第五層・長い付き合いの暇つぶし
「暇だな。どうだ、手合わせでもするか?」
午後の茶にでも誘うように、ブラックヴェイルは言った。
了承を促すような言い方だが、実際は拒否権のない決定事項に過ぎない。勿論、本当に拒絶したいのであれば、ここはGGC第五層。暴力で反意を示せばいい、のだが――困ったことにこの場合はブラックヴェイルの要求に沿うことと同じだった。クラストールはそういった不要な手間を挟むタイプではなかったので、無駄な反抗はせず、冷めた視線で主たる《暴君》を見た。無言の『返事』にブラックヴェイルがくつくつと笑っている間に、ずるり、とクラストールの分体が広間に這い出した。
ガンガン、ギン、と特殊金属がぶつかる音が第五層本拠の中に響く。粒子砲をも断つ剣と奇怪な形状の分体がぶつかりあい、騒ぎに興味を惹かれて顔を出した不運な配下の首も飛んだ。
過剰な身体改造を施しているクラストールのこと、剣を交えるとなれば簡単には済まない。この異常な機人が満足する為には尋常な戦いでは不可能だ。決闘のような正々堂々さとは縁遠い、卑怯で予測不能、あらゆる死角、あらゆる手段を利用する戦いでなければ、気が乗らない。
ブラックヴェイルもクラストールも、互いに長い付き合いで手の内など知り尽くしている。故に、この距離であればクラストールの分体は誰よりも上手くブラックヴェイルの盾の内に潜り込み、機体に傷を刻む。クラストールのケーブル型分体がブラックヴェイルの四肢を捉え、引き裂こうとしても――それでもブラックヴェイルは楽しんでみせる。クラストールの中の嗜虐性を楽しむように。
クラストールの分体がブラックヴェイルの隙をつき、構えた四枚の盾ごと壁に押し付ける。盾の奥から、笑い交じりの排気音が聞こえた。ユピウスによる防陣を張られる前に、クラストールは盾の隙間に自律ケーブルを這わせる。さて、どうしてくれようか、と考える。いくら追いつめようが勝てたことは一度もないが――だが、このまま本気で殺しにかかってしまえば――、あるいは。
……殺す理由はない、だが――殺してしまっても良いのだ。
このまま、伝送ケーブルから全てのユピウスを使って高電圧でも流し込めば死ぬかもしれない。
好き勝手に振る舞い、クラストールを自らの手元に縛り付けるブラックヴェイルは迷惑極まりない。しかし同時にクラストールにこれだけの環境や材料を無制限に与えるのもまたブラックヴェイルだけだ。
だから、どちらでも良い。本当を言えば生かしておいた方が良い。だからクラストールは今までこの破滅的な愚か者に付き合ってきた。
だが。
だが――殺すのは、きっと、面白い。
この暴君の屍を、見下ろすのは。
怜悧に冴えたクラストールの思考の中に、ハ、と聞きなれた笑い声が入り込む。
「クラストール。随分と下卑た顔をしているぞ」
「黙れ」
クラストールが短く言った。
「おや、口がなっていないな」
心にもないことを咎め、ブラックヴェイルは素早く、その剣をクラストールの頭部に突き立てた。
(おわり)
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