第6話 思わぬ再会




 久遠くおん 竜史郎りゅうしろう


 黒ずくめの男は、そう名乗った。


 さっき他国から来たみたいな言い方していたけど、この人やっぱり日本人じゃないか。

 思いっきり怪しい人だけど、危機を救ってくれたのに変わりない。


 僕は頭を下げて見せる。


「では竜史郎さん。改めて助けてくれてありがとうございます。僕は、夜崎 弥之みゆきっていいます」


「そうか。よろしくな、少年」


 いや名前、名乗ってんじゃん。

 名前で呼んでくれよ。


 ひょっとして他人の話を聞かないタイプか?


 まぁ、いいや。

 とにかく、今の僕にできること――現状の情報収集だ。


「ところで竜史郎さんは、どうして病院に? その『M16』はどこで手に入れたんですか?」


「これは私物だ。日本もパンデミックでヤバいって聞いたからな。密航して同時に裏ルートで持って来たんだ」


 み、密航!? 裏ルートだって


「何者なんです……あなた? そんなに悪そうな人には見えないんですけど?」


 ライフルを持った男を相手に、普通ならここまでぐいぐい聞けないけど、何故かこの竜史郎って人には聞けてしまう。


 なんていうか……誇り高いというか、高潔な雰囲気を感じてしまうんだよな。


 僕の問いに、竜史郎さんは戸惑いながらも「まぁ、別にいいか」とボソッと呟いた。


「正直に言うと、俺は『傭兵』をやっていた」


「よ、傭兵? 日本人なのに?」


「そんなに珍しい話じゃない。少年くらいの頃だ。ある理由で海外に行き年齢を偽って外人部隊に入隊したんだ。それから各国の紛争地を回って最終的にはアメリカの軍事会社に落ち着いたってクチさ」


 マジかよ、この人。

 本物の傭兵だってのか?


 そういや、床に倒れている青い男……。


 グロいから見ないようにしていたけど、正確に後頭部だけを撃ち抜いている。

 偶然じゃなければ、相当高い射撃技術を持った人だ。


「どうして笠間病院に? 身内の人って誰ですか?」


「……それは言えない。身内は会えばわかると思う」


 理由は言えないか。

 助けてもらってしつこく聞くのも失礼だ。


 それに初対面である僕の質問に対してウザがらず、竜史郎さんなりに誠意を持って答えようとしてくれている。


「他にも、僕を襲った青い人間……感染者は病院内にいるんですか?」


「ああ、そうだ。潜入してブッ斃しながら、ここまで来たからな。きっと、この部屋から出たら病院内がウイルス感染した、こんなバケモノでいっぱいだぜ」


「ウイルス感染……外では、こんな青色に変貌して凶暴化した人間ばかりがいるなんて……なんなんだ、このウイルスは?」


「さぁな……感染にも段階があるようだ。噛まれた人間は最初に全身が黄色くなり、やがて青色に変わっていく。皆、感染した直後から理性を失い人肉を求めて噛みつき、次々と感染者を増やしていくようだ。そのままボロ雑巾のように食い殺される人間もいる」


 何だよ、それ……既にB級ホラー映画じゃないか。


 噛みついて感染させるって……まるで、アレだよアレ。

 

「……ゾンビ」


屍鬼ゾンビか……確かにアメリカ辺りじゃそう呼ばれていたな。俺が戦っていた紛争地ではグール屍喰鬼と呼んでいた。けど日本じゃ『鬼』あるいは、こう呼ばれているらしいぜ」


 竜史郎さんは一端間を置き、感染者の敬称を言った。



 ――人喰鬼オーガ



「オーガ……?」


 僕は復唱して呟く。



 ギャアアアア――!



 どこからか、悲鳴が聞こえた。


「ふむ。『あいつ』だな……どうやら、お喋りしている暇はなくなったようだ。行くぞ、少年。まずはここから出るぞ。続きはそれからだ」


「え? あ、はい。でも本当にいいんですか? 僕なんかが一緒で……足手まといになるんじゃ……」


 控えめに聞く僕に、竜史郎さんは鋭い眼光でじっと見据えてきた。


「別に構わんよ。乗りかかった船ってやつだ。少年だって、いつまでもここで引きこもるわけにもいくまい。その代わり、自分の身は自分で守れよ――」


 ほらっと、竜史郎さんは言いながら、腰裏のガンホルスターから拳銃を取り出して僕に渡した。


 ――FN ブローニング・ハイパワー。


 各国で多くの軍隊から警察に至るまで制式採用されるほど有名な自動拳銃ハンドガンだ。


 これも私物……てか本物?

 生まれて初めて触る……冷たくずっしりと重い。


「少年、銃を撃つのは初めてか?」


 銃を両手で持ったままフリーズしている僕に、竜史郎さんは首を傾げて聞いてくる。


「ここは日本ですよ? あるわけないじゃないですか……まぁ、FPSが得意だから撃ち方なら、なんとなくわかりますけど……」


 一ヶ月間、昏睡状態で目覚めたばかりの低下しきった身体で拳銃なんて撃てるだろうか……いや、そもそも僕に技量があるか疑問だ。


 てか、そのライフルといい、日本になんっつう物騒なモノ持ち込んでいるんだよ、この人?

 

 竜史郎さんは「そうか……」といい、僕から自動拳銃ハンドガンを取り上げて、自分のホルスターに収納した。

 すると、今度は足首に隠匿して携帯する予備サブ小型拳銃コンパクトガンを抜き、僕に差し出してきた。


「これは?」


「サブコンパクト。至近距離なら、奴らオーガの脳を破壊することはできるだろう。そこが最も弱点らしいからな」


 スミス&ウェッソンM&Pシールド。9mmパラベラム弾。

 全長が掌に収まるサイズの拳銃だ。


 結局、銃を渡されるのか……。

 ゲーム上の知識があるってだけで、撃ったことないって言っているんだけど。



 それから僕は竜史郎さんと共に部屋を出ることにした。


「がぁ! ぐがぁあぁぁぁぁ!!」


 血痕が無数に飛び散る廊下を歩いていると、青い皮膚をした感染者オーガが襲ってくる。

 医者の服を着ており、歩行が千鳥足でおぼつかず動きが遅い。


「少年。さっきも言ったが、頭部つまり脳が弱点だ。それ以外はどこを攻撃しても襲ってくる。首を切り離しても有効のようだ」


 竜史郎さんは冷静に説明しながら、M16で正確に頭部だけを撃ち抜いている。


 一体だけなら、それほど脅威には見えない。

 だけど、進むにつれ数が増えている。


 患者から看護師の格好をした者、一般人も含めて。

 説明を受けた通り、院内にいる全ての人間が感染しているってのか?



「う、うう……」


 背後から声が聞こえた。


 僕は振り向くと、病衣を着た小さな女の子がこっちへ向かって歩いている。


 やっぱり全身が青い皮膚で白目部分が黒く瞳孔が赤い。

 口の周りに血液が付着しており、あからさまに誰かを襲ったと思われる。



 チャキ。



 僕は両腕を前に突き出し拳銃を構える。


 やや半身で方足を前で、利き手を真っ直ぐ伸ばし、もう片方の手で拳銃を添える『ウィーバースタンス』だ。

 映画やゲームキャラの兵士はこの構えが多い。


 あとは安全装置セーフティレバーを解除して、女の子の頭部を狙って引金トリガーを引く。


 それだけだ。


 ……それだけなのに。



 ――撃てない。



 一瞬、美玖の姿が過ってしまった。


 ましてや、この女の子……美玖よりもずっと小さい幼女。


「うぐあぁあぁ~」


 幼女はふらふらとした足取りで両腕を掲げ、こっちへと迫ってくる。

 もう十分な至近距離なのに引金トリガーが引けない。


 竜史郎さんは僕の背後で鼻歌を口にしながら、ライフルをぶっ放して他の『オーガ』達を斃している。



 クソォッ!



 撃て!



 撃てよぉ!


 頭じゃ念じるも指先が震えて動かない。


 駄目だ……噛まれるゥ!


 瞬間



 斬――ッ!



 目の前で幼女の首が宙を舞った。


 鮮血を噴出している胴体だけが床に倒れ、真赤な液体が足元まで広がっていく。

 僕は銃を構え、血飛沫を浴びた状態のまま動けない。


 ただ呆然と、横一文字に『日本刀』を振るった人物の姿に魅了していた。


 複数の血痕が付着したワンピース型の白衣を着た女性。


 見覚えのある茶髪のハーフアップ、優しくておっとり系の美人看護師。


「大丈夫? 怪我はない?」


 優しい声質で僕の安否を気にしてくれている。


 この病院に搬送された時、最初に対応してくれた看護師でもある。



 ――久遠 香那恵かなえさんだった。






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