第42話 崩壊していたカースト 




 しばらく待つと、唯織先輩と彩花が戻ってくる。


 彼女達の後ろから、体育教師の大熊先生と男子生徒10人が駆けつけて来た。


 その中にクラスメイトである『渡辺 悠斗はると』と『平塚 啓吾けいご』の姿はない。


 男子生徒達は口元を押え、ボイラー室で散らばる人喰鬼オーガの残骸を見ながら「うえっ、グロっ!」っと叫んでいる。


 これが本来のリアクションだ。


 寧ろこんな状況下で、片想いの女子に笑顔を向けられ、胸をときめかせている僕が可笑しいと思う。



「……あのぅ、渡辺先輩は?」


 琴葉が大熊先生に聞いていた。


「渡辺か? 一緒に来るよう声を掛けるつもりだったが、どこにも見当たらなくてなぁ。あいつと仲の良い、平塚も同じで姿が見えん」


「どうせ、どっかの教室で木嶋と隠れて仲良くしてんじゃないっすか? あいつら、中田を見捨てて逃げ戻ってから、何かと非協力的だし……けど一応、当番制は守るから、まだ良いですけど」


 男子生徒の一人が愚痴っている。

 他の生徒達も無言だが腑に落ちない表情で頷いていた。


 僕は彼らの反応に疑念が過る。


「渡辺くんと平塚くんが、仲間であった『中田 敦盛』くんを見捨てた?」


 三人とも、あんなに仲が良かったのに……?

 いつも心の中で「リア充の三バカトリオ」と命名していたくらいだからな。


 僕の問いに、愚痴を漏らした男子生徒が頷く。


「ああ、夜崎。その通りだよ」


「でも僕が聞いた時、渡辺くんからは手櫛と上戸達の『反生徒会派』に拉致されたって聞いていたけど……今の話だと、中田くんが捕まった時、あの二人もその場に居合わせたってことかい?」


「そうだよ。あいつら三人、その日の調達係当番だったからね。まぁ、相手が相手だし逃げることは仕方がないとは思うよ……けど、中田がボロ雑巾のように人喰鬼オーガに食われたってのに、渡辺も平塚も悲しんだり悔んだりしなかった。ましてや涙なんて一滴も流したりしない……挙句の果てに被害者面していたくらいさ」


 信じられない……いつも悪ぶってイキっていた、あの渡辺と平塚が?

 

 まぁ、中田の件はしょうがないとしても、涙も流さず開き直るなんて……。

 確かにカッコ悪い。周囲が呆れるのも頷ける。


 リア充の神様に愛されていたとされる『笠間 潤輝』といい……。


 同じように周囲から羨望を集めていた渡辺も、この現実と異常事態に順応できないでいるようだ。


 それは、今まで絶対だと思っていた学年カーストが崩壊したことを意味する。


 嘗てのリア充グループも終わっているということだろう。


「……そうですか。わかりました」


 琴葉は失望したかのように小声で頷き、何故か切なそうに僕と有栖を交互で見つめてくる。

 その眼差しは、どこか羨望を抱いているように見えてしまうのは、僕の勘違いだろうか?


「早速、教師と生徒で物資を運んでくれ。これだけの数と量だ。もたもたしていたらあっという間に夜になるぞ。その間、俺達で1階を護衛する」


 竜史郎さんの指示で、大熊先生と男子生徒達は行動に移すことになった。


 両腕が負傷中の僕は狙撃用M24ライフルから、自動小銃MK.23に持ち替えて、物資を運ぶ生徒達の護衛に当たる。

 っと言っても、みんなの後ろを往復して歩いているだけなのだが……。



「――少年、肩にぶら下げている『M24』を貸してくれ」


 護衛中、竜史郎さんが言ってくる。


「いいですけど、どうかしました?」


「向かい側の廊下を見ろ、人喰鬼オーガだ。黄鬼イエロー1体に青鬼ブルーが2体だ」


「可笑しいですね……来る途中、確かに一掃した筈なのに。一体どこから?」


「うむ。おそらく『反生徒会派』の連中だな。私達が不在な内に、またどこかから誘導してきたんだろう……まったく忌々しい!」


 唯織先輩が奥歯を噛み締めて苛立っている。

 普段は冷静沈着な彼女でも、ここまで妨害工作をされるとそうなるわな。


「ということは、兄さん。近くに『彼ら』がいるんじゃない?」


 香那恵さんに問われ、竜史郎さんは頷く。


「ああ、間違いない。連中のことは後回しでいいだろう。まずは、あの人喰鬼オーガ達だ」


「『黄鬼』なら、僕が人間に戻せると思うんですけど?」


 僕は進言すると、竜史郎さんはジャケットの胸内ポケットから小型の望遠鏡を取り出して向こう側の廊下にいる人喰鬼オーガを見据える。


 肉眼では『黄鬼』は女子生徒風であり、口の周りから胸元に掛けて真っ赤に染まっていた。

 それは腐敗によるものなのか、何かを捕食したものなのか不明だ。


「ふむ。あの『黄鬼イエロー』、目立った肉体の損傷は見られない……あれなら人間に戻しても大丈夫だろう。『黄鬼イエロー』だけ生け捕ることにしよう。『青鬼ブルー』は、ここから狙撃する」


 竜史郎さんは、僕から『狙撃用M24ライフル』を受け取り構えたと思ったら、すぐに引き金トリガーを引いた。



 ダァァァァ……ダァァァァン!



 一発目を撃ったと思ったら、余韻もなくボルトアクションを行い、瞬く間に二発目が発射される。

 僕には乾いた銃声が重なって聞こえた。


 まるで無駄な動作がなく、流れるような射撃技術に誰もが魅了されてしまう。


 けど竜史郎さん……今、光学照準器スコープを一切覗いてなかったような気がするぞ。


 しかし、弾丸は二体の人喰鬼オーガの頭部を正確に貫き、あっという間に斃してしまった。


「凄い……」


 讃嘆たる呟き。


「さっき望遠鏡で覗い際に、標的との距離は把握しておいたからな。それに大抵の人喰鬼オーガは動く的だ。用心もしなければ隠れもしない。だから戦場じゃまずやらない『遊び撃ち』ができる……少年は真似するなよ。狙撃手スナイパーに大事なのは確実性だからな」


 竜史郎さんは丁寧に教えてくれる。


 でも僕、狙撃手スナイパーになるって一度も言った覚えはないのだけど、評価してくれているようなのでありがたく聞いておくことにした。


「んじゃ、残りの『黄鬼』は、ちょっくらあたしが生け捕ってくるね~」


 彩花はギャル口調で言うと、改造シャベル持って廊下を疾走する。

 まるで弾丸のように足が速い。


 すぐさま、『黄鬼』と対峙すると、シャベルの柄の部分を使って感染者オーガの喉元を押えつけて床へと押し倒した。


「センパイ~、早くぅ~!」


 やばい、見入っている場合じゃない。

 僕は竜史郎さん達と共に駆け足で移動した。

 

 女子生徒の『黄鬼』は呻き声を上げて暴れようとするも、彩花は完全に押えつけて微動だにしない。

 小柄で華奢な身体なのに、やっぱり凄い力だと思った。


「ちょっと遅いんだけどぉ! はっ、まさかセンパイ……どさくさに紛れて、あたしのスカートがはだけるの期待しているんっすか!? エロ、そしてキモッ!」


「違うわ! 急に何を言い出すんだよ!? 普通に来るのが遅いだけだろーが! いちいちバカなの、お前は!?」


 ああ、クソッ!

 彩花が変なこと言うから、みんなにもそういう奴の目で見られそうになってんじゃん!

 特に女子達の視線、痛ッ!


「どうでもいいな……香那恵、少年から僅かばかり血液を抜いて、この『黄鬼』に接種してみてくれ」


「わかったわ。弥之くん、腕を出してもらっていい?」


「はい、どうぞ」


 僕は腕を差し出すと、香那恵は腰のポーチから黒いケースを取り出した。

 ケースを開けると『注射器』がセットになって入っている。


「香那恵さん、普段からそういうの持ち歩いているの?」


「誘導尋問用として、自白剤と一緒に兄さんに持たされているの。注射器は笠間病院で何本かくすねてきた物だけどね」


 やばいよ、竜史郎さん……。

 一体誰を自白させようとしてんだ?


 まさか唯織先輩じゃないだろうな……?


 香那恵さんは、僕の肘の内側にある静脈から手際よく採血を行う。

 流石は現役の看護師ナースさん。

 まるっきり痛くない。


 そのまま、彩花が取り押さえている『黄鬼』の腕に注射器の針を刺し込んで接種させた。



 刹那



「んぅうぐあぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」


 女子生徒の『黄鬼』は吐血し始め、悶え苦しみ出す。

 明らかに、これまでとは違う反応だ。


 その様子に、彩花も「うわっ、ばっちい!」と叫びながら離れた。


 『黄鬼』は吐血を繰り返し、身体を痙攣させて、やがて動かなくなる。


 赤い瞳孔から光が消え失せ、漆黒の眼球と周りの皮膚に複数の亀裂が入る。


 どうやら死んでしまったようだ。

 それは変種感染者オーガの楠田と同様の現象である。


 見ていた僕は愕然とした。


 ――何故だ!?


 どうして人間に戻らないんだ!?


 『黄鬼』は僕の血液で元の姿に戻れるんじゃないのか!?







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