第8話 空白の一カ月間
途中、他の生存者は見かけず、その代わり連中が食い漁った残骸が腐敗臭と共に疎らに見られている。
街灯はついているも、通りかかる住宅やマンションには電気や明かりが見られない。
荒廃した都市。
――まさに終末世界。
「い、生きている人間はいないんですかね……警察は?」
不安しかない僕は泣き出しそうな声で聞いてしまう。
「大丈夫よ、弥之くん。生きている人間もちゃんといるわ。バラバラだけど、大抵の人達は一ヵ所になって避難しているみたいよ」
香那恵さんは慰めるように、優しく僕の腕を組んでくる。
初めて密着された優しい温もりと二の腕に当たる柔らかく張のある素敵な感触。
耳にかかる甘い吐息……。
女性に免疫のない、僕は顔中が真赤になり、背筋がぞくっとして心臓が跳ね上がってしまう。
けど嫌じゃない。
こんな綺麗な美女に密着されて嬉しい。
それになんて癒されるのだろう。
ふと憧れの姫宮さんが、頭の片隅に過ってしまうが……。
「警察も一応は機能しているみたいだ。時折、パトカーを見かけるからな。自衛隊は各エリアで検問をしているようだ」
「検問? なんのために?」
竜史郎さんの話に、僕は照れ隠しで聞いてみた。
「ラジオでも、まだ政府からの公表はないが、きっとこの
「オーガを出さないって……隔離目的ですか? ってことは、
「いや、
クラスターを防ぐための都市封鎖か……。
どっちにせよ、とんでもない事態には違いない。
ようやく僕が住むアパートへと辿り着いた。
記憶では昨日の今日なのに、随分と懐かしい気持ちになる。
事実上、一ヵ月ぶりだもんな……。
早速二階に上がり、ドアノブに手を添える。
「――空いている」
僕が呟いた瞬間、竜史郎さんが肩をぐいっと掴んで引っ張って来た。
「少年、念のため土足で確認させてもらうぜ」
冷静な口調で言いながら、肩に下げていた『M16』を構え、足音を潜めながら家の中へと入って行った。
香那恵さんが彼に続き、僕も後について行く。
「誰もいないようだ。室内も特に乱れていない……」
竜史郎さんの言葉に、僕は緊張の糸が溶けた。
この家に
反面、美玖と母さんが不在なのが気になる。
特にしっかり者の妹が鍵を開けたまま外出するなんて……よっぽど切羽詰まって逃げ出したのだろうか?
香那恵さんの話だと、生存者は一ヵ所で固まって避難しているみたいだし。
あるいは……既に――。
考えたくない。
でも考えてしまう。
ここまで来るだけで、あれだけの
「美玖……」
つぅっと頬を伝って涙が溢れ落ちた。
仲が良く可愛いかった妹の姿が過っている。
「少年、気持ちはわかるがネガティブにならない方がいい。俺も香那恵が生きていると信じた上で密航までして、こうして無事に会えたんだ。希望は糧になり可能性を生むことを忘れるな」
竜史郎さんが僕の肩に手を添え言葉を投げかけてきた。
初対面の僕に対して、自分の身内のように気を遣ってくれる。
怖そうなのに不思議な人だ。
僕はぐすっと鼻を鳴らして涙を拭いた。
まだ絶望するのは早すぎる。
気持ちを切り替えた。
「竜史郎さんはどうして日本に? 香那恵さんが心配だったから?」
「……それもあるが、それだけでもない。少年の部屋に案内してくれるか?」
「わかりました」
肝心なことは何も話さない人だけど信頼はできると思い、僕は二人を自分の部屋へと案内する。
「ブラボーだな」
「今時の男子ってみんな裕福なのね」
薄明りの中、僕の部屋を一望した二人が呆れた口調で漏らしている。
「ウチは特別というか……母が父の遺産とやらで贅沢三昧していたというか」
「まぁ、他人の家だ。早速、PCを立ち上げてくれないか――ん?」
竜史郎さんはハンガーに掛けていた服を見て首を捻っている。
僕が学校へ着ている制服だ。
彼は革ジャンの内ポケットから、スマホを取り出して何かを検索している。
電気も繋がっているからか、Wi-Fiも繋がっているようだ。
そこだけでも、まだ安心する。
竜史郎さんは画面を何かを検索し、ニヤリと口角を吊り上げた。
「――美ヶ月学園高等学校の生徒とは……少年を助けて正解だったよ」
「え?」
「後で説明する。早速、立ち上げてくれ」
僕は椅子に座り、言われるがままパソコンを起動させる。
香那恵さんがUSBをコネクトに差し込む。
あのUSB……胸の谷間に挟んでいたやつだ。
そう思うだけでドキドキしてしまう思春期の僕。
「あっ、駄目ですね。このままじゃ開けないですよ。専用のソフトがないと……」
「だそうだ、香那恵」
「私は兄さんの言われるがまま、データーをコピーしだけよ!」
急に揉め出す二人。
戦闘能力は抜群だがパソコン操作が苦手のようだ。
何気に僕と美玖のやり取りを思い出してしまった。
フフ。
自然と微笑が零れる。
「でもこの拡張子なら、フリーソフトで開くことくらいはできるかも……幸いネットは繋がっているし」
「そうか、少年。頼む」
竜史郎さんに頼まれ、僕はソフトをダウンロードして操作してみる。
ちなみに僕のパソコン知識は一般よりちょい上程度だぞ。
少なくてもハッキングなんてできないからな。
Enterキーを押すと何かが映し出される。
専用ソフトじゃないから結構文字化けしているも何かの名簿のデーターだとわかった。
「ふむ、まぁ読めればいいだろう」
言いながら竜史郎さんはスマホを構え、パソコンの画面に映っている内容を撮影して記録に収めている。
「なんですか、これ?」
「――笠間病院の顧客リストだ。
「顧客? 病院なのに……患者とかの? 政治家とか要人なんかの?」
「それもあるようだ。だが俺の目的はそこじゃない」
「竜史郎さんの目的……」
「少年、『
「西園寺製薬……詳しくは知りませんけど、僕の学校にいる生徒会長の実家が、その会社を経営していると聞いています」
僕の返答に、竜史郎さんは「グッド」と呟き親指を立てる。
「ああ、そうだ。日本屈指の製薬会社であり世界的にも名が知れ渡っている。その生徒会長の父親は長者番付にも名と顔が載るほどの有名人だ……
あの威厳に溢れた眼鏡美人の巨乳生徒会長こと『
「竜史郎さん、その人に何か用でも?」
「ああ、
「え!?」
「これを見て見ろよ、少年」
竜史郎さんは画面に指を差した。
一部、文字化けしているが、僕の名前っぽい。
「何ですか、これ?」
「患者リストには臓器など売買した対象者と被験者達の名前が載っている。西園寺製薬は『とある国』を経由して、ある実験をしていたようだ」
「とある国で実験? なんの?」
「そこまではわからない……案外、奴ら
「看護師ですら知らない?」
僕はすぐ香那恵さんを見つめた。
彼女はこくりと頷く。
「弥之くんが入院した次の日……キミは忽然と姿を消したのよ。私は担当医の谷蜂先生に尋ねると、『昨夜、家族が迎えに来て半ば強引に退院した』って説明してきたわ。理事長にも許可を頂いた上だってね。でもすぐ嘘だってわかった……だってその後、キミの妹さんとお母さんが病院の受付にいたのを目撃したから」
「それで、母さんと妹は?」
「谷蜂先生がやって来て、何かを説明していたわ。妹さんは一人で帰ったみたいだけど、お母さんだけが残って谷蜂先生と理事長室に向かったようね。それからどうなったかわからないの……ごめんなさい」
香那恵さんは申し訳なさそうに頭を下げて見せる。
一体、僕が意識を失った空白の一ヶ月間で何が起こったというのだろうか?
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