第30話 決死の説得




「ミユキくん!?」


 僕の行動に、有栖が叫ぶ。


 だけど止めるわけにはいかなかった。

 この状況をなんとか出来るのは『仲介役』の自分しかいない

 無理矢理にでも、そう思い込む。


 そして、僕は抜いた拳銃の銃口を向ける。


 ――自分のこめかみ部分へと押し当てる形で。


「少年! 何をしている!?」


「銃を収めてください、竜史郎さん! 香那恵さんもです! じゃないと撃ちますよ、僕を!」


「弥之くん……」


「僕は本気です! 頑張っている、西園寺先輩に何かするのであれば……僕は、僕は!」


 もう自分で何を言っているか、思考が混乱してわからなくなっている。


 僕は人喰鬼オーガすら、まともに撃てないほどの臆病者だ。

 ましてや、恩のある竜史郎さんや香那恵さんに銃口向けるなんて真似はできない。


 だったら、もうこうするしかないと思った。


 ――また沈黙が流れる。


 今度は僕が起こしてしまった空気だ。


 陰キャぼっちで決して目立つことのなかった存在である自分が……。


 竜史郎さんは構えを意地したまま、じっと僕を凝視する。

 元々ポーカーフェイスの人だから何を考えているかわからない。


 香那恵さんは申し訳なさそうな表情で刀をカタカタ震わせていた。

 本来、正真正銘の白衣の天使である彼女がこんな暴挙に出るなんて余程の理由があると思う。


 だからこそ止めたい。

 あの優しい香那恵さんに戻ってほしいんだ。



 そして――。



 チャキッ



 竜史郎さんは銃を下ろした。


「――負けたよ、少年。大した根性スピリットだ」


「ごめんなさい、弥之くん……」


 香那恵さんも刀を下ろし、鞘に収める。


「……はぁ、はぁ、はぁ。よ、良かったぁ」


 僕も銃を下ろして、その場でへたり込んだ。


「だが勘違いするなよ。少年は貴重なサンプ――ぶほぉっ! い、いや、なんでもない……大切な仲間だからな」


 竜史郎さんはまた僕を『貴重なサンプル』だと言いかけ、隣にいた香那恵さんに鞘で脇腹を突かれている。

 やっぱり普段からそんな目で僕を見ていたんだな……。


「いや~、やるねぇ。カッコ良かったよ、センパイ」


 彩花はニヤつきながらも僕を褒め称えてきた。

 何気に、この金髪ギャルが一番イラっとする。

 あのまま、僕が死んだら、真っ先にお前の寝床に化けて出てやるからな!


「でもセンパイなら、リュウさんとカナネェさんを止められると思っていたけどね……」


「え? まさか、僕を焚きつけるために傍観者を装っていたのか?」


「……別にだよ。流石にセンパイがそこまでするとは思わなかったけどね~、意外と熱血だっつーの!」


 うっさいっての……。

 まぁ、彩花なりに何かを意図して薄情者を装っていたってところか。


 僕もある意味、竜史郎さんと香那恵さんなら、きっと理解してくれるという確信があった上で起こした行動だ。

 なんだかんだで二人のことは信頼しているからな……。


「ミユキくん……お願い。もう二度とあんな無茶しないで……自分の命だって大切な筈だよ、ね?」


「う、うん……ごめんね、有栖さん。心配してくれてありがとう」


 有栖は涙を堪えながら声を震わせて窘めてきた。

 少し怒り口調だったが彼女の優しい思いは伝わってくる。


 僕は申し訳なさと一緒に、ぐっと胸に込み上げるものがあった。

 


「夜崎 弥之君。私のことを庇ってくれて感謝する」


 西園寺先輩が立ち上がり頭を下げて見せる。

 この人、竜史郎さんに銃口を向けられても一切動じず表情を変えなかった。

 たった一つ年上の先輩とは思えない、見た目以上に肝が据わっているようだ。


「い、いえ……僕はそのぅ。どうして僕の名前を知っているんです?」


 僕は西園寺先輩と話したことなんて一度もない。

 よく幼馴染みで同じ生徒会の『笠間 潤輝』を尋ねに、彼女がクラスに来た程度。

 

 その際だって、僕は空気か景色扱い。

 目すら合わせたことなかったのに……。


「生徒会長として、美ヵ月学園に通う生徒の名前と顔くらいは覚えるようにしている。ただそれだけだ」


 それだけって……確か全校生徒、約480人くらいだよな?

 クラスで目立たない陰キャである僕の顔と名前まで記憶しているって凄いな。


「それに嬉しかった。私のことを頑張っていると言ってくれて……最近、自信を無くし、心も折れかけていただけにな」


「え? 生徒会長が?」


「ああ、そうだ……既に城田から聞いていると思うが、書記の笠間の件、それに離脱者や『派閥』の件も含め、全て私の不甲斐なさから起こってしまったこと……正直、生徒会長の資格はないと思っていたところだ」


「そんなこと……これだけ、きちんと感染者オーガ対策しているじゃないですか? ただ都市封鎖して何も救援してこない政府のやり方より余程素晴らしいですよ!」


「夜崎君……ありがとう」


 一瞬だけだが、西園寺先輩は表情を緩ませる。

 細い指先で眼鏡の位置を直すと、すぐに凛とした雰囲気に戻った。


 そのまま、真っすぐな瞳を竜史郎さんに向ける。


「久遠さんと言いましたね。私の父にどのような用があるのか知りませんが、生憎父とは連絡は一切取れておりません。最後に連絡が入った使用人からの話だと、私が籠城するようになってから屋敷に一度も戻っていないとのことです」


「キミには確か兄がいたな? 西園寺家の長男で西園寺財閥の次期跡取り、『西園寺さいおんじ 廻流かいる』だっけ? そいつとは連絡が取れないのか?」


「お兄様……いえ、兄も同様です。兄は研究者でもありますから、おそらく西園寺製薬の研究所ラボ人喰鬼オーガ用の抗体ワクチンを創っている最中なのかもしれません」


「ふん、前のウイルスワクチンも海外任せで大幅に遅れを取った国の研究所ラボで、そう簡単に抗体ワクチンを創れるわけがないだろ?」


 竜史郎さんの皮肉に、西園寺先輩は瞼を痙攣させた。


「この国は何より安全性を重視しているからです! 現に開発後はしっかりと国民の信頼を得られる確実な成果を生んでおりました! ですが今回は違う! 廻流かいるお兄様なら、きっと成し遂げてくれるでしょう!」


 初めて目の当たりにする、西園寺先輩の激昂した姿。

 にしても、お兄様って……ひょっとして彼女はブラコンなのか?


 その西園寺先輩の反応に、竜史郎は深く溜息を吐きキャスケットを被り直した。


「……失言すまない。この学園の様子を見る限り、キミ個人の人格は信頼できるものだと判断している。父親である『西園寺 勝彌かつみ』と連絡が取れないという証言は信じよう。だが娘である以上、心当たりくらいはあるだろ?」


「わかりません。ただ実家の屋敷か財閥本部である持株会社、それか西園寺製薬の研究所ラボのいずれかに行けば痕跡くらいは残しているかもしれません」


「なるほど……理解した。なら今から俺達と一緒に来てもらおう。娘のキミがいた方が、いちいち潜入しないで済むだろう?」


 竜史郎さんは直球すぎる要求を述べている。

 物分かりがいいのか悪いのか、よくわからない大人だ。


 当然、西園寺先輩は首を横に振るう。


「――無理です。私はこの学園を……生徒達を見捨てて自分だけ出ていくわけにはいきません」


 毅然とした態度で言い切った。

 

 その言葉に、隣で聞いていた有栖が自分の胸元を押えている。

 きっと自分は逃げた側だから心を苦しいのだろう。


 僕は嫌がられるかもしれないと思いながらも、彼女の肩にそっと手を触れて頷いて見せた。


 有栖は大丈夫だ。

 だって、それを払拭するために戻ってきたのだから――。


 そういう意味のつもりで。


 有栖は瞳を合わせ、にっこりと微笑を浮かべる。


(ありがとう。私は大丈夫だよ、ミユキくん)


 どうやら何らかの意図は伝わってくれたようだ。



「俺も妥協するつもりはない。その為に必死な思いで、この国に戻って来たんだ。本来なら無理矢理にでもキミを連れて行くつもりだったが、少年に死なれても困る。どうしたら一緒に来てくれる? この学園から脱出したいのであれば俺達が協力しよう」


 竜史郎さんなりの妥協案を西園寺先輩に提示する。

 

「そ、それは……」


 西園寺先輩は言葉を詰まらせる。


 彼女だけでなく、副会長の富樫先輩。

 それに教師である大熊先生と御島みとう先生まで難色の表情を浮かべている。


 一体、何があるっていうんだ?





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