第44話 闇

「アアアアアア‼」


(嫌! 許して‼)



 うずくまり絶叫する身長300mの天使の姿をしたネフィルの肉人形の胎内で、本体であるメイミは心で叫びながら泣いていた。


 死ね。


 死ね。


 死ね死ね死ね死ね死ね。


 耳を離れぬ10億の殺意。


 だが、そんな見知らぬ大多数の人々の声を合わせたよりも、見知った少数の人々の声のほうが、メイミの心には強く響いた。



『まんまと騙してくれたな!』


『我々の厚意を利用してくれたでありますね!』


『よくも抜け抜けと、このバケモン!』


『気持ち悪くて汚らわしい、クマムシ女!』


『『『『死ね‼』』』』



 クサナギ艦長、アマオウ副長、ヒノミヤ砲雷長、ミナセ航海長。ユウトとの初デートで艦橋を訪れた時、明るく迎えてくれた。


 艦長は自分がミコトとは別人格として尊重されて生きるために色々と配慮もしてくれた。


 それなのに。



『ネフィリムの始祖に人類の技術をベラベラしゃべっていたとは、こんな恥辱はありません。ネフィル、死んでください』



 ウナバラ機関長。


 艦橋のあと訪れた機関室で出会って、核融合炉のことなど教えてくれた。難しい話も分かりやすく伝わるよう配慮しているのが好ましかった。


 短いあいだだったけれど。


 楽しい思い出だったのに。



『怪獣の分際で俺らの船で贅沢した挙句、ユウトまでたらしこむとはな! 狐の化けた傾国の美女かよ! くたばれ、クソ女‼』



 ツチクラ整備長。


 エクソ・サーヴァスのような巨大人型ロボットの存在しなかった2年前で知識がとまっていた自分は、その実現に驚いて。


 そんな自分にサーヴァスのことを教えてくれて、自分もそれに乗ることになった時もなにかと世話を焼いてくれた。親戚のおじさんのように感じていたのに。



(どうして!)



 艦にいた頃はみんな優しくしてくれたのに。


 今は誰も、わずかな同情も示してくれない。


 騙してない。あの頃は本当に自分を人間だと思っていた。ネフィルとしての記憶が戻ったとたん、信じていた世界が砕かれて、すでに取りかえしがつかなくなっていて。


 胸が潰れるほど、つらかった。


 ユウトは分かってくれたのに。



『アンタの正体を見抜けなかった。ネフィリム研究の第一人者なんて呼ばれていながら情けない。アンタのためにとしたこと全てがおぞましい! 死んで詫びなさい‼』


(マモル先生まで……!)



 コグレ軍医長。記憶のない状態で目覚めた自分に、ずっと親身になってくれた。一番、お世話になって。母親のように慕っていたのに。



『ふざけないで』


(ツカサさん?)



 カネコ主計長。軍医長と並ぶ恩人。


 『ユウトは死ぬ気なんじゃ』と怯えていた自分を励ましてくれた。ユウトに振られるのが怖くてウジウジしていた時は、告白する勇気をくれた。


 いつも優しく温かな声で。


 それが今は別人のように。


 冷たい。



『ハヤト──この子の父親は、アンタらを助けるためにニューヨークで戦死したの。拉致被害者なんて助けてもネフィリムとの戦いの役には立たないって意見もあったのに』


(え⁉)


『それが、被救助者レスキュイーの1人であるアンタが人類の希望になるって、ならハヤトたちの犠牲も無駄じゃないって思えてたのに……そのアンタが、この子から未来を奪うの⁉』



 知らなかった。


 お腹の子の父親が死んでたなんて。


 それが、あの時の作戦でだなんて。


 主計長は自分たち被救助者レスキュイーに複雑な想いを抱いていたのか。だが、それをおくびにも出さずに親切に接してくれていた。


 それが、ここに来て。



『アンタ、別れ際わたしに言ったわよね⁉ 「ご家族みんなでの幸せを祈っています」って! なら、そう行動して。死んで‼』


『オギャァ、オギャァ……』


(赤ちゃん、生まれてる‼)



 主計長が『怪獣のはびこる世界では生まれても幸せになれないから堕ろそうか』と悩んだが『子の可能性を勝手に断てない』と産むことにしたという、お腹の子が。



『この子に未来をちょうだい‼』



(嘘じゃないです! その子に幸せになってほしい、ツカサさんにも、みんなにも。でも、そのためにユウトさんを犠牲には!)



 心を許した人たちに突きはなされて。


 メイミの心はもう限界に達していた。



(このままじゃ自我が崩壊する! そしたらユウトさんを蘇生できなくなっちゃう! それだけは絶対にダメぇぇぇッ‼)


(メイミ、もう聞くな。君を責める声なんて)


(えっ……?)


(君はオレの声だけ聞いていればいい)


(ユウトさん⁉)



 10億の殺意の闇の中、ただ1つの光……ユウトの声だけ拾おうとすると、他の声は聞こえなくなった。


 培養槽の中、メイミの傍で管に繋がれたユウトの、蘇生が完了していた。切断された頭部と胴体は繋がり、とまっていた心臓は動きだし、意識を取りもどしていた。


 酸欠で痛んだ脳を再生するため、メイミは管の先を無数の微細な糸に分裂させて、脳細胞1つ1つに絡みつかせていた。それを通じてユウトと思考で会話できる。



(ありがとう、治してくれて)


(ユウトさん、ユウトさん! 嬉しい、また話せて!)


(オレも。ごめん、大口を叩いておいて役立ずで)


(いいんです……今、外に出しますね)



 それから自分は死ぬ。


 それで全て解決する。



(無駄だよ)


(え……?)


(出てもまたエイトに殺される。逃げられても、人類を裏切ったオレに居場所はない。それに君が死んだら、オレはあとを追う)


(なんで⁉)


(疲れたんだ。愛する人を2度も喪って。愛する人のいない世界で、生きていきたくはない。もう、解放してくれ)


(嫌です‼ いくらユウトさんの願いでも! ユウトさんが死ぬのだけは我慢できない! だからこうして蘇らせたのに‼)


(オレもだよ。君の死だけは受けいれられない)


(あっ……)



 メイミはようやく理解できた。


 ユウトの言わんとすることを。



(あの時のワタシはまだ、世界で一番、好きな人に死なれるの、あんなにつらいって知らなくて。ユウトさんに自分を殺すように頼んで。今だって……ごめんなさい)


(うん)


(もう、間違えません。ワタシがいないと貴方が死んでしまうなら。貴方を生かす、そのエゴのために……ワタシは生きます‼)


(ああ‼)



 2人の声に、力がみなぎった。すると2人を中心に熱い光が弾けて、心象世界を覆っていた闇を消しとばす!



(それならオレは、君と共に生きる‼)


(はい! どこまでも、お供します‼)

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