第43話 みんなの想い

⦅ゴメン、エイト⦆



 ネフィルはずっと泣き顔で、泣き声で。嫌が応にも思いだす。その顔と声の本当の持ち主が、自分に別れを告げた日のことを。


 オオツキ・ミコト。


 物心ついた頃からの幼馴染、ずっと大好きで、向こうも大好きだと言ってくれて、将来は結婚するのだと信じていた女の子。


 なのに……思春期に入って恋を自覚してエイトが告白すると、ミコトは同時期に告白していたユウトのことも好きだから3人で付きあいたいと言いだした。


 ダイチ・ユウト。


 自分とミコトの共通の幼馴染。自分にとってもミコトの次に大切な存在、その想いに偽りはない。だが気が小さく、なにをやってもパッとせず、勝負事で自分やミコトに勝ったことのない……


 ミコトを独り占めしたかった。


 ユウトになら勝てると思った。


 だから一般常識、社会通念、重婚を禁じていた日本の法律……そんな世間の圧力を盾に取って二股は上手くいかないと説いて、ミコトに1人を選ばせれば当然、自分が選ばれると思っていた。



⦅アタシ、疲れちゃった⦆



 二股が難しいなんて彼女も分かっていたはず。悩み苦しんで、それでも3人でいたいと願った彼女を、頭ごなしに否定していれば愛想を尽かされるのも当然なのに、予想できなかった。



⦅サヨナラ⦆



 それが彼女と交わした最後の会話になった。彼女はユウトと付きあいだし、振られた自分は気まずくなって彼女ともユウトとも疎遠になった。


 そして2年前、高3の秋。2人の結婚式に呼ばれたが行く気になれず欠席し……当日、彼女が化物に喰われて死んだと、ニュース記事で知った。


 その化物は──今、眼前にいるネフィリムの始祖ネフィルは、ミコトから命はおろか姿と声、果てには愛する夫ユウトさえ奪った。


 絶対に許せない。



「お前がミコトを語るな、このクマムシがぁぁぁぁぁッ‼ ──フェイズドアレイ・レーザーッ‼」



 カッ‼



 エイト機ザデルージュの開いた胸から閃光がほとばしり、ネフィルの体の一部を焼くが、傷口はすぐ修復された。


 憎しみを込めた絶叫で音声入力しても武器の威力は変わらない。そして同じ威力でも効果はどんどん薄まっている。こちらがダメージを与えるより、ネフィルの成長のほうが速いから。


 体表のふれた所から同胞の死体を吸収して巨大化しつづけたネフィルは、やがて全身から触手を伸ばしてそれを行うようになり、ついにヴァン湖の魚など生物まで捕食しだしている。


 今や身長300m。


 当初の3000mほどではないが、海棲種のボスバハムート陸棲種のボスクユーサーと同じほどに育ってしまった。ここまで来ると全長20mのサーヴァスの手には余る。


 バハムートを斃したのは2機のサーヴァスの合体技で、ザデルージュといえど1機では撃てない。クユーサーを斃したのと同じ核は、もう撃ってしまって残っていない。



(クソッ、どうすれば!)



 剣では表面を傷つけるだけで致命的なダメージは与えられない。フェイズドアレイ・レーザーも、フォトン・メーザーも。フォノン・メーザーはまだ試していないが特に強力なわけでも──



「いや……そうか!」







『みんな! 俺はオオゾラ・エイトだ‼』



 その声は通信機器や町内放送スピーカーなどによって、地球上に生き残っている全ての人々の耳に届くように計らわれた。


 エイトがノアザークのクサナギ艦長に依頼し、艦長から軍本部、軍本部から人類統合体政府の3代表へと話を繋ぎ、エイトの策に乗った3代表の指示によって速やかに。


 人類統合体に残された国土のヨーロッパ、北アフリカ、西アジアで、ネフィリム出現前は80億だったのが10億にまで減った全人類が、救世主たるエイトの言葉にじっと耳を傾ける。



『俺は今、ネフィルと戦っている!』



 その日本語に続いて、通訳者たちの放送する場所の公用語での訳が流される。エイトも訳しやすいよう平易な言葉を心がける。


 そして伝える。


 協力の要請を。



『あと一歩ってとこまで追いつめた! だが決め手に欠ける! そこで、みんなの力を貸してほしい! みんなの声を、ネフィルへの、ネフィリムへの想いを、マイクに吹きこんでくれ!』



『俺は通信でその声を全て受けとって、ネフィルに叩きつける! みんなの声を届ける! 言葉が分かるようになった今のネフィルには、それが充分ダメージになる!』



『それで弱ったところに俺がトドメを刺す! みんな、ここが正念場だ! 世界を救うため! 俺と共に戦ってくれ‼』



 その言葉に刺激され。


 人々の心に火がつく。



「救世主が儂らを必要としとる……」


「助けられてばかりだった僕たちが、救世主を助けられる? 一緒に戦える? 最後の最後の、一番大事なこの戦いで!」


「エイトー、がんばえー」


「要はネフィリムに積もる恨みをぶつけりゃいいんだね?」


「やりましょう!」







 全人類、老若男女の人々が自らの電話やパソコン、政府が屋外に用意したマイクに向かって思いの丈を叫んだ。


 その言葉は電波によって全てノアザークに送信され、ノアザークでアマオウ副長の操作で束ねられてエイト機へと送信される。


 それを受信したエイトは──



『来た! 受けとったぞ、みんなの声を! 食らえネフィル! これが全人類の、お前への想いだ! フォノン・メーザーッ‼』



 ゴッ‼



 ネフィルの巨体に向かって突きだされた、エイト機の両手の掌底から、人々の声を束ねたビームが放たれた。


 それはネフィルが人間に成りすまし、人類側の通訳としてフラッドに乗って、自らの声をクユーサーに届けたのと同じ方法。


 ただし、その時は超音波でネフィリム語を撃ったが、今回は人間の声のまま。それも10億の人間がバラバラに、いくつもの言語でしゃべっている。



「イヤァァァァッ‼」



 ビームを浴びたネフィルが耳を塞いで苦しみだした。普通なら聞き分けられるはずもない10億の声を、ネフィリムの優れた知覚能力が聞き分けてしまった。


 それでも以前なら、なんと言われているのか分からなかったろうが、己や子孫たちが食べた人間の脳から学んで今やあらゆる言語を理解するメイミネフィルは、10億の言葉を把握してしまった。


 大体どれも同じ内容だが。


 それらを要約すると──



 死ね。



 ──ということ。人々の憤怒、憎悪、殺意の籠った言葉の濁流は、体はネフィリムでも心はただの人間の少女でしかないメイミには耐えがたいものだった。

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