第46話 因果応報

 バサッ‼



 身長300mのネフィルの肉人形が弾け、中から20mのユウトの肉人形が出てきた時、飛散したネフィルの肉片は、死滅してはいなかった。


 その時、ネフィルは出産していた。


 メイミネフィルが殺意に満ちた10億の声によって自我が崩壊しかけた時、生存本能から無意識に行った自衛行動だった。


 ネフィル人形を、本体の自分とユウトを守る最小限の量を残して無数の肉片に分けて独立させ、それぞれ4枚羽の異貌の天使──空棲ネフィリム小型種に変えていた。


 そして本能ネフィルは、新たに生んだ子たちと、元からいる子たち、全ての空棲種らに命じた。あの声の元を絶てと。



「ギャァァァァ‼」


「ウワァァァッ‼」



 各地で人々が、超音速で飛来した空棲小型種に喰われていく。



「なにが救世主だ、役立たずめ!」 


「俺たちを騙しやがったのか!」


「エイトー! たすけてー!」


「おお、神よ……」



 エイトを崇めていたある者たちは失望し、賞賛から罵倒へと態度を一変させながら。あるいはまだ信じている無垢な子供が助けを求めながら。またある者は神に祈りを捧げながら。喰われる。


 人類統合体の最高権力者たちも──



「イヤァァァ‼ こうならないために! ずっとがんばってきたのに! 一体どこで間違えたのよォォォッ‼」


「待って、ねぇマッテ! ワタシ敵じゃない! アナタの友達! 話せば分かりマス! 話せば──グワーッ‼」


「結局こうなるのか! おのれ汚らわしい虫ケラども! 好きにはさせんぞ! 人類を、ナメるなァァァッ‼」



 喰われた。


 女傑と恐れられたアジア代表は涙で化粧を崩しながら。アフリカ代表はネフィリムに友好を説きながら。ヨーロッパ代表は護衛と共に勇敢に戦って敗れ。


 そして、ノアザーク艦内──


 艦長の優れた指揮の下、先頭の兵士は負傷したら後ろと交代して医療区画に下がり、軍医と衛生兵が治療するという堅実な戦いかたで、乗組員たちは良く持ちこたえていた……が。



 ズガァン‼



 突然の爆音。振動が艦を揺らした。他の艦のフラッド隊の生き残りと戦っていた空棲大型種が彼らを殺しつくし手が空いて、小型種の応援に駆けつけていた。


 大型種はノアザークの飛行甲板に降りたち、骨剣やレーザーで甲板に──医療区画の天井に、いくつも穴を開けた。それでも身長20mの大型種では医療区画に入れないが、小型種なら。


 大量にいながら狭い通路に邪魔されて、先頭以外が戦えずにいた小型種たちは、先頭集団を残して他はこちらに回りこみ、天井の穴から医療区画へと侵入した。


 そこにいた乗組員たちは、ほぼ非戦闘員。


 そこで医療に従事してる医務科や、全艦から退避してきた船務科、砲雷科、航海科、機関科、整備科など、歩兵や憲兵と違って直接的な戦闘を行わない職務の兵士たち。


 それでも最低限の訓練は積んでいるし、このような時に備えて全員が、日本刀型の軍刀を肌身離さず携帯している。



「まさか、わたしが刀を抜く日が来るとは」


「こちとら力仕事だ! ナメんじゃねぇ‼」



 ウナバラ機関長とツチクラ整備長が腰から軍刀を抜き、部下の機関兵や整備兵たちと共に小型種に斬りかかり、返り討たれて骨剣で斬られ、喰われた。負傷して治療中だった歩兵や憲兵も。


 他の科の者たちも。


 刀は持っていても、それでネフィリムを斬れる腕があるのは艦長と死んだミョウガ憲兵長と、エイトとユウトだけ。エクソ・ハーネスとチェンソードもなしに敵うはずがなかった。


 それは分かりきっていたことで、それでも『せめて1匹でも道連れにして死すべき』という人類統合軍の訓示に従って敢闘し、だが多くは1匹も道連れにできず喰われた。


 医療区画は大混乱に陥った。外の通路を守っていた歩兵たちも守るべき後方の状態を知って動揺し、戦線は崩壊した。医療区画の奥にいたクサナギ艦長も指揮ができなくなっていた。



「おおおおお‼」



 すぐ傍まで小型種らが侵入してきたため草薙剣クサナギノツルギを抜いて抗戦。その人類最強格の剣技で次々と斬りふせていくが……通路で戦った時とは勝手が違った。


 あの時は一方からくる敵1匹ずつと戦えたし、自分がやられなければ背後の部下たちに危険はなかった。


 しかし今はあらゆる方角から侵入した敵が押しよせている。それに狭い廊下から広い病室にまで入られたら、自分の体1つでは敵の進行を阻めない。



「す、すいやせん艦長‼」


「謝罪は不要だ、砲雷長」



 ヒノミヤ砲雷長が苦戦していた個体の首を刎ね、またすぐ別の個体へ向かう──無敵の艦長がいくら駆けずりまわっても、ロクに戦えない部下たちを守るのには限界があった。



「応答してください、エイトさん‼」


「助けてください! 敵がそこに‼」



 アマオウ副長とミナセ航海長が、副長のタブレットにかじりつき、ここにいないエイトに通信で助けを求めていた。刀を構えて敵を見ることもせず──そこに小型種が忍びよる。



「副長‼」



 艦長はとっさに剣を投げた。走っても間に合わない距離だったから。剣は副長を狙っていた個体を、その脳を貫いて殺した。


 だが、その動作で隙ができた艦長は敵に囲まれた。最強の剣士も複数を相手に丸腰では敵わず、全方位から骨剣で串刺しにされ、それをやった個体らに骸を喰われた。


 片想いの相手の副長へ、ついにその気持ちを伝えることなく。



「艦長、わた、ああああ‼」



 艦長の指揮を引きつぐべき副長は、自らのミスで艦長を死なせたことで恐慌に陥り、それどころではなかった。



「好きだ、ミナセ。死ぬなよ‼」


「エイトさん! エイトさん‼」



 航海長をかばって戦いながら、秘めていた想いを叫びながら砲雷長は喰われた。航海長は聞いていなかった。すぐに副長と航海長も、泣きながら喰われた。



「ツカサ、逃げて‼」


「マモル、ごめん‼」



 分娩室ではコグレ軍医長が、カネコ主計長とその娘を逃がすために小型種に斬りかかり、敵わず、喰われた。


 主計長は赤子を抱いて走ったが、出産直後の体では無理だった。後ろから来た個体に羽交いじめにされ、赤子は前から来た個体に取りあげられて丸呑みにされた。



 ゴックン♪



「イヤァァァ! 吐いて! 殺さないで! わたしの赤ちゃん‼ 幸せになれると思ったのにぃ! ネフィルーッ! ダイチーッ! 絶対に許さない! 呪ってやるゥゥゥゥッ‼」



 それから主計長も喰われ……


 ノアザーク乗組員は全滅した。

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