弥之。


 どう、姫宮 有栖?


 笠間を見捨てて乗り換えた、あんたなんかに幼馴染の私が負けるわけがないんだから!


 私は意気揚々と、その仕事を引き受けた。






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