第43話 生徒会長のときめき
「こ、これって、どういうことでしょうか!?」
不安そうに、僕は竜史郎さんの方をチラ見する。
彼は顎を手で押え、「う~む」と項垂れていた。
「……考えられるのは、少年の腕を直接噛んでいないからなのか。あるいは抗体も個々の体質でハズレがあるのか――いや違うな。この『
竜史郎さんの見解通りかもしれない。
この女子生徒の『黄鬼』は感染痕以外で目立った外傷が見当たらない。
一方で口の周りから胸元に掛けて血塗れになっている。
どこかで人間を捕食したという証拠だ。
それに人間に戻っている有栖、彩花、唯織の三人は一度も僕以外の人間を噛んでいない。
っということはだ。
――『黄鬼』に僕の血液を与えても、そいつが人間を一度でも食べてしまっていれば死ぬ。
つまり、そういうことだろう。
「――私、二日以上も放置されて、よく……もし人を食べた状態でミユキくんと会っていたら、こうなっていたってことだよね?」
有栖は『黄鬼』の亡骸を見て身を震わせている。
彼女の場合、ウイルスに感染していく中、自らの意志であえて人間がいなさそうな場所へと足を運ばせ向かって行ったらしい。
それは誰も襲わず傷つけないための有栖らしい配慮だ。
飢えに蝕まれながらも、ある程度の自我を保っていたことが大きかったようだ。
そう考えると、有栖はとても気持ちが強い子だと思う。
僕は自然体な動作で、彼女の手をそっと握りしめる。
「ミユキくん……?」
不意に手を握ってしまったこともあり、有栖は大きな瞳を見開いて、きょとんと僕を見つめてくる。
「……でも、有栖さんはちゃんと元に戻っている。だから絶対にこうならないと、僕は思うよ」
「うん、ありがとう……(やっと手を握れたぁ。しかもミユキくんからなんて、嬉しい……それに優しいなぁ)」
僕の言葉に、有栖は安心してくれたようだ。
触れていても嫌がることなく、頬を染めてじっと見つめながら、とても柔らかい微笑を浮かべている。
たとえ
それから物資の運搬作業は順調に行われる。
気づけば他の男子生徒だけでなく、女子生徒も何人か手伝いに来ており、格段にスピードが上がった。
その中に、渡辺と凛々子達の姿はない。
「――これまで絶望しかなかった生徒達に、初めて希望が見えてきたのだろう……これも弥之君のおかげだな」
唯織先輩はにっこりと微笑み、こちらを見つめてくる。
ちなみに僕と先輩は二人でボイラー室の奥側になる貯蔵庫の出入り口付近で、残り物資の見張り番をしていた。
戦闘で斃した
後日、焼却してから埋葬する予定だ。
「僕がですか? 僕は何も……」
「さっき三階に行く際、彩花から聞いたよ。久遠兄妹といい、姫宮さんといい、キミを慕い中心となっているとね」
「……結果的にそうなっているってところでしょうか? 特別何かしたわけじゃありませんし」
「そんなわけないだろ? キミが私を庇ってくれた行動……今も心に刻み込まれているんだ」
唯織先輩は豊満な胸の中心を押さえて言った。
ほんのりと頬がピンク色に染まっている気がする。
「でも、僕は臆病な人間です……不良達に囲まれカツアゲされても、すぐ屈服して自分からお金を差し出してしまうような情けない男です。少しでも竜史郎さんのように強くなれればいいんですけど……」
僕は溜息混じりで項垂れる。
三年の不良グループ、山戸達に絡まれたことを思い出した。
すっかり黒歴史として刻まれてしまっている。
「ハハハハハッ!」
突如、高笑いする唯織先輩。
一瞬、またトリガーハッピーが発症したかと思った。
「先輩?」
「いや、すまん、弥之君……しかしキミは面白いな」
「面白い? 僕が?」
「臆病な人間が自分のこめかみに銃口を当てて、必死で制止を呼び掛けるか? 私を守るため、自分から
「……でも、それは無我夢中でやったまでの行動でして……普段の僕は」
「今の世界で余裕のある者がいるとは思えない。これまで慕っていた者や立派だと思っていた者達が壊れていき、また本性を露わにして好き放題に他人の命を奪う……私は生徒会長として学園をまとめる中で、そういう者達を嫌というほど見てきた」
「はい、そうだと思います」
現に唯織先輩は幼馴染の『笠間 潤輝』には裏切られ、それがきっかけで担任の『手櫛
そして、より多くの生徒が感染していき、また
「だが弥之君、キミはどうだ? 他人のために身体を張り、凶暴な
「そうでしょうか?」
「ああ、私はそう思うぞ。人間、窮地に立たされた時ほど本来の姿を見せるものだ。弥之君、キミは自分が思っているような臆病者でなければ弱い男でもない」
唯織先輩に言われると嬉しいな……ずっと雲の上の存在だと思っていたからな。
「それと……だ」
不意に唯織先輩は、僕の手を握りしめてきた。
「先輩?」
「も、もう少し早く……キミの存在に気づいていれば良かったと思う」
唯織先輩は頬から耳元まで真っ赤に染めて小声で呟いた。
今度は間違いない確信する。
――何だ、この状況?
まるで彼女から告白を受けているような気がする。
あの気高い唯織先輩が?
ただの空気のような陰キャぼっちの僕なんかに?
まさか……そんなことがある筈がない。
きっと助けたお礼的な感じだろう。
あまり期待しすぎると、違っていた時の喪失感が半端ない。
今までだってそうだった。
だから舞い上がらず冷静にならないと――。
「唯織先輩、ありがとうございます。こうして、お話が出来るようになっただけでも、僕は光栄ですよ」
「そ、そうか、そう思ってくれると私も嬉しい……これから弥之君のことをもっと知りたいと思っている。勿論、私のことも知ってほしい」
「はい。これからもよろしくお願いします、唯織先輩」
「先輩か……今はそれでいい」
唯織先輩は意味ありげに言うと、惜しむようにそっと手を離した。
何だろう?
切なそうな彼女の仕草に、僕まで胸がムズ痒くなってしまう。
「――ケンちゃん、大変だぁ! バケモノ達が全員、斃されちまってる~!」
どこからか男の声が聞こえた。
僕は周囲を見渡すも誰もいない。
「弥之君、天井だ。
唯織先輩が指すところ、それは天井に迷路のように長々と固定されている、ステンレス製の四角い空洞管だ。
ダクトは長細い物から、人が通れる大きさの物まで幾つも重ねられた形で設置されている。
突如、ボコッと音がした。
いつの間にか、通気用の四角い形をした天井給気口の蓋が外れている。
そこから、同じ制服を着た男子生徒達が5人程降りてきた。
強面で体格の良い短髪の金髪男、
こいつら三年の不良グループ、『反生徒会派』の連中だ。
「あいつら、どこから出てくるんだ!? しかも、あんな人数で!?」
あの人数で、よく底が抜け落ちてこないもんだと思った。
「1階のダクトは連中にとって安全な移動手段だからな。ルートまでは知らんが、どうやら根城とする体育館と繋がっているらしい。その為に奴らは、わざわざ補強しているくらいだ」
唯織先輩は説明してくれる。
よく見ると、人が通れそうな大きめのダクトを中心にワイヤーが結ばれていたり、底の方は銀色に塗られた木の板が括りつけられている。
なるほど、ヤンキーって無駄に知恵が働くからな。
どうりで神出鬼没なわけだ……。
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