第45話 勝負

 ボワッ‼



 エイト機ザデルージュが両手からフォノン・メーザーを浴びせつづけた、ネフィルの巨体が破裂した。その身が無数の肉片に分裂して、弾けとんだ。


 メーザーに込めた人々の声で精神にダメージを受けたネフィルが、その体を維持できなくなったか。飛来する肉片を胸部フェイズドアレイ・レーザーで迎撃しながら、エイトは見た。


 爆心地でうずくまる人影。


 背中に4枚羽の天使の姿。


 破裂したネフィルの体と同じネフィリム空棲種のシルエット。ただし身長300mだったのが、こちらの機体と同じ20mほどに縮小している。頭部が人になっている以外は空棲大型種と同じ。



『今だ‼』



 エイト機はメーザーの放射をやめた両手で背中の剣を抜き、かかとのプラズマジェットを全開にして、その人影へと突進した。


 世界中の人々の協力でネフィルの弱体化に成功した。300mは無理だったが20mならやれる、サーヴァスの攻撃力でも。



『死ねェーッ‼』



 エイト機は大上段に振りかぶった剣を真っすぐネフィルの脳天へ振りおろした。このネフィルは肉人形、中にいる本体の正確な位置は分からないが、左右両断すれば高確率で当たる!



 ズバァッ‼



 鋭い刃の一閃。ネフィル人形が斬られる──ことはなく。大きく後ろに下がったエイト機の胸部に横一文字の裂傷が走り、フェイズドアレイ・レーザーの発振器が破壊された。


 エイト機が剣を振りおろす直前、ネフィルが顔を上げて骨剣を横薙ぎに振るってきて、エイトは気づいて回避したが、かすらせてしまった。



『ネフィル……!』



 エイトが不覚を取ったのは、ネフィルの顔に動揺したからだった。ミコトの顔をした敵を斬るのに今さら躊躇はない。だがその顔は今──ユウトのものに変わっていた。



『ユウトの姿まで奪うか‼』


「いや。オレだよ、エイト」



 その口調はユウトのものだった。ユウトに化けたネフィルが口真似をしていると考えるのが妥当だが、ユウトの幼馴染としてのエイトの勘が、それを否定した。



『ユウト、本当に』


「ああ。この体の中の培養槽でメイミに蘇生してもらった。そして思考をメイミに仲介してもらって、この体を動かしている。姿は細胞操作能力で、オレ用に変えてもらった」



 ネフィルが、すっくと立ちあがる。


 顔だけでなく全身が変わっていた。


 半裸の女性だったのが男性的な肉づきに変化。


 黒曜石のような甲殻が首、胸、股、前腕、下腿、限られた部位だけ覆っていたのが広がり、胴体を完全に包んでいる。頭部も顔と髪は出ているが、その額にはヘッドギアのような甲殻が。


 手にした骨剣も、白から甲殻と同じ黒へと変色。


 純白だった背中の4枚羽は、金色に輝いている。


 漆黒の鎧をまとい──


 黄金の翼を広げる──


 堕天使。



『それで俺と戦う気か‼』



 人を辞めた親友の姿に、エイトは激昂した。


 ユウトは対照的に、静かに首を横に振った。



「いや」


『は?』


「オレがメイミに『人類を滅ぼしたい』なんて思わせないよう、傍にいて幸せにしつづけるから。もう戦う必要なんてない。今度こそ和平を結ぼう」


『……断る』


「エイト‼」


『クユーサーの時とは違う……あと一歩なんだ、完全勝利まで。講和してもネフィリムがいる限り人類は安心できない。ネフィルさえ殺せば、それが得られる。この機を逃すことはできない』


「オレはお前と戦いたくない‼」


『ダメだ! 行くぞ、ユウト‼』



 ゴッ‼



 エイト機が剣を構えて、ユウトへと突撃した。


 ユウトも遅れず地を蹴ってエイト機を目指す。



 ガキィィィン‼



 どちらも有翼の、巨大な白騎士と黒騎士の、剣と剣が激突した。威力は拮抗し、相殺され。両者は次なる一手さらなる一手を放ちながら、地上から空へと二重螺旋を描いて飛翔していく。



 ガガガガガガッ‼



 互いに位置を入れかえながら、絶え間なく両者の剣が打ちあわされる。それは甲の攻撃を乙が防御して、乙の反撃を甲が防御するという、攻防の応酬ではなく。


 攻撃と攻撃のぶつかりあい。


 互いの連続攻撃の正面衝突。


 どちらも相手の身を断つつもりで剣を繰りだすものの、相手の繰りだした剣が邪魔になって結果的に刹那の鍔ぜりあいとなる、その繰りかえしだった。


 本来、息もつかせぬ連続攻撃はユウトの得意とするところ。2人の稽古では、エイトはそれを最小の動きで捌いていき、隙を見て神速のカウンターでユウトを仕留めるのが常だった。


 エイトが静で、ユウトが動。


 エイトが柔で、ユウトが剛。


 だが今は、エイトもまたユウトに劣らぬ苛烈さで剣を振るっていた。ただし粗雑にはならず、一太刀一太刀に本来の鋭さを保ったまま。


 それと渡りあえているユウトの剣も、また。


 以前は連続攻撃すれば精度がバラつき、粗い攻撃をした瞬間に反撃されていたが、今は攻撃と続く攻撃を流れるような合間の動作で繋げることで、ずっと会心の一撃を放ちつづけている。


 静動、剛柔、どちらも兼ねそなえた剣技と剣技。この局面に来て2人の技は収斂するように進化し、激しく鎬を削っていた。


 それは常に後塵を拝してきたユウトが、ついにエイトと並びたったことを意味していた。だがユウトの胸には、なんの感慨も浮かばなかった。



(これはオレの実力じゃない)



 能力は確かに互角。


 力も速さも、技も。


 力と速さは体躯に備わっているもの。この身長20mの肉人形が同じ大きさの空棲大型種より上質に造られていて、エイト機ザデルージュと同等の性能を備えているのは幸運だった。


 技は頭脳に備わっているもの。それには知識と経験だけでなく、感覚の鋭さも含まれる。その感覚、知覚能力が、今のユウトはかつてなく鋭敏になっていた。達人のエイトと同じほどに。



(チートだ)



 ニューヨークで救出した、培養槽で生かされていた人々は、ネフィリムの万能細胞の恩恵で身体のあらゆる機能が向上していた。同じことが培養槽で蘇生されたユウトにも起こっている。


 それは、脳細胞にも。


 つまり、ドーピング。


 結局、最後まで自力でエイトを超えられはしなかった。だが、それでいい。そんな方法などで超えたくはない。


 むしろネフィリムの力を得てもなお超えさせてくれない、エイトの強さが嬉しいくらいだ。


 ともかくスペックは対等になった。


 ここから先は、想いの強さの勝負。



「エイトぉぉッ‼」


『ユウトぉぉッ‼』



 それだけは、負けられない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る