第45話 疑惑のΑΩ




「イオリ、そこに倒れている連中も放置か?」


 竜史郎さんは気を失っている『山戸やまと 健侍けんじ』を含む、唯織先輩に斃された二人の不良達の処遇について聞いた。


「あのぅ、竜史郎さん。山戸だけは聞きたいことがあるので、このまま連れて行っていいですか?」


「山戸? ああ、俺が殴り倒した金髪男か。確か実行犯のリーダーだったな。わかった、捕虜として捕らえよう」


 竜史郎さんは、山戸に近づきしゃがみ込む。

 頬をぺしぺしっと叩き出した。


「おい、起きろ」


「ぐぅ……はっ、テメェ!」



 ゴッ!



 山戸が起き上がったと同時に、竜史郎さんは再び拳で顔を殴った。

 その勢いで、山戸は再び後頭部をコンクリートの床に強打する。


「ぐぎゃあ! あがぁ、痛てぇぇぇ――ぐぅ!?」


 竜史郎さんは山戸の襟首を掴み床に強引に押し付ける。

 身動きできないよう体重を乗せた。


 腰のホルスターから、自動拳銃FN・B・Pを抜き、銃口を頬にぐりぐりと押し込む。


「うっせぇよ、テメェ! 言うことを聞かねぇと耳から撃ち抜くぞ!! コラァッ!!!」


 普段の毅然とした紳士的な口調が一変し、ドスを利かせた脅し口調となる。

 僕には相手を屈服させるための、竜史郎さん流の策略だと思えた。


「わ、わかったよぉ! 言うこと聞くから離じてくれぇ、ぐるじいぃぃぃ!」


「くれだぁ?」


「くぅ、くだざい、くだざぁぁぁいぃぃ、ひぃぃぃぃ!!!」


 あの不良グループのリーダーで、強面の山戸が涙を流して許し請っている。


 やっぱり、竜史郎さんは凄ぇな……。

 なんて言うか……カッコイイ。

 

 僕もいつかは、この人みたいに――



 こうして『山戸 健侍』を捕虜にし、物資の運搬は無事に終了した。




 それから三階に戻った僕達は、山戸を拘束して生徒会室へと連れて行く。


 以前、竜史郎さんが暴力団相手にやったように両目と口にガムテープで固定し、両手を後ろに組まされ親指同士を結束バンドで縛っている。

 両足も同様に固定され、その上で両手両足がガムテープでぐるぐる巻きにしている。

 しかも今回は何故か赤いロープで『亀甲縛り』が身体に追加された。


「リュウさん、ウケるぅ!? そんな趣味あったの~?」


 彩花がテンションを上げ、その有様をスマホで撮っている。

 んなもん画像に収めてどうすんの?


「心理的屈辱を与えるためだ。後は自分がどういう立場か知らしめるってところかな」


 他にやり方があるでしょーに。

 亀甲縛りは意味あるのか?


「……山戸」


 副会長の富樫先輩は複雑な表情で、その無様に成りの果てた姿を見入っている。


 山戸は口元をガムテープで固定され、「んー! んー!」と唸っている。


「何か言いたそうだな。口のガムテープだけ外してやる。ただし卑猥なことを言ったら、ナイフで足を刺すからな。ここはレディが多い、下ネタは厳禁だ」


 何を心配しているのだろう、竜史郎さんは……。

 流石の山戸だって言わないんじゃないか?


 山戸は思いっきり口のガムテープを外され、「痛てぇ!」と言いながら大きく深呼吸を繰り返した。

 唸っていたのは息苦しさもあったようだ。


「……はぁ、はぁ、はぁ。その声は、がり勉の富樫か? 相変わらず、西園寺の巨乳ばかり追いかけているようだな――ぎゃあぁぁぁ、痛てぇぇぇ!!!」


「下ネタ厳禁だと言ったろ? バカかこいつ?」


 竜史郎さんは迷わずカラビットナイフの先端で、右足の太腿を刺した。

 ガチで容赦のない人だけど、警告した直ぐに禁を破る山戸もアホだと思う。


 けど、この場にいる誰も山戸を哀れむような目で見ていない。


 唯織先輩、富樫先輩、琴葉は勿論、教師である大熊先生と御島みとう先生まで「当然の報い」として冷めた眼差しで見つめていた。


 事情に詳しくない、彩花や香那恵さんも竜史郎さんのやり方に意見することなく黙認している。


 唯一、有栖だけは目を伏せ、見ないようにそっぽを向いていた。


「こ、殺さないでください……お願いしますぅ」


「ちょっとナイフの先端部で刺したけだろ? まぁ、視界が見えない分、触覚はより敏感になるもんだがな」


 すっかり心が折れて泣きながら命乞いをする山戸に対し、竜史郎さんは冷たく言い放つ。

 拷問の仕方も手慣れているって感じだ。


「そういえば、少年。こいつに聞きたいことがあるんだろ?」


「あっ、は、はい。山戸せ……いや、山戸・ ・に聞きたいことがあるんだけど」


 僕はあえて呼び捨てで呼ぶことにした。

 他の生徒達を見せしめとして人喰鬼オーガの餌にするような奴を「先輩」とは呼びたくない。


「んだぁ、夜崎!」



 ゴン!



「ぎゃぁ!」


 竜史郎さんは山戸の髪の毛を鷲掴みにして思いっ切り床に後頭部を叩きつけた。


「『君』か『さん」を付けろ。次に失言をかましたら、目玉を抉る」


「は、はい! 夜崎君、僕に何が聞きたいのでしょうか!?」


 完全に屈服する、山戸。

 なんとも滑稽な有様だが、笑っている場合じゃない。


「一ヵ月前、僕をカツアゲした際、僕が金を差し出すと『お前、金あんの?』って聞いたよね? 仲間の誰かも『話ちげーじゃん』と言っていた……あれはどういう意味だったんだ?」


「…………」


「答えろ、クズ」


 無言の山戸に対し、竜史郎さんはカラビットナイフを頬に当てる。


「は、はい! 今、思い出そうとしていただけです! 僕に隠す理由はありません、はい! 頼まれたのです! あの男に!」


「頼まれた? あの男……『白コートのアラサー男』か!? 銀縁眼鏡の理系風の!?」


「はい、夜崎君、その通りです。『一人、10万円やるから、ある少年を脅して一発だけ傷つける程度に殴ってほしい』っと……それでつい」


「テメェらは話に乗ったわけだな――」



 バキッ!



 竜史郎さんは拳で、山戸の顔面を殴る。


「ぶっぎゃ! ど、どうしてぇぇぇ……正直に話したのにぃ?」


「今のは少年を殴った分だ。仲間がやられたらやり返す。それが俺の流儀だ」


「竜史郎さん……」


 怖いけど、ちょっぴり嬉しい。

 何か胸がすっとした気分だ。


「『白コートのアラサー男』とはどこで知り合ったんだ? 名前は?」


「……そいつとは、街のゲーセンで声を掛けられました。名前は知りません……前金で3万ずつもらったので、軽い気持ちで話に乗ったまでです。本当です、信じてください!」


 山戸は涙声で訴えている。

 それ以上の関りは本当にないようだ。


「俺からも質問しよう。その男、白コート、理系風の顔立ち、アラサー、それ以外に何か特徴はなかったか? 些細なことで構わん」


 竜史郎さんが尋問する。


「……身形は良かったと思います。結構、高そうな腕時計を身に着けていたり、綺麗な革靴を履いていましたので……後は薬品っぽい香水をつけていた匂いがしていました」


「他は?」


「……ああ、そうだ、ピンバッジ!」


「ピンバッジ?」


「そうです! 白コート裏の背広でつけていたのがチラッと見えたんです! 確か英語の『A』と『Q』のマーク……いや違う! 他国の文字か記号だったような……」


「まさか、『Ωオメガ』か? ギリシャ文字の?」


「そうです! それです、はい!」


「ってことは、『ΑΩアルファ・オメガ』のマーク。なるほど……そういうことか」


 竜史郎さんは妙に納得する。


「どういうことですか?」


「……イオリの前で話していいものかどうか」


「唯織先輩?」


 僕は彼女に視線を向ける。

 唯織先輩は胸を強調させるかのように両腕を組み、切なそうに僕から目を逸らした。


「私の父が運営する西園寺財閥……その傘下に置く、西園寺製薬所のロゴマークだ。社員から研究員に属する者なら大抵身に着けている筈だ」


 それが『ΑΩアルファ・オメガ』なのか?



 始まりと終わり


 あるいは、起源と究極



 そして、『全て』と『永遠』を意味する――ΑΩアルファ・オメガ






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