第47話 黄昏

 ガガガガガガッ‼



 黒きネフィルの肉製傀儡人形をメイミと操るユウト、白き機械人形ザデルージュを操るエイト、両者は天高く舞いあがりながら互いの剣を、そして言葉をぶつけあっていた。



「エイト! なぜ頑なになる‼」


『お前が悪いんだ‼ あの時、お前がネフィルを殺していれば! お前を殺すことも、お前と戦うこともなかったのに‼』


「ふざけるな‼ 相手がオレの好きな子じゃなかったとしても! オレたちの旅の終わりが『女の子1人をイジメ殺して解決』なんてものであってたまるか‼」



 やがて両者は上昇限界に達した。


 今度は落下しながら剣を交える。



『小を殺して大を生かす、俺たちはずっとそうしてきた! 人類存続の御旗のもとに! 今さら情にほだされてんじゃねぇ‼』


「ッ‼」


『これまで多くの仲間が自分を犠牲にしてお前を守ったのも、それが人類存続に繋がると信じてだ! 人類統合体の大義に殉じたんだ! そうして生かされたお前が大義に背くのか‼』


「悪いと思ってるよ‼ でも他人に遠慮して自分の願いを譲れはしない! オレはメイミと! 愛する人と添いとげる‼」


『うるせェェェッ‼ お前はミコトに選ばれたのに! ミコトの仇討ちを辞めて他の女と、ミコトの仇と幸せになる⁉ そんなの許さねぇぞ、ユウトぉぉッ‼』



 ガキィィィン‼



 最後に一合、剣を打ちあわせ。いつ果てるともなく続いた剣戟が、終わった。エイト機ザデルージュが後退して距離を取ることで。



『副長⁉ 航海長‼』



 エイトがノアザークにいるアマオウ副長とミナセ航海長から助けを求める通信を受け、集中が乱れたから。剣戟を続けていたら斬られていただろう。


 エイトはユウト傀ネフィルから目を離さぬまま機体を落下するに任せ、地面に激突する前にかかとからプラズマジェットを噴射して減速、着地する。ユウト傀も同様に着地した。


 そこはヴァン湖の近くの山間を流れる、ティグリス川上流の岸辺だった。いつのまにか太陽は傾き、世界を赤く染めている。



『あ、あ……!』



 副長と航海長の断末魔、さらに向こうで通信機が拾っている周囲の音を聞いて絶句するエイトに、ユウトは冷淡に告げた。



「ノアザークは陥落だな」


『ユウト、お前……ッ!』


「今、世界中でも人々がどんどん喰われてるぞ。その養分で出産、増殖していく空棲種に。軍にそれを防ぐ力は残っていない。じきに残りの人類も喰いつくされる」


『そうなる前にネフィルを殺し、ネフィリムどもを根絶する‼』



 ダッ‼



 エイト機が剣を大上段に振りかぶり、大地を響かせながら、ユウト傀へと疾駆する! ユウト傀は待ちかまえ、前へと踏みこみながら剣を突きだす!



 ズドッ‼


 ズバッ‼



 ユウト傀の剣がエイト機の胸部を貫いた。


 エイト機の剣がユウト傀の頭部を割った。


 エイト機の喉の奥にあるのは、操縦室の中央に吊られた操縦士の体。エイトはその喉をガラ空きにして攻撃を誘い、ユウト傀がそこを突いてくるのに合わせて、わずかに跳躍した。


 結果、ユウト傀の狙いは下に逸れて、エイト機の胸を貫通した。操縦室の下の核融合炉を。壊れても爆発する代物ではない。


 核融合炉がなくなっても発電はできなくなったが、バッテリーに蓄えられた電気が尽きるまで機体は動く。


 だからエイト機は剣を振りおろせた。


 その刃がユウト傀を縦に裂いていく。頭から首、胸、腹まで斬りこんでいき。下腹部の子宮、ユウトとメイミのいる培養槽まで届く──



 バキィィィン‼



 ──寸前、酷使されつづけた剣が鍔元から折れた。エイト機のも、ユウト傀のも。


 ユウト傀の割れた上半身は、本体のメイミが無事なため再生して繋がった。


 両者は体に刺さった相手の剣の刀身はそのままに、自身の折れた剣を投げすてながら背後へと跳んた。



『フォトン・メーザーッ‼』



 叫びと共に、エイト機の右手の掌底からマイクロ波ビームのメーザーが放たれる。同時にユウト傀は無言で、右手の人差指の先端から可視光線ビームのレーザーを放っていた。



 ボガァッ‼



 双方のビームは互いの左腕に当たった。ユウト傀は下腹部、エイト機は喉元、自らの急所をガードしていた左腕に。


 ユウト傀の左腕が吹きとび、再生しない。


 するための生命力が、もう枯渇している。


 エイト機の左腕はアブレータ塗料が蒸発して煙を作ったが、ユウト傀のレーザーはそれに阻まれないよう進化していたため効かず、やはり左腕は吹きとんだ。


 双方、爆発の煙が視界を遮った。


 共に隻腕となった両者はその中から飛びでた。かかとのプラズマジェットを全力で噴かしながら大地を蹴り、脚力とジェット推力の二重加速で爆発的に前進!


 そしてエイト機は跳びあがりながら足を前方へと突きだして、ユウト傀の下腹部へと蹴りを放った。当たれば甲殻を砕いて中の2人を殺すのに充分な威力。


 しかも、それはエイトの人生で最高の会心の一撃だった。淀みなく、見えていても攻撃されたと脳が判断するのが遅れるため反応できない無拍子の蹴り。今のユウトでも、よけるのは不可能。



 ギャリィッ‼



 エイト機の爪先がユウト傀の脇腹をこすり、通りすぎていく。ユウト傀は半歩、横にズレて蹴りをかわした。回避不能、ただし『来る』と分かっていれば話は別。


 ユウトは読んでいた。


 いや……信じていた。


 残りの人類を1人でも多く救うため、エイトは最速最短でメイミを殺しに、下腹部を蹴ってくると……



 バキィィィィッ‼



 ユウト傀の右拳がエイト機の喉元に炸裂した。両者の突進の運動エネルギーの全てが、その一点に集約した。拳はエイト機の装甲と操縦室の壁を突きやぶり、中のエイトの首から下を潰した。



 戦いは、終わった。



 ユウト傀はエイトの体をそっと握って機内からもぎとった。そして手を開いて掌に寝かせ、見下ろす。


 血まみれで虫の息のエイトは、ユウト傀のユウトそのものの泣き顔を、自らも涙を流しながら見上げた。



「エイト、ごめん……!」


「俺だって、ミコトに選んでもらえていたら……世界を敵に回しても……でも、選ばれなかった俺には、戦友たちと共有した、大義だけが……」


「分かってる、分かってるよ、エイト……!」


「さよなら、ユウト。メイミさんと、幸せに」



 エイトは死んだ。


 ユウト傀はその骸を喰った。


 エイトが最後の1人だった。


 全人類が、ネフィリムの腹に収まった。


 山々の西の稜線に、夕日が……沈んだ。

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