第7話 病院脱出




 間違いない。


 僕の担当だった看護師さんだ。


 でも、どうして香那恵さんがここにいるのだろう?


 しかも日本刀まで持って……。

 よく見ると、スカートに隠れた柔らかそうな右太腿にレッグホルスターが巻かれ拳銃が装備されている。


「久しぶりだね、弥之みゆきくん。元気そうでよかったわ」


 色白な頬に自分が斬り殺した幼女の血痕を付着しながらも、香那恵さんは優しく微笑を浮かべている。

 いくら癒し系の美人スマイルでも、その異様な姿に違和感しかない。


「か、香那恵さん……どうしてここに?」


「そこにいる私の兄さんと一緒に潜入してたのよ。けど意地悪ね、竜史郎兄さん!」


 香那恵さんは怒り口調で僕の背後でライフルをぶっ放している、竜史郎さんに向けて言い放った。


「何がだ、香那恵?」


 振り向かずに、ひたすら作業的に感染者オーガの頭部を撃ち抜いている。


 てか、兄さんって……同じ苗字だと思ったら、やっぱり香那恵さんの兄貴だったのか。


「弥之くんが襲われそうになっているのをわかっていて助けようともしないなんて! 彼は一カ月間も監禁されていたのよ!」


「自分の身は自分で守れと伝えて銃を渡している。たとえ相手が幼い容姿だろうとオーガとなった以上は殺らなきゃ食われてしまう……少年が自分の身体で覚えることだ」


「ここは日本よ! 兄さんのいた紛争地の子達とは違う! 弥之くんは普通の高校生なんだからね!」


「このご時世でよく言う……俺からすれば、今の世界でどこにも安息の地はない。生き延びたいなら戦うしかないんだよ。命が燃え尽きるまでな」


「けどぉ!」


「ちょ、待ってください!」


 僕は思わず、喧嘩し出す二人の間に割って入ってしまう。


「僕のことなら大丈夫です! だけど、まだ状況が飲み込めなくて……」


「そっか……ずっと地下室で監禁されていたから無理もないよね」


 香那恵さんは瞳を細めハンカチを取り出し、返り血を浴びた僕の頬を優しく拭いてくれる。


「す、すみません……そのぅ」


「大丈夫よ。血液感染はしないわ。空気感染もないみたい……噛まれなければ問題ないわ」


 やっぱり優しいな、この人。

 さっきは、それこそ鬼神の如く感染した幼女の首を容赦なく斬り刎ねたのに。


「――チィッ、キリがない。香那恵、ここにはもう用はない。脱出するから、フォローしてくれ」


「わかったわ」


「あのぅ、僕は?」


「少年もついて来い。聞きたいこともあるしな」


「はい、わかりました」


 僕は病院を脱出するため、大人しく竜史郎さん達について行くことにした。


 どの道、一人じゃ何もできないしな……。


 その後も竜史郎さんが、M16を構えて機敏な動作で青い皮膚をした感染者オーガ達の頭部を次々と狙撃し撃ち抜いて進んで行く。


 溢れていく、感染者オーガを香那恵さんが見事な太刀捌きで首を刎ねている。

 素人じゃない洗練された動きだ。


 しかも人を斬ることに一切の躊躇がない。


 さっきまで垂れ気味だった目尻も吊り上がり、人格が変貌したかに見える。


 白衣の天使から血塗れの斬鬼へと――。



 こうして二人が感染者オーガ達と戦い回避する中、僕は拳銃を握りしめたまま彼らの背後で金魚の糞のように必死でついて回った。

 皮肉にも衰えていた両足のリハビリにもなっている。


 途中、自分が病衣姿で素足であることに気付き、斃された医師の革靴を拝借した。

 サイズは大きいがこの際仕方ない。



 非常階段を昇りて、一階フロアに到着する。


 竜史郎さんは懐から、擲弾てきだんこと手榴弾をロビーに向けて放り投げた。


「耳を塞げ、少年」


 鼓膜を突き刺すような爆音が鳴り響き、感染者達オーガは吹き飛んでいる。

 その隙に、僕達はロビー内を急いで疾走していく。


 現に感染者達オーガ達は傷だらけにもかかわらず、何事も無かったかのように起き上がっていた。


 中には片腕が吹き飛んでいる者、腹部が抉れて臓物が出ている者もいる。

 話通りだ。どうやら頭部を攻撃しない限り、延々と人肉を求めて彷徨い歩く存在である。


「うぷっ……」


 僕はグロさに何度も吐き気を催し口元を抑えながら、無心を装い二人の後ついて行く。

 最早、現実逃避する余裕すらなかった。



 病院の正面玄関の扉を抜けると、竜史郎は室内に向けて手榴弾を放り投げる。



 ドォォォン!



 その轟音は外で彷徨っていた感染者オーガ達にも反応し、こちらへと向かってくる。

 けど、自分から目立つように招き寄せるなんて、一体何を考えているんだ?


「少年、物音を立てずゆっくり歩け。念のため息も止めておけよ」


 竜史郎さんは言うと、ライフルのスリングベルトを肩に掛けてゆっくりとした歩調で歩き出した。

 香那恵さんも刀を鞘に収め、同じように歩く。


 僕は病衣と拳銃以外は何も装備していないので、肺に空気を吸い込んで息を止める。

 黙って二人の後について行くことにした。


 すると感染者オーガ達は呻き声を発し近づいてくるも、僕達をスルーして煙を出して何かが崩れている病院内へと入って行く。



 僕達は無事に笠間病院を脱出することができた。



 二分後、人気のない路上にて。


「そろそろ、いいだろう……」


「ぷっはーっ! マジで窒息死するところだったわ! でも、どうして僕達は見逃されたんですか!?」


「青い皮膚した感染者オーガ……日本じゃ『ブルー』また『青鬼』と呼ばれているようだが、見ての通り知能が劣化した状態だ。主に嗅覚と聴覚で活動している節がある」


「それで、最後に病院のロビーに手榴弾を投げておびき寄せたと?」


「ああ、その通りだ。嗅覚も人間の血には敏感らしいが、感染した者同士を襲う習性はなく、こうして『青鬼ブルー』の血を身体に塗り付けることで一時的に回避することができる」


 竜史郎さんは言いながら、自分達の身体に浴びた感染者オーガの返り血を示した。


「他の五感も、ある程度は有しているようだがよくわからん。全て戦いながら捕縛しつつ考察した範囲だからな」


 プロの傭兵故ってわけか。

 にしても凄ぇな……。


「兄さん、言われた通り地下の医事課から『例の重要データ』を抜いてきたけど、これからどうするの?」


 香那恵さんが、白衣をはだけさせ豊富な胸元からUSBを取り出して見せる。

 一体どこから出すんだ?

 見た感じは癒し系のお姉さんなのに……実は妖艶セクシー系のお姉さんなのか!?


「PCのあるお宅に入り込めばいい。幸い、遊殻ゆから市の発電所は生きているからな」


「そのPCがロックしていたらどうするの? 私、そんなに詳しい方じゃないわ。兄さんは?」


「……いざって時は電気屋でPCを拝借すればいいだろう」


 竜史郎さんは誤魔化すかのようにスキャットを深く被り直している。

 この人も詳しくない方らしいと思った。


「あ、あのぅ。よろしければ、僕の家に行きません? ここから歩いて行ける距離ですし、高性能なパソコンもありますけど」


「いいのかい、少年」


「はい。僕もこんな格好だし、家族のことも気になるので……」


「わかった、厄介になろう」


 こうして僕が住むアパートへ行くことが決まる。


 途端、家族の安否が気になってしまった。


 特に僕の大切な妹……。


 美玖、どうか無事でいてくれ――!






──────────────────

《物語解説》


遊殻ゆから

 主要舞台。とある太平洋沿いにある地方都市。人口は約200万人ほど。

 地形として山地から丘陵地、扇状地、平地となっており市域の約6割は南西部に広がる山地である。

 ユカラ…アイヌ語で叙事詩を意味する(ちなみに北海道が物語の舞台ではない)。




──────────────────


お読み頂きありがとうございます!


もし「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、

どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る