第36話 初陣の狙撃




 装備を整えた僕達は、ロープ梯子を使って1階へと降りて行った。


 あれから使用しない銃器や弾丸等は、不在中に他の生徒達が触らないよう、副会長の富樫先輩と大熊先生の管理で生徒会室のロッカーに入れ厳重保管してくれたようだ。

 その鍵は竜史郎さんが預かっている。


「万一、何者かにロッカーをこじ開けられた際、その場で爆発するようワイヤーと手榴弾でトラップを仕掛けてある。解除できるのは、俺か訓練を受けたプロくらいだろう」


 竜史郎さんはしれっと言ってきた。

 慎重なのは結構だが生徒会室でなんちゅうことしてくれてんだ、この人?


「ねぇ、ミユキくん……聞いていい?」


「何んだい、有栖さん?」


「……うん、木嶋さんのこと。どう思っているのかなって……ごめんなさい。突然、変なこと聞いて」


「いや、別に。ただの幼馴染みだよ。有栖さんも知っている通り見限られちゃっているけどね」


「ひょっとして前のような関係に戻りたいとか思っている?」


「え? どうかな……昔は姉や妹みたいで情もあったし、付き合いやすかったけど……今のままじゃね。彼女、すっかり変わっちゃったから……確か中学の部活で一緒だった『渕田ふちだ 仁奈にな』って先輩の影響だったと思うよ。そう言えば、西園寺生徒会長と同じ学年でしたよね?」


 廊下を歩きながら、最後尾で歩く彼女に声を掛けた。


 その西園寺先輩は『短機関銃ウージー』を大事そうに握りしめながら、「うふふふ……」と口元を歪ましている。

 

「西園寺先輩?」


「ん? ああ、聞いているぞ、夜崎君。『渕田ふちだ 仁奈にな』か……あまり同級生を悪く言いたくはないが、私は彼女に好感を抱いていないのは確かだ。以前から、不良グループのリーダー格である『山戸 健侍けんじ』と付き合っているが、今では『反生徒会派』で手櫛の女として幅を利かせているという噂もある」


「え? 山戸の彼女……でも今は手櫛の女って何ですかその関係?」


「知らん。渕田の口癖は『男は将来性』らしいからな。自分の目に叶う相手を取っ替え引っ替えなのだろう」


 そうなのか?

 だとしたら、その影響を受けた凛々子も似たようなところがあるのは頷ける。

 

 渡辺と付き合いながらも、横目で笠間のことをじっと見ていたからな。

 まさかと思っていたけど、隙あればと思っていたのだろうか?


 どっちにしてもだ。


「……僕にはもう関係のない話だね」


 そう割り切ることにした。


「うん、そうだね。ミユキくんは今のままでいいと思うよ」


 有栖は満面の笑顔で頷いている。

 気のせいか、ほっと胸を撫でおろしたように見えた。


 けど、山戸はどういう心境なのかは正直気になる。

 事実上、元教師である手櫛に彼女を寝取られたようなものだろ?

 なのに、手櫛の手足として使われているのだから……。




 非常階段のロープ梯子から、1階に降りて廊下を移動する。


 間もなく、5体の感染者オーガに遠くから千鳥足で歩いてくる。

 僕達と同じ制服を着た『青鬼』達だ。


 視力が弱いこともあり、まだ僕達の存在に気づいていない。


 先頭を歩いている、竜史郎さんは立ち止まる。


「――妙だな。昨日、粗方片付けた筈だが? どこかのバリケードが破られているのか?」


「おそらく『反生徒会派』の連中だ。校庭や敷地内でうろつく人喰鬼オーガを誘導して、何体か1階へ放置させているのだ。私達を襲わせるためにな……こじ開けたバリケードをわざわざ直してくれてまでな」


「どうやって誘導を?」


 西園寺先輩の説明に、僕は疑問を投げかけた。


「方法は色々ある。音を鳴らして気を引き、血の袋をぶら下げて誘き寄せるなど……彼らが反旗を翻す前に、私が教えたことだからな」


「そういえば、この学園の籠城体制といい……全部、西園寺生徒会長が考えたんですよね?」


「ああそうだ。全て逃げながら観察して得た結論だ。伊達に多くの生徒と教師達が犠牲になり感染していく様をこの目で見てはいないさ……夜崎君」


 どこか悲しそうに微笑を浮かべる、西園寺先輩。

 周囲の裏切りやエゴに振り回されながらも、他の生徒達を守るため毅然として頑張っている。

 普通の女子高生なら、とっくの前に心が折れているだろう。

 自分を見失わず真っすぐ突き進む姿勢が、彼女の強さなのかもしれない。


「――兄さん。あれ、どうするの? まだ、私達に気づいてないようだけど」


 香那恵さんは聞きながら、刀の鯉口を鳴らした。


「あの程度の人数、あたしと姫先輩なら瞬殺だよ~」


 彩花が改造されたシャベルを翳し、ニッと白い前歯を見せる。

 この子の場合、過信じゃなく確信だろう。


「そうだな……少年、荷物を置いて、早速それを使ってみるか?」


「え?」


 竜史郎さんから、僕が肩にぶら下げている『M24狙撃ライフル』を差して提案される。


「今、ここで……ですか?」


「そうだ。今やらなきゃいつやる?」


「わ、わかりました……はい」


「心配するな。しくじっても、俺がフォローする。まぁ、シノブと嬢さんに任せてもいいが……弾の節約をしたいしな」


 だったら尚のこと、僕に撃たせたら駄目なんじゃ……。

 

 いや! いい加減、覚悟を決めなきゃいけない!


 ――戦う覚悟だ。


 でないと、ずっと有栖やみんなに守られて何もできないまま……。


 ずっと、陰キャぼっちのままじゃないか。


 僕は変わる……変わりたい。


 キャリーケースを下ろし、僕は先頭に立った。


 そのまま狙撃ライフルを構える。


「距離は僅か30メートル。屋内なので、特に配慮するところはない。頭部を狙って引き金トリガーを引くだけでいい……やれるか、少年」


「はい、やってみます……」


 竜史郎さんや他のみんなが固唾を飲んで見守る中。


 僕は光学照準器スコープを覗いた。


 近距離なので、人喰鬼オーガの顔がもろに十字の照準に映り込む。

 この引き金トリガーを絞るだけで簡単に決着がつくだろう。


 至極簡単なことだ――。


 仮想現実ゲームだと思えばいい。

 

 後は集中あるのみ。


 

 ――ダァァァン!



 銃口初速868m/秒で射出されたライフル弾は音速を超え、撃った直後の反動と重量が相俟って衝撃として身体に刻み込んだ。


「ぶっ!」


 銃弾が人喰鬼オーガの頭部に命中し、脳ごと頭蓋骨をスイカの如く砕き散開した。

 


 ドサッ



 首無しの胴体だけが、その場で倒れ伏せる。


 他の人喰鬼オーガ達は、ようやく僕の存在に気づき、こちらへと迫って来た。


 僕は次の弾丸を装填するためボルトアクションを行い、すかさず光学照準器スコープを覗いて狙いを定める。



 ダァァァン!



 二発目の銃声が鳴り響き、同じ工程と作業を繰り返しながら、また一発。


 さらに一発。続けてもう一発……約三秒弱の間隔で合計5発の弾丸を発射させた。


 全弾撃ち尽くす。

 気が付くと、その場にいた人喰鬼オーガを全員斃している。


「ほう……初陣とは思えない集中力だ」


 竜史郎さんは感心した声が背後から聞こえた。

 人から初めて、まともに褒められた気がする。

 

 妙に誇らしく、そして嬉しかった――。






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