第4話 青い人間




「どうして?」


「受け入れの際、担当医の谷蜂先生が弥之くんを感染者扱いにしちゃってね。それから検査で問題なかったようだし、感染リスクも少ないと判断されてこの病室に移ったのよ。万一もあるから個室部屋でね。見解では心因性ストレスの可能性も疑っているわ」


 それを含めての検査か。

 担当医はイッちゃっているけど病院自体はまともに運営しているようだ。


 明日には、美玖に会えるだろう。


 流石に母さんも見舞いにくらい来てくれるだろうか?

 でもあの二人、あんまり仲が良くないから中間ポジの僕がいないと心配だ。

 

 そう思いながら、僕は天井を見ていた。




 夜になり、点滴が終わる。


 しばらく経っても看護師は来ない。


 この時間だから担当の香那恵さんは帰っただろう。

 きっと夜勤の看護師が処置してくれると思うのだけど一向に来る気配はない。

 

 ナースコールを鳴らして呼ぶしかないか。


 そう思った矢先。



 ガラッ



 病室の扉が開けられ、コッコッと靴底を鳴らす足音が聞こえる。

 薄暗いのでよくわからないが、夜勤の看護師だろうか?


「すみません、点滴が終わったんですけどぉ」


「――やあ、また会えたね、キミ」


 男の声。

 しかも、どこかで聞いたことのある声だ。


「誰です? 担当医の先生?」


 そう言えば、谷蜂って担当医の顔を見たことがない。


 香那恵さんの話だと、まだ僕を新型ウィルス感染者扱いしているとか?

 って、本当に大丈夫なのか、この病院……。


「……担当医か。そう思ってくれてもいい」


 やっぱり谷蜂医師か。

 どうやら僕の様子を見に来てくれたようだ。

 話で聞くより、まともそうで良かった。


 けど待てよ?


「先生、今『また会えたね』って言っていましたね。どういう意味ですか?」


「言葉通りさ。おや、本当に点滴が終わっているようだ。すぐ新しいのに交換しよう」


 薄暗い中、谷蜂先生は点滴を交換してくれる。

 顔はよくわからないが、すらりと背が高く白衣コートを羽織っている。

 思っていたより若そうな先生だ。


 だけど、やっぱりどっかで聞いたことのある声だ。

 

 つい最近、いやついさっきと言うべきか……。


「あのぅ、看護師さんは――」


「キミはしばらくここにいてもらうよ」


 僕の言葉を遮るように、谷蜂先生は話してくる。


「しばらく? 入院は二、三日の検査じゃないんですか?」


「さぁね……キミ次第だ」


「僕次第? じゃ検査結果が出ないといつまでも退院できないんですか?」


「……そうなるね。だが安心したまえ。そのうち下手に外に出るより、ここの方が安全だと言えるようになるからね」


「え?」


「キミは選ばれたんだよ。これが上手くいけば、いずれ世界がキミを求めるようになるだろう」


「先生、何言っているんですか? なんか言い回しが厨二病っぽいですよ?」


「いずれわかるさ……それより、今はぐっすり寝ておいた方がいい。その為の点滴だからね」


 さっきから一体何を言っているんだ、この先生……。


 いや違う!


「あんた誰だ!? 本当に医者なのか!? その点滴はなん……あれ?」


 意識が朦朧としてくる。

 起き上がりたくても体が動かない。

 酷い眠気に襲われてしまう。


 きっと交換した点滴に何かされたんだ。


「――弥之、キミ……いや、お前・ ・には期待しているよ。必ず『救世主』として成し遂げてくれるとね」


「……救世主?」


 混濁する意識の中、男は顔を近づけてくる。



「――――!」



 見覚えのある男の顔。


 銀縁で四角いフレームの眼鏡。

 長い前髪から覗く、切れ長の双眸と端整な顔立ち。

 理系風でアラサーの男。


 間違いない。


 帰宅時に三年の山戸達不良グループのカツアゲから僕を助けた男性。


 白コートの紳士だ。



 そして意識が完全に途切れてしまった――







 …………。


 瞼と指先に力が入り、ゆっくりと目を開ける。


 天井に無骨な照明器具が取り付けられている。

 よく手術室で見られるような無影灯だっけ。


 だったらここは「オペ室」なのかと思ったが何かが違う。


 首を動かし周囲を見渡すと見た事のない機械やモニターが並んでいる。


 僕は入院時と変わらない病衣をまとい、胸に心電図用の吸盤がついている。

 ちなみにモニターは動いていない。

 

「……どこだ、ここ? 僕は何をされていたんだ?」


 キョロキョロと視線を動かすも誰もない。

 

 きっと何らかの検査をされていたんだろうけど、勝手に動いていいか迷ってしまう。



 ――ドン!



 頑丈そうな扉から何かを叩きつけるような音が聞こえた。


「なんだ!?」


 僕は反射的に見を起こすと、幾つかの吸盤が外れてしまう。


 もういいやっと残りの吸盤を取り外し、ベッドから足を下ろして立ち上がった。


「あれ?」


 思うように両足に力が入らない。

 ていうか筋力が低下している。

 まるで何週間も寝たきりだったみたいだ。


 僕はベッドと器具に掴まりながら、何とか立ち上がり歩いてみる。


 しばらくぶりに歩いたような違和感。


 一体、どれだけ寝ていたというのだ。



 ドン! ドン! ドン!



 激しく扉を打ち付ける音が何度も響く。

 ここが病院のままなら、決して尋常な物音じゃない。

 

 自分の身に置かれた状況といい、何かが異常だと思った。


 扉に近づくと、誰かが苦しそうに呻いている。


 内側から施錠されていることに気づいた。


 僕は施錠を外し、そっと扉を開けてみる。



 ガッ!



 突然、腕が伸ばされ、僕に掴み掛かってきた。


「うわぁ!」


 ガァァアァァァァァァ――!


 そいつは中年の男だった。

 僕と同じ病衣を着ていたことから入院している患者なのか。


 男は大口を開けながら奇声を上げ、僕に襲い掛かってきたのだ。


「は、離せよぉ!」


 取っ組み合いとなり、僕は必死で抵抗するも両足に力が入らず押し倒されてしまう。


 尚も男は奇声を発し、汚い歯を剥き出しで顔を近づけてくる。


 まさか僕を噛もうとしているのか!?


 それにこの男……明らかに見た目が変だ。

 

 まず顔の色が青い。


 血の気が引いた蒼白の肌とかではない。

 絵具で塗ったような青色だった。

 よく見ると薄赤い血管が顔全体と両腕から浮き出ている。

 それに瞳も眼球の結膜部分が黒く染まり、瞳孔が赤く煌々と輝いていた。


 見た目は人間なのに常軌を逸した何か。


 とにかく、この男はヤバい!


 僕の本能が疼いた。

 

 振り払いたいけど、両腕にも力が入らず思うように振り解けない。


 青い男は口を開け、僕の鼻先まで歯が近づいてくる。


 うわぁ、キモぉ! しかも口臭、めちゃ臭せぇ!


「やめろぉぉぉぉ、食われるゥゥゥ――」


 こいつ最悪だ!





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