第41話 連鎖

 人間は頸部を切断されても即死はしない。


 胴体を失っても頭部は意識を保っている。


 ただし、それも束の間。


 活動に大量の酸素を必要とする脳細胞は、酸素を運ぶ血液が胴体の心臓から供給されなくなると、急激に傷んで死滅する。


 その、わずかな猶予に。


 エイトに斬られてヴァン湖の浜辺に落ちたユウトの生首は最期の力を振りしぼり、共にエイトに斬られて目の前に落ちたメイミの生首に向かって微笑んで──力尽きた。


 一方。


 不死身に近く、数少ない確殺方法に斬首が挙げられるネフィリムも、頭だけになっても即死はせず、意識を保っている。人間より遥かに生命力が強いため、人間より遥かに長く。


 そのためメイミは、愛する人が無惨な姿に成りはてながら最期に微笑みかけてくれて、その瞳から光が失われるまでを、鮮明な意識で見てしまった。



(イヤァァァァッ‼)



 喉を斬られているため発声はできないが、ネフィリムが意思伝達に用いるのは音声だけではない。脳から発する電磁波も。


 メイミネフィルはそれでアララト山の上空に待機させている、我が子である4枚羽の異貌の天使──ネフィリム空棲種たちを呼んだ。



 ゴッ‼



 大軍の内、数匹の空棲小型種たちが流星のごとく急降下して、瞬時にメイミの許へと駆けつける。そして1匹が、メイミの生首を掴んで胴体にくっつけた。


 ネフィリムが首を斬られると死ぬのは、その再生力が脳と物理的に繋がった部位にしか及ばず、また脳と繋がった部位の生命力を消費するため──


 頭部に残った生命力だけでは残りの全てを再生できず、消化器を失って新たに生命力を補給することもできず、餓死するため。


 が。


 脳との繋がりを断たれた部位が再生できないのは、脳から信号を受けとれないため。脳と繋がった部位と接触すれば信号を受けとって再生できる。


 ただ脳と繋がっていない部位は動かすこともできないため、頭部だけだと繋げる作業もできない──自力では。それをメイミは小型種に代行させた。


 頭部と胴体、双方の首の断面はくっつけられると即座に癒着。メイミは胴体を取り戻し、死を免れた。あとは──



「ユウトさんを!」



 小型種の1匹に自分を抱えて飛んで運ばせながら、他の個体にユウトの頭部と胴体をそれぞれ運ばせて、その場から離脱!



「待て‼」



 エイトの声が聞こえたが構っていられない。近くに落ちていた空棲大型種の頭部をやられた死体の上に自分たちを降ろさせると、ユウトの骸を連れて死体の中へとズブズブもぐっていく。


 かつて空棲種の幼体が陸棲大型種の死体を取りこんで空棲大型種に変態したように、ネフィリムにとって同族の死体は最も手軽に吸収できる餌。


 メイミは空棲大型種の死体を自らのものとし肉人形へと変質させた。核で吹きとばされたのと同様の、ただし身長は3kmから20mに落ちた、ミコト顔の空棲種へと。



(早く、早く、早く‼)



 本体のメイミは人形の子宮部に作った培養槽に入った。培養液の中、自身とユウトをそれぞれ内壁から伸びる管に繋げる。


 その際ユウトの頭部と胴体を切断面で押しつけはするが、人間のユウトの細胞はそれで癒着はしない。頭部と胴体それぞれにネフィリムの万能細胞を流しこんで細胞の再生を試みる。



(必ず生き返らせる‼)



 死者の蘇生などネフィリムも試したことはなく、万能細胞の力をもってしても可能かは未知数。だが試しもせず、ユウトの死を受けいれるなどできない。



『ネフィルッ‼』


「エイトさん⁉」



 メイミは人形の目を介して見て、人形の喉を震わせて声を発した。スピーカーでエイトの声を響かせながら飛んできたのはユウトの乗機、白いエクソ・サーヴァス【ザデルージュ】だった。


 エイト機となったザデルージュが、剣で斬りかかってくる。



『死ねェェェェッ‼』


「邪魔しないでェ‼」



 メイミは人形を飛ばして逃げた。全神経をユウトの蘇生に費やしたいのに。おそらく時間が経つほど蘇生は困難になる。戦っている暇などない!



『フォトン・メーザー‼』


「あ⁉ きゃああああ‼」



 追ってくるエイト機が掌底から撃ったマイクロ波ビームを浴びて、まず随伴していた小型種たちが全滅。ユウトの治療に気を取られていたメイミもよけられず、人形の翼の1枚が千切れとぶ。


 姿勢を保てず落下するが、そこに別の空棲大型種の死体があった。メイミはそれを取りこみ、人形の形状はそのままに質量を約2倍に増やす。


 翼も4枚に再生して飛びたって、また落ちている別の空棲種──小型も大型も──の死体を拾って吸収、大きくなっていく。



『フェイズドアレイ・レーザーッ‼』



 エイト機の胸部から放たれた幅広なレーザーに背中を焼かれて、大量の細胞を失うが、またすぐ死体から補給していく。



『なぜ抗う!』


「なぜって!」


『お前も死にたいと言っただろ‼』


「死にます、これが終わったら‼」


『これ⁉』


「ユウトさんを蘇生してるんです、胎内で! それが終わって外に出したら大人しく殺されますから! それまで待って‼」


『……ふざけるなァッ‼』



 ユウトのことを伝えれば攻撃がやむのではとの、メイミの予想は外れた。エイトはむしろ、よりムキになって攻撃してきた。



『1秒だって待てるか‼』


「なんで‼」


『今こうしているあいだにも、ネフィリムどもに襲われて人々が死んでいってるんだぞ! 待ってるあいだに、どれだけ死ぬ⁉ お前が今すぐ死ねば、死なずに済む人たちが‼』


「え? ……あ、ああッ⁉」



 メイミは気づいていなかった。そして今、気づいた。電磁波による脳同士のネットワークで、他の個体の状況を。


 アララト山の上空に待機させていた空棲種たち。メイミがユウトを助けるために呼んでも、応じたのは数匹。残りは命令を無視した、のではなかった。


 ネフィリムは元々、本能で行動している。


 子への命令も大部分は無意識で行われる。


 あの時メイミの意識は子供たちを自分の許へと呼びよせたが、無意識は別の命令を発していた。


 ユウトを殺されて膨れあがった人間への憎悪から、各個体を各々が持っている人間への殺意のままに行動するよう解きはなっていた。


 結果。


 大型種らは空中で先の戦闘を生き残ったフラッド各機と交戦。小型種らは地上に降りて生身の人々を襲っている。湖畔の住人や──湖に浮かぶノアザークの乗組員たちを。

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