第2話 犬の貴方の、葬式で
念仏が聞こえる。
“未練なく、この世を去ることが出来るように”
君は未練なく、この世を去るのか? そのままいなくなってしまうのか?
冗談じゃない。私はそばにいてほしいのに。私はまだ未練があるというのに。
こんな時ほど痛感する。人間は弱い。こうすることでしか寂しさを埋められないのだ。君らのように強くはないのだ。
君の遺体を運ぶようにと指示をされ、何やら文字が書いている紙を枕にして、君の遺体を寝かせる。冷たい。この鉄のトレイは、必要以上に冷たい。冷たくなってしまった君と、同レベルの冷たさだ。最期に眠るその場所が、こんなトレイで良いのだろうか。その問いに君は答えず、そのままだ。
君の遺体を乗せたトレイが焼却炉へ入り、そのドアが閉まる。物々しいドアだ、鉄製の、冷たそうなドアだ。君の遺体は冷たい場所に行くのだ。冷たい鉄の上で、熱い炎を浴びせるのだ。
ガシャンと、そう音がなり、ドアが閉まった。不意に私は閉まるドアに、罪人になってしまったような気になった。君がではない。私がだ。無垢な君の遺体を、エゴにより燃やしてしまうこの私は、君からすれば罪人なのかもしれない。
君はどう思う? 返事が来ないと知りながら聞くのは、やはり罪人ならではなのだろうか。
流れ作業のように何度も何度もお辞儀をし、それからスイッチが押された。何のスイッチかなんてすぐに分かる。君の遺体を焼くためのスイッチだ。それからすぐに音が鳴った。例えるなら地を這うような音。この音は、君の遺体が焼かれる音なのだろう。閉まったドアからは何も見えないが、きっと、鉄の冷たさを忘れるほどに、君の遺体は熱い炎を浴びているのだ。
君の遺体が焼かれているその建物の煙突からは煙など出てこない。不思議だろう。でも、出てこない。代わりに大気を揺らめかせるほど熱い空気が、出てくる。
君はもういない。不思議だろう。不思議で仕方がないだろう。
私も同じだ。
君はいないのだ。楽しそうに走る君も、ご飯を頬張る君も、もうすでにここにはいない。あれは遺体であり、君ではない。君はもう随分と前にこの世から別れを告げたのだ。
だから問おう。いなくなった君に問おう。君の残してくれたこの遺体は、私が好きにしても良いだろうか? 君がどこにいるかなど分からない。もしかしたらもう、昇天したのかもしれない。それでも聞きたい。君の遺体のその後を、私に託してもらえないだろうか。
なあに、問題はない。取って食うわけじゃない。君を、君の骨から取れるその炭素を、この世で一番価値のある物に生まれ変わらせた後、私の耳にぶら下げるだけだ。それでも君の生きた証は、この世で一番価値のある物なんかよりずっと価値があるのだから、これは悲しくも等価交換じゃない。この世の頂点がダイヤモンドだとしても、君は、それ以上に美しく、それ以上に希少だった。
ダイヤモンドよりも君が良かった。君を諦めてしまった私は人間だ。どこまでも人間らしい人間だ。君が死ぬと涙し、そのくせ君の遺体を焼くのだ。人間らしいだろう? だから許してくれ。この無知で馬鹿な人間は、人間らしく、馬鹿なことをしたいのだ。
君はもういないのに、それでも尚、君と一緒にいたいのだ。
日記 しずく 中尾 @hanayomi
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