第42話 ワタシにとっては

 ヴァン湖に浮かぶノアザークの艦内に空棲ネフィリム小型種の群れが侵入した。船尾楼の1階と屋上の2ヶ所から、扉を骨剣でこじ開けて。


 小型種らは狭い通路では広げられない背中の翼を切りおとし、頭部に単眼と口吻しかない以外は、部分鎧をつけた人間の女戦士そのものな姿になり、1列になって進んだ。


 それを1階側ではエクソ・ハーネスを着た兵士──エイトの部下の歩兵科で、サーヴァス操縦士に選ばれていないため出撃せず、艦内でこういう事態に備えていた──たちが出迎える。



「くたばれ!」



 こちらも大勢いるが1列になって、その先頭の1人が小型種の先頭の1匹へとチェンソードを突きだす!



 カン──ドスッ‼



 小型種は骨剣でチェンソードの横腹を叩いて軌道を逸らし、即座に突いて歩兵を刺殺した。心臓をハーネスの装甲ごと貫いて。


 歩兵科は徒歩戦闘の専門家、直接ネフィリムと戦うため日々を訓練に費やしている。弱いはずがない。


 それ以上に空棲種が強い。その個体は全て、純粋な剣技だけでも並の歩兵では敵わない力量を備えていた。


 

「くそォ!」



 双方、先頭同士が剣を交え、やられたら後ろの者が替わっていく。その損耗スピードは歩兵側のほうが圧倒的に高く、空棲種たちはじりじり艦の奥へと踏みこんでいった。一方──



 サッ──ゴトッ‼



 屋上側から侵入した空棲種らの先頭の1匹の首が落ちる。艦長が手にした剣に斬られて。次に備えつつ、艦長が不敵に皮肉る。



「天使にも神剣が効くものだな?」



 その剣はチェンソードのような機械仕掛けでこそないが〖ただの剣〗などと呼んでいい代物ではない。


 艦長ことクサナギ ツルギが祖国を脱出する際、皇室より託されたレガリアたる三種の神器の1つ、自らと同名の神剣【草薙剣クサナギノツルギ】。


 だがファンタジーではあるまいし、その神聖さが攻撃力に影響するはずもない。それで空棲種の甲殻に覆われた首を、ハーネスによる筋力増強もなしに切断したのは、艦長の剣技の成せる業。


 その腕はエイトと互角。


 つまり人類最強レベル。


 彼の背後にはアマオウ副長、ヒノミヤ砲雷長、ミナセ航海長。この4人の中で徒歩戦闘を訓練しているのは元・歩兵科の艦長しかおらず、トップの彼が自ら先頭に立って戦っていた。



「今だ!」


「はい!」



 また1匹を斃し、積みあがった死体が邪魔で次の空棲種の足が鈍った瞬間を見計らい、艦長は合図しつつ後ろに跳んだ。


 同時に副長が手許のタブレットを操作、着地した艦長の眼前で通路のシャッターが下りる。これで空棲種らがシャッターを破るまで時間稼ぎができた。



「走るぞ!」


「「「ハッ!」」」



 艦橋要員の4人は通路を奥へと駆けだした。


 艦長は小型種の襲撃を受けた時点で歩兵科と憲兵隊に迎撃を、戦闘能力のない他の兵たちには医療区画への退避を命じていた。


 4人もまた医療区画へと向かったが、艦橋は船尾楼の最上階で屋上の傍だったため、そこから侵入した空棲種と出くわし、防戦しながら後退の機をうかがっていた。


 4人はシャッターをそれのある位置を通過次第、下ろしながら階段を駆けおりていった。そして機関室へと到達するや一息ついて、艦長以外の3人は床にへたりこむ。



「クソッ‼」


「もう嫌‼」



 砲雷長が床を叩き、航海長は頭を抱えた。


 この程度の危機は何度も乗りこえてきた。しかしネフィリムを完全に殲滅したと安心していたところ、実は生きていた失望による精神ダメージが大きすぎた。



「メイミさんが、ネフィルだったなんて」



 副長がつぶやく。湖畔でのメイミとユウトの会話は近くにいたエイトがマイクで拾ってノアザークに送信しており、その残酷な真実もまた、全乗組員の心を重くしていた。







「みんな、やめなさい‼」



 ヴァン湖周辺の高原を、自らの似姿の肉人形をその子宮の培養槽から操作して飛びまわり、襲いくるエイト機ザデルージュから逃げ、落ちている同胞の死体を吸収しながら、メイミネフィルは空棲種の娘たちに思念波で命じた。



「……ダメ、届かない!」



 ノアザークや湖畔の人々を襲っている娘たちの見ている光景は思念波で届いてくるが、娘たちが命令に従う様子はない。


 彼女らは全員、人間に強い敵意と殺意を抱いている。その気持ちのままに行動しろと、無意識だったにせよ命じたのは他ならぬメイミだ。


 服従すべき親からの命令が、自らの願望とも一致したことで、娘たちは興奮して暴走していた。撤回するには親であるメイミといえど、相当に強力な思念波で命じなければいけない。


 だが、それはできない。


 傍にいるユウトの骸に培養槽の能力で行っている蘇生処置が疎かになる。エイトから逃げるだけでも精一杯なのに、これ以上そこから意識を割いたら、完全に蘇生できなくなるかも知れない。


 メイミはエイトに叫んだ。



「貴方が邪魔するから余計に人が死ぬんです! ユウトさんの蘇生に集中させて! そしたらすぐ生き返らせて、それから子供たちをとめて、貴方に殺されますから‼」


『何度も言わせるな! それまで一体どれだけの人が死ぬ! 人の命は等価だ! ユウト1人の命が、その人たち全員の命より重いわけがないだろう! そんなことも分からないのか‼』



 メイミは理解した。


 エイトとの違いを。



「いいえ、重いです! ユウトさんの命は、残りの全人類の命を合わせたより重い! ワタシにとっては‼」


『なに⁉』


「命の値段は1人1人がつけるんです、その相手をどれだけ大切に想うかで! だから人によって違うんです! アナタこそ、そんなことも分からないんですか‼」


『なッ……!』


「シノブちゃんは分かってた! だから自分を犠牲にしてまで、ワタシの一番 大切なユウトさんを守ってくれた‼」


『それは彼女がお前を人類の希望と信じていたからだ! 彼女の死を無駄にしたくないなら、今すぐ死ねッ‼』


「ッ……シノブちゃんが生きていたら、ワタシを許してはくれないかも知れない。それでも、ユウトさんより優先することなんてワタシにはありません‼」


『通用しないんだよ! そんなワガママ、社会では‼』


「貴方はそうやって全体の正義を振りかざして! 個人の感情を蔑ろにしたから、ミコトさんに振られたんでしょう‼」



 売り言葉に買い言葉で、そう言った。


 エイトから感じる殺意が、爆発した。



『お前がミコトを語るな、このクマムシがぁぁぁぁぁッ‼』

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