ロムレンスとジャッジメントの普段の仕事(リクエスト)

 その部屋は静かで、電子書を捲る音だけが、掠れて聞こえる。この場所は、以前は貴賓室だか、接待室だか、とにかく懇意の客をもてなすために使われていた部屋だったが、ある日を契機に大幅な改装が施され、今は執務室になっている。つまり、《裁君》ジャッジメントが第六層主の椅子に座った日から、だ。貴賓室をそっくり執務室に変えてしまったのは、ひとつに建物内における部屋割りの都合が良かったこと、それとジャッジメント就任前にはこの六層中枢拠点に層主用の執務室が存在しなかったためだった。元は客の為に作られた部屋だけあってか部屋の作りは上等なもので、以前、ジャッジメントは「過ごしやすく、長時間の執務に向いている」とコメントしていた。


 ロムレンスがその部屋の戸をノックするのは、ほとんどの場合は書類を届けるためだ。別段、電子通文や通信回線ごしに必要な書類の説明をしても構わないのだが、逆に言えばこんにちは、と扉を軽く叩くことだって何も問題はない。顔を合わせる事にも意味はあるのだし――例えば、《裁君》に渡すべき書類に、お茶菓子を添えることだとか。(なお『ほとんどの場合』に属さない場合は、大抵ろくでもない事態だ)


「ジャッジメント、休憩しようぜー」

 慣れた様子で扉を叩き、返事が聞こえるのと同時か少し早いくらいに、ロムレンスは執務室に入る。第六層の主たる機人はゆっくりと電子書類から視線を上げる。

「今日の書類は」

「何と、少な目。喜ばしいでしょ?」

「ふむ。貴公の仕分けに間違いがなければ良いな」

「あ~そればっかりは勘弁、前に俺がミスした時のハストス覚えてます? 一々言うことが心に刺さってさあ…」


 第六層主裁君ジャッジメントの方針は(口の悪さを隠さないトーロードに言わせれば)「とにかく何から何まで管理すること」で、であればどうなるかというと、当然、毎日大量の机仕事が発生する。市街のトラブル、市民の要望、施設の修繕依頼、以前の仕事の経過報告、イベントの企画…などなど、大量の書類仕事の中から「これはジャッジメントに見てもらわないといけない」というものを判断するのがロムレンスの仕事の一つだ。

 基本的には難しくない仕事……のはずだが、一度「ジャッジメント以外が担当すれば良い」と判断した案件が、後々実は大きな問題だったことが発覚した場合は、大事だ。問題の解決に奔走しなければならない上、ジャッジメントとハストス両者から大目玉であり、ロムレンスの精神もきりきりとする。


 ジャッジメントは書類を脇に避け、盆に乗った菓子を手に取る。包みには栗饅頭、と表語文字の一種で書いてある。包みを開くと上部が茶色くつやつやと輝く丸い嗜好食が姿を現す。


「役職上は、ハストスより貴公の方が立場が上だ。あれの言うことなど聞き流しておけ」

「そーいう出来っこないこと言うのはズルいっすよぉ、もー。大体、ジャッジメントだって時々ハストスに怒られて黙ってるじゃないですか」

「む……確かにな、貴公の言うとおりだ」


 他愛のない会話をかわしながら、ロムレンスも執務机に腰かけ、手を伸ばして包みを一つ拝借する。


「行儀が悪いぞ」

「へへ、悪い悪い」


 すかさず諫める言葉が飛ぶのも、それに対して悪びれない返事をするのも、いつものことだ。ロムレンスは口のパーツを開いて饅頭を放り込むと「うまっ」と呟く。


「丁度いい、一つ貴公に相談がある」

「それ、食べ終わってからじゃ駄目ですか?」

「休憩を終えた後は貴公の持って来た仕事について話す。その時間はない」


 嗜好食摂取用の咀嚼器をゆっくり回しながら、ジャッジメントはこんこんと電子書の機器表面を指でこづいた。ロムレンスは諦め、机に腰かけた姿勢を少しだけ正した。


「で、なんです? 相談って」

「109地区の話だ」

「ああ、こないだ、一帯の住民が五層の違法商品工場と繋がってたってことで摘発した」

「あれについてだが、周囲の建物全てを取り壊し、区画を作り直すつもりだ」

「え、そこまでやっちまうんです?」

「不満か」


 これは先週、109地区と呼ばれる区域で大規模摘発が行われたことについてだった。通報により住民と五層との深い繋がりが発覚し、ジャッジメントたちが出動。機人数十名の逮捕者を出したという、最近のニュースの中ではセンセーショナルな事件だった。

 驚いた様子のロムレンスを、ジャッジメントはじっと見た。言いたいことがあるなら口にしてみろ、と。ロムレンスは暫く言葉を探し、ゆっくりと答える。


「ンー……俺はそこまでしなくて良いと思いますよ」

「理由は」

「違法商品て言っても、写真集とかグッズとかの海賊製品で、兵器とか電子ドラッグとかじゃーなかったし。だから、そこまで何もかも消さなくても良いんじゃないかなって。ほら、悪いことさえしなければさ、ああいうちょっと湿っぽいような街もさ、結構味があるし。残しておいたら何か役に立つと思うんすよね」

「あれを壊し、その上に新たに開発した区画立てたとしても、それは役に立つ。さまざまなことにな」

「ま、そうだけど。でも悪いことしかないわけじゃないんだったらさ、もうちょっと様子見したいなーって。俺は、だけど」

「………」


 ジャッジメントは暫く考えるように言葉をつぐんだ。やがて回転していた咀嚼器を止め、嗜好食を嚥下した。


「つまり――貴公は反対か」

「ま~~そうかなっ、なんて」

「そうか。ではそのようにしよう。様子見するのは一度だけだがな」

「お! やったね! さーすがジャッジメント、優しい~」


 これ見よがしにほめちぎるロムレンスに、ジャッジメントは排気ためいきをついた


「先程の案も十分配慮したものだがな。トーロードは特別取締区域として運営する、などの案をだしていたぞ」

「えげつないな~。悪いこと考えさせたら一番だな、あいつ」

「そうだな。トーロードの意見は一つの指標になる。貴公ともどもな」


 四つあった栗饅頭はすべてなくなっていた。ジャッジメントは脇に置いていた書類を手元に引きもどす。


「では、これにて休憩は終了だ。本日の仕事の話をしよう、ロムレンス」

「え~もう仕事の話でしたよお、休んだ気しないし、あと五分待ってくださいよ~」

「待たん。椅子に座れ」

「ちぇ~…」


 毅然としたジャッジメントの様子に、ロムレンスは休憩時間延長の申請を諦めて、手近な椅子を引き寄せた。



(おわり)

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