第11話 憧れの子からの告白




「夜崎くん……ちょっとだけ痛いかな」


「ご、ごめん!」


 僕の耳元で姫宮さんが控えめに呟く。

 慌てて謝罪を交え彼女から離れる。


 つい調子に乗って抱擁してしまった。


 陰キャぼっちが、よりによって憧れの学園三大美少女に対してなんてことを……。


 一方の姫宮さんは僕を毛嫌いしたり咎めたりしない。

 可愛らしくほんのりと頬を染めている。


 やっぱり天使だよなぁ……。


 いや、見惚れている場合じゃないでしょ!


 僕達二人は互いに支え合って立ち上がる。


「姫宮さん、大丈夫? 何ともない?」


「うん、大丈夫。もう苦しくないよ……普通にお腹空いちゃったけどね」


「え? そ、そう、食べる?」


 僕はさっき彼女に噛まれた首筋を見せる。


「い、いいよ! もう、そういうのじゃないんだから! それより、私の歯型がついて血も出ているよ……痛かったよね? ごめんなさい」


 姫宮さんは申し訳なさそうに謝りながら、制服のポケットからハンカチを取り出して、傷ついた首筋に優しく当てて止血してくれる。


 やっぱり優しいなぁ。

 彼女の歯形なら跡が残っても勲章だわ。


 でもどうして、姫宮さんは元に戻れたんだろう?


「――どうした少年、どこに行ってたんだ? 一人でちょろちょろしたら危ないだろ?」


 竜史郎さんが僕の不在に気付き探してくれたようだ。


「あら、弥之くん。彼女いたんだぁ、意外と隅に置けないわね……」


 香那恵さんが微笑みながら近づいてくる。

 何故か目が笑っていない。


「え? ああ、この子は、そのぅ……僕と同じクラスメイトでして」


 紹介しようとすると、姫宮さんは僕の背後に隠れて小動物のように震えている。

 かわいい……いや、そうじゃない。

 きっと、武装している二人が怖いんだ。

 特に竜史郎さんなんて、ごっついライフルを肩にぶら下げているからな。


「姫宮さん、大丈夫だよ。この人達、怪しいけど怖い人達じゃないからね」


「フォローになってないぜ、少年。まぁ否定はしないがな」


「あら、弥之くん……首筋のところ怪我しているの? って、噛み跡じゃない!?」


 香那恵さんの言葉に、竜史郎さんは反応し咄嗟に『M16』の銃口を僕に向ける。


 すると姫宮さんが僕の前に出てきて両腕を広げた。


「夜崎くんを撃つなら、まず私を撃ってください! これは私が彼を噛んでしまった傷跡なんです!」


 あの姫宮さんが必死に僕を庇ってくれるなんて……。

 なんか凄ぇ嬉しい!


「キミが少年を噛んだ? しかし嬢さん、キミはどうみても感染者オーガには見えないが……今時の高校生カップルはそういうプレイが流行っているのか?」


 色々と勘違いをする竜史郎さんはチラッと、僕達と近い年代の妹に向けて視線を送った。


「知りません!」


 何故かご立腹の香那恵さん。


 こりゃ、正直に説明した方がいいと思った。

 僕は二人に向けて事の経緯を説明する。




「――そうか、嬢さんは感染者オーガの初期症状で『黄鬼イエロー』になっていたんだな?」


 竜史郎さんが問い質すと、姫宮さんは頷く。


 彼女はソックスを捲ると、そこに何者かに噛まれた歯型がついていた。


「丁度、二日前です。自分を見失いながら飢え死にしそうな思いで延々と彷徨っていました。できるだけ誰もいない場所に……そして夜崎くんに声を掛けられても頭では駄目だってわかっていても衝動に駆られてしまい、つい」


 申し訳なさそうに、僕をチラ見しながら正直に語ってくれる。

 感染者オーガになっていた記憶もしっかり残っているようだ。


 確かに僕を襲った時、姫宮さんには自我があった。

 それでも捕食衝動が彼女を蝕み、凄く苦しそうだった。

 自ら死を望んだ言葉は、微かに残った彼女の良心だったのだろう。


 僕はどうしても姫宮さんを撃つことができなかった。

 彼女が満たされればと自分から受け入れてしまったくらいだ。


 それが正しいかったのか間違っていたのかわからない――。


 けど、今はこうして元の状態に戻っている。


 綺麗で優しい、姫宮さん。


 たとえ運がよかった。結果オーライだとしても。


 今の僕に後悔は一切ないと言い切れる。



「問題は何故、嬢さんが人間に戻れたかだ。これまで人喰鬼オーガが人間に戻れた事例はない筈……感染してから発症まで個体差があるも、黄鬼イエローになってしまえば三日後、つまり72時間くらいで青鬼ブルーになってしまう……一体何があったんだ?」


「――まさか、弥之くんを噛んだから?」


 香那恵さんは呟く言葉に、全員から視線を集める。


「ごめんなさい……変なことを言っちゃって」


「いや、香那恵じゃないが、少年が笠間病院の地下室で監禁されていたこと……『患者リスト』に名前が載っていた点を踏まえればあり得なくもない」


「どういう意味ですか?」


 僕は聞くと、竜史郎さんは首を横に振った。


「いや、あくまで憶測の範囲だ……まだ断定できる段階じゃない。余計な情報はいたずらに少年を混乱させるだけだろう」


「はぁ……」


 何が言いたいのかわからない。

 僕の身体に何かあるっていうのか?


「ところで、少年は噛まれて何か症状はないのか?」


「いえ、別に……」


「そうか……嬢さんも含めて5時間は俺達に近づくな。半径2メートル以上の距離を保てよ」


 竜史郎さんは腰回りのホルスターから自動拳銃ハンドガンを抜き威嚇してくる。

 どこかハブられている感じで、ちょっとムカっとした。


「何故ですか? 理由を説明してください」


「感染を疑っているからだ。感染した奴は個体差があり、約1分から5時間くらいで発症し黄鬼イエローになる。気を許して不意を突かれたらイラっとするんだよ」


 なるほど……最もな主張かもしれない。

 イラっとするだけで済ませるのは竜史郎さんらしいけど。


「……あのぅ、私はどうすれば?」


 姫宮さんは聞いてくる。


「少年の彼女なら一緒に来るといい。俺達は丁度、美ヶ月学園に行くところだからな。嬢さんも来てくれるなら、より警戒されずに相手側も受け入れてくれるだろう」


「は、はい……」


 どこかよそよそしい、姫宮さん。

 きっと竜史郎さんに僕の彼女と勘違いされて嫌なんだろう。

 ちゃんとした彼氏がいる人だからな……。


 僕的には嬉しすぎる誤解だから、一時だけでも浸らせてもらおう……ぐすん。



 こうして、姫宮 有栖さんも一緒に同行してくれることになった。

 それから母校である美ヶ月学園へと足を運ばせる。



 姫宮さんは丸二日間くらい何も食べていないので、また無人のコンビニや自動販売機で食料を調達してすることになった。


 僕にとっては昨日の今日での終末世界なので、無断で拝借することになんだか罪悪感が芽生えて気が引けてしまう。

 役に立つかわからないが、一応財布も持ってきているので、いくらかお金をカウンターに置いて去って行く。



「少年、俺達の分の食糧をそこに置け。5時間だ、それが経過するまで近づくなよ」


 竜史郎は拳銃を構えて指示してくる。


「慎重なのはわかりますけど、僕だっていい加減に怒りますよ!」


 人をパシリにしておいて随分な扱いだ。



 誰もいない見晴らしの良い公園で食事を摂ることにした。


 感染疑いのある僕と姫宮さんは、二人の大人から離れて食べることになる。

 万が一、感染者オーガが現れても竜史郎さんが射撃してくれるそうだ。


 複雑な心境だが、こうして憧れの姫宮さんと並んで食べて幸せすぎる。


 しかも二人っきりって……学校じゃ絶対にあり得ない。


「――凄いね、夜崎くん」


 お腹が満たされた姫宮さんは僕に向けて微笑んでくれる。


「え? 何が?」


「だって、あんな銃と刀を持った人達と対等に話せるなんて……」


 確かに竜史郎さんは目つきが悪いからな。

 香那恵さんもナース服に日本刀を装備って違和感満載だし。


「二人とも命の恩人だからね……それに大人なのに凄くフランクなんだ。だから接しやすいというか、つい対等になってしまうというか」


「……うん、そこはわかるかな」


 姫宮さんの端整な横顔。

 自然と胸が高鳴ってしまう。


「あのぅ、姫宮さん」


「なぁに?」


「まさか一人で逃げてきたの? みんなと学校で立て籠もらなかったの?」


「……答えなきゃ駄目?」


「いや、別に嫌なら……」


 僕は彼女に野暮なことを聞こうとしている。

 けど、どうしても気になって仕方ないんだ。


 彼氏である『笠間 潤輝』のことが……。


 姫宮さんは空を見上げる。


「――逃げてきたの。ジュンくんと……学園のみんなを見捨てて」


「え?」


 その瞳は涙がいっぱいで溢れていた。






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