バーンアウトと闇の行動脳(リクエスト)

「ひとりでに動き回る行動脳ぉ?」


 素っ頓狂な声を上げたロムレンスを、店内の客が迷惑そうに見る。ロムレンスは慌てて声を落とし、ブラックヴェイルにもう一度聞き返す。


「ええと、それで、勝手に動き回る行動脳がなんだって?」

「貴様も噂に聞いたことがあるだろうよ。ニンゲン時代の遺物に、そのようなものがある、と」


 機人の機体からだにおいて、【人格】と呼べるもの――即ち、人間ならびに他の【動物】同様、生命活動を行うに際し、能動的に自己の行動を判断・規定する肉体機能――を制動する機構は主に二つ。


 記憶脳、と呼ばれる自意識や経験を記録する機構。

 行動脳、と呼ばれる機体制御に関するプログラムを記録する機構。


 機体制御、といっても少々分かりにくいかもしれない。

 具体例をあげるなら、例えば観測装置を祖にもつ機人ならば「注意深さ」「事象を観察しようとする意欲」などの行動特性。防衛兵器を祖にもつ機人ならば「忍耐強さ」「対人の分析力」などの機能特性。解体建機を祖にもつ機人ならば「対物への興味」「物体破壊を好ましく感じる」などの精神特性。そういう個体の機能性を定義し能力を引き出すものが、行動脳の内部に定義されている機体制御機能である。


 勿論、機人の構造は複雑であり、一概に全ての記憶が記憶脳に記録されるわけではなく、様々な機能性が複雑に絡み合っていたり、必ずしも行動脳と記憶脳を一対のみ持つわけでもなく、機人によっては十もの行動脳を有するとも言う。


 上記の説明の通り、行動脳というのは本来、機人の体に組み込まれた生命活動パーツ、ニンゲン風に言うなら肉体器官の一つに過ぎない。だが――GGCにて語られる、ひそやかな噂。大半のものが信じてはいないが、面白い噂話として口に上がる言葉。


 『今は散逸したかつての遺物兵器群の中に、機人の機体に組み込まれず、自ら動き回り、組み込むべき相手を探す特殊な行動脳が存在する』

 闇の行動脳ダークブレインと、それは呼ばれている。


「あ~、聞いたことはある……けど、闇の行動脳なんて、あんなの都市伝説っていうか……」

「何だ。六層ではまだ観測していないのか。地下階層では時折見かけるそうだぞ。《無法》のやつが言っていた」

「うっそぉ~……?」

「嘘かどうかは自分で見極めるんだな。実際に、そこに『実例』があるのだからな」


 ブラックヴェイルが指し示すものを、ロムレンスはおそるおそる見る。そこには――一心不乱にホイップクリームをこねる店主・バーンアウトの姿があった。


「ううっ、なんでだよ~!? ケーキなんか作りたいと思ってないのに~! 手が空くと気が付いたらこんなことを…!」


 おろおろと狼狽えながらも、バーンアウトの持つボウルには美しくツノが立った生クリームが精製されていた。その横には、これまたいい色合いに焼き上がったケーキスポンジが鎮座している。


「灰炎、あいつ……何やってるんだ…?」

「泣きながらケーキを作っているな」

「そうじゃなくってさあ~」

「何だ、それ以上に説明が要るか? 十分に愉快だろう?」


 機嫌よく笑い、ブラックヴェイルは優雅にバナナパフェにスプーンを差した。これもバーンアウトが訳も分からず作り上げた一品だ。


「つまり……『どこからともなく飛んできた』『菓子作りの行動脳(ダークブレイン)が入り込んで』『作ったこともない菓子を作る意欲が漲ってる』ってことか? 本当かよ? 単に菓子作りに興味が出たとかじゃなくてえ?」

「あの様子で、興味が出たとは到底思えんな」

「それはそう……だよな、本人困惑しっぱなしみたいだし…」


 ブラックヴェイルとロムレンスが顔を突き合わせている間にも、バーンアウトは初めてとは思えぬ鮮やかな手つきでスポンジにクリームを塗り、苺を飾り始めていた。あと数分もすれば飾りのクリームも乗り、見事なホールケーキが店の客に振舞われるだろう。


「一笑。朝の買い出しの最中にも、無意識にカゴに菓子材料を放り込んでいた。大量に」


 カウンターに座るキラーボックスが蜂蜜紅茶を吸い上げながら言った。元々甘味といえばレジ横の飴玉くらいしかなかったようなこの店で、大量の菓子材料を買うなどと、たしかに異常事態と言って良いだろう。なるほどこれは新たな『行動脳』が組み込まれたことによる変化である……というのは納得がいく。この店の同居人のキラーボックス曰く、昨晩何かが飛来して

、バーンアウトに刺さった……ように見えなかったが、気のせいだと思った、とのこと。


「……どうするべきなんだ、これ? 助けるべき、とか?」

「さて……俺は奴がこの状態でも全く構わんが」

「暴君、あんた次のケーキも狙ってるだろ」

「フ、経験もない奴が行動脳によって突然作ったケーキ。どの程度のものか、確かめてみたいものだろう?」

「まあ、味は気になるけどさ」


 などと言っている間にいよいよケーキは完成したようで、カウンターの上に薄くスライスされた苺の飾り切りと優雅な曲線を描くクリームが美しいホールケーキがどんと乗った。


「あーくそ!出来たぞ『たっぷり苺のしあわせケーキ』が!1ピース350ギエン!欲しい奴は並べ!」


 やけくそのように叫ぶバーンアウトの前に、俺も俺も、と興味を抱いた客がケーキを買うために並ぶ。自席に戻った客からは「お、うめえ」「けっこう良いじゃん」「ケーキ屋になってもいいぞー」などの好評が飛ぶ。


「くそっ、なんか作ってるうちに楽しくなってきた気がする!!もう一個作るか!ファンダンオショコラとか……フォンダンオショコラってなんだ…!?自分で言っててこわっ」


 めちゃくちゃ言葉を吐きながら、バーンアウトは製菓材料の山から『フォンダンオショコラ』の材料を取り出し始める。


「うむ、順調に行動脳に自我を侵食されてきているようだな」

「愚か」

「やっぱ放っておいたら可哀想だなあれ……ジャッジメントに連絡しておくよ」


 配られた『たっぷり苺のしあわせケーキ』を三人でつつきながら、ロムレンスは第六層への連絡画面を開いた。



(おわり)

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