ネオン管電飾の夜

 GGC第五層の夜は鮮やかだ。

 暗い街にはネオン管電飾がそこら中に輝き、ピンクやブルーの刺激の強い光彩を放っている。クリーヴィッジに言わせればアメリカンクラシック、というスタイルだそうだが、事実かは怪しい。ニンゲンの文化など全てがクラシックだろうに。先代の第五層主などは暗黒と光が混ざったこの風景を大層気に入っていたそうだ。夜の街を遊ぶ機人の輪郭を、色とりどりの光が縁取り、五層特有の退廃的で怪しげな雰囲気が層全体に漂っている。


 それは万人に等しくそうであり、例えどのような存在でも、五層の夜においてはその姿を鮮やかな光に染められる。壁際から、陽気な賑わいと口汚い罵り合いが混ざる大通りの喧噪を見る白い機体にも、目前に掲げられた大きなネオンサインの光が反射して、白い金属表面を無遠慮にピカピカと彩っていた。


「――ジャッジメント」


 低く、闇の淀みから這いあがるような声がした。ジャッジメントはゆっくりと視線をやり、傍に控えるハイダガーを見た。その体躯はジャッジメントの身の丈を越えているものの、畏まって身を縮めているため妙な印象を与える。


「何だ」

「そろそろ、死にかねないかと」


 ハイダガーはジャッジメントの手元を示した。ジャッジメントの腕は、見知らぬ五層民の機体を壁に押し付けていた。容赦なく叩きつけられた機体は軋み、ひい、というか細い泣き声が聞こえた。五層にはよくあることで、この階層に馴染まない立ち振る舞いのジャッジメントを見て、愚かにも、もしくはおめでたく、ちょっかいをかけてきたのだった。ハイダガーは自分が対処すべきかと考え――しかし殺すのは"六層として"まずいかと考え――ではどの程度が正しい振る舞いなのかと考えている間に――五層民の愚かな振る舞いが、ジャッジメントの「不必要な騒ぎを起こすまい」という、ささやかな忍耐を越えるのには十分な時間が経っていた。気付けば壁にめり込む音と共に、泣き言が聞こえていた。どうも自分は考え込むと長いな、とハイダガーは反省する。


「わたしは、構いませんが……ブラックヴェイル様が目にしたら、お喜びになるかも――」

「…………」


 ジャッジメントの表情が今までとは別種の苛立ちを浮かべたのを、ハイダガーは確認した。


 そもそも――普段は五層になどけして立ち寄らない《裁君》ジャッジメントがここにいるのも、すべてはブラックヴェイルが理由である。

 先日、またいつものように五層と六層との諍いがあり、またいつものように街の一部が被害を受け――と、そこまでは普段と変わらなかった。だが壊れた区画で、再生産に時間のかかる部品を見て、顔を顰めるジャッジメントに、撤退間際のブラックヴェイルが言ったのだ。「それなら余りがあるから分けてやるぞ」と。


 賠償などという殊勝な考えなどあろうはずもなかろうに、自分が破壊したものに自分から補充を申し出るとは何とも意味不明だが、ブラックヴェイルのこういった考えは常人のそれとはまったく別の部分に判断基準がある上、面白いと思えば細かなことには頓着しない性格なものだから、納得のいく理由を求めても無意味だろう。


 ともあれ、その提案をジャッジメントは(非常に嫌々と)呑み、こうしてハイダガーを連れ、自ら部品を受け取りに来た。つまり、これから《暴君》ブラックヴェイルがこの場に来るわけで、このようなひと悶着の現場を見れば、当然面白がるというわけだ。


「……たしかに、奴の長広舌の種を増やすのは我慢ならんな」


 あのブラックヴェイルのことだ、自分が来る前にジャッジメントが一人殴り倒したなどと見れば、やれ今日も喧嘩をしかけにきたのかだの、《裁君》様は無慈悲だなどと、思いつくだけ話を振ってくるに違いなかったし、ただでさえ嫌々この場に来ているのにこれ以上不愉快な事柄が増えてはたまらない。


 ジャッジメントが手を離すと、一部をひしゃげさせたまま、五層民は加速燃料でも使ったかのような勢いでその場から逃げ出した。あとには小さな喧嘩など意に介さない雑踏と、静かに佇むジャッジメントとハイダガーが残った。ネオンがプログラムされた通りにピカピカと明滅し、ジャッジメントの機体がネオンカラー、白、またネオンカラーへと交互に変わった。暫くして――通り過ぎる人々とは別に、まっすぐに向かってくる大柄な機体の姿があった。ピンクのネオン光がその輪郭をなぞり、夜に紛れるその姿を浮かび上がらせる。


「おやジャッジメント――待たせてしまったかな?」


 ブラックヴェイルの黒い機体がゆっくりと現れ――ジャッジメントとハイダガー、そして壁の小さな穴を見て笑った。



(おわり)

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