第40話 人類の敵

 ミコトはもう、いない。



⦅……おおっ⁉ あー、ユウトってば急に『星を見にいこう』なんて言いだすから、なにかと思えば。こうやってロマンチックなシチュを作って~ってプランだったのね。気合い入れちゃって⦆



 もう会えない。



⦅しょーがないなぁ。ま、アタシが『2人でずっと幸せでいられますよーに』ってお願いしといてやったから大丈夫よ♪⦆



 生きていたと思った。


 それは間違いだった。



⦅へへ。ユウト、だ~い好き♡⦆



 彼女にそう言ってもらえることは二度とない。


 彼女に『大好き』と伝えられることも、ない。



⦅はい。誓います⦆



 幸せの絶頂だった結婚式。永遠の愛を誓いあって、指輪を嵌めあって。だが誓いのキスをする寸前、幸せは音を立てて崩れた。



⦅ユウト! ユウトーッ‼⦆



 結局あの時ミコトはネフィリムに喰われて死んでいた。


 あれから自分は復讐のためにとネフィリムと戦いつづけたが、言動とは裏腹にモチベーションが低かったのは、八つ当たりの自覚があったから。ミコトを喰ったのとは別の個体を殺すのは。


 そう。


 復讐心がないわけじゃない。


 あの個体だけは、許せない。

 

 そして見つけられないと思っていたそいつは、もう自分の前に現れていた。よりにもよって、ミコトの姿をして。



「──あああああ‼」


「さぁ、ユウトさん」



 叫びつづけて息が切れ、ガクリとうなだれる自分に、そいつは両手を広げて催促してくる。『己を殺して英雄になれ』と。


 そいつはネフィリムの始祖ネフィルだった。殺せばネフィリムを絶滅させられて人類を救える。ミコトの仇も討てる。



 カチャッ……



 ユウトは立ちあがり、ハーネスのリュックの左側面のラッチに取りつけた軍刀を、鞘ごと外して手に取った。ネフィリムを斬れるようになって、チェンソードから変更した近接武器。


 今の自分なら、このただの刀でネフィリムを斬れる。まして、こいつは他の個体のように体を甲殻で覆っていない。ミコトに擬態しているから。


 たやすく首を刎ねられる。


 脳天をカチ割ってもいい。


 それで殺せる。


 全てが終わる。



「うあああああああああッ‼」



 ブンッ‼



 ユウトは刀を持つ手を、思いきり振るった。


 ……そして、しばしして、ポチャンと水音。


 ユウトの投げた、鞘に収まったままの刀が、ヴァン湖に落ちた音だった。さらにリュックの右側面からグレネードランチャーも外して湖に捨てる。



「ユウトさん⁉」


「バカ言うな‼」



 ミコトの姿をしたネフィリム──ネフィル。


 メイミに、ユウトは初めて怒りをぶつけた。



「殺せるか! 好きな子を‼」


「なにを……? ワタシは〖記憶をなくしたミコト〗じゃない。彼女を喰って、彼女に成りすました、偽物ですよ?」


「だから? 体は同じでも心が違うなら、君とミコトは別人。その前提で君を好きになった。体も別人だったと分かったからって、なにも変わらない」


「平気、なんですか?」


「なわけあるか! 最悪だよ。ミコトが生きてたと誤解して復讐を辞めて、ミコトの仇を好きになって、ミコトを喰った口とキスしてたなんて」


「それなら!」


「それでも! ……記憶のないあいだ、オレたちを騙すつもりなんてなかったんだろ? メイミは悪くない。今の話のどこにも、君を嫌いになる理由なんてない‼」


「どうして……貴方はいつも、ワタシの欲しい言葉を……!」



 メイミはボロボロと涙をこぼしだした。


 ユウトはそっと、その肩に手を置いた。



「クユーサーのこと、ごめん。政府は本当に和平を望んでた、ただ失敗したらすぐ殺せるようにとオレたちに核を持たせてて、その1人が暴走して。オレも、核のことを君に黙ってた」


「仕方ないです。機密だったんでしょう?」


「ああ。でも君の気持ちに寄りそえなかったことを『仕方ない』で済ませられるか。犠牲の果て、ようやく和平を成せそうだったのに、クユーサーを裏切る形にさせられて、あの時の君がどれだけ、つらかったか」


「……」


「そんな状態で空棲種にさらわれて、真実を知って。つらかったよね。そんな時に、一緒にいてあげられなくて、ごめん」


「はい……! づらが……うっ、うああああっ‼」



 メイミが声を上げて泣きだす。


 ユウトはその体を抱きしめた。



「君がネフィルなら、もうネフィリムを滅ぼす必要なんてない。今度こそ人類と和平を結んでくれ。そして、結婚しよう」


「ッ‼ ……駄目なんです。メイミとして話してますけど、今のワタシにはもう、ネフィルとしての記憶と感情もある……人間が憎くて、怖くて、滅ぼしたくて仕方ない」


「そう、か。人格が、統合されて」


「はい。今はメイミの気持ちのほうが強いですけど、いつネフィル側に天秤が傾くか。そうなる前に始末しないと──って、死ぬことにしたんです」


「なっ⁉」


「でもワタシ、自殺できなくて。しようとすると体が動かない。ネフィリムは同胞を傷つけられない、それには自身も含みます。子供たちに直接的に自殺を命じることもできません」


「そんなの、できなくていい」


「良くないです……生き汚くて、醜い。宇宙で味わった死の恐怖から、生存本能が肥大して。それがワタシの根幹。遺伝子改変能力でも、そこは修正できないんです」


「生物が生存を望むのは当然だよ」


「けど、ワタシは死にたくなった……でも自殺できないから、人間に殺してもらうために宣戦布告して。それなら無抵抗で殺されればいいのに、ワタシは大勢を殺しました。軍人も、民間人も」


「なぜ……?」


「最後にもう一度、貴方に会いたかったから。それまで死にたくないと、ネフィルとしての人類への殺意のままに戦う一方で、小型種にサーヴァスの操縦室を暴かせて、貴方を探してました」


「舐めプじゃ、なかったのか」


「人の心を持ちながら大量殺人を犯したワタシは、人としても許されません。こうして貴方と会えたから、もう思い残すこともありません。終わらせてください、せめて、貴方の手で」


「嫌だ」



 ユウトはキッパリと断った。


 そしてメイミの瞳をのぞく。



「確かに人の法では許されない。世界中の人々が君を責めるだろう。でも、たとえ全人類を敵に回しても。オレは君の味方だ」



「そうか」



 抱きあい顔を寄せあっていたユウトとメイミは、横薙ぎに振るわれたエイトの軍刀に、もろともに首を刎ねられた。



「人類の敵は、俺が斬る」

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